560 名前: 宇宙飛行士(アラバマ州) 投稿日:2007/03/18(日) 17:20:33.57 ID:xDjXa+0k0
──東京。
有楽町の片隅。この町には似合わない、厳しい風貌の洋館がある。
重く閉ざされた木製の二枚扉は、外界を拒絶するかの様にピッタリと閉まっている。
時刻は草木も眠る丑三つ時。
こんな時間だと言うのに、洋館の窓からはうっすらと光が零れ、人々はまるで蛾の様にその光へと吸い込まれるように扉の中へと入って行く。
ある男は言った。
「ココは、この世の天国だ」
時刻、午後七時。
男が一人、道を歩いている。
その道から、ビルとビルの隙間にある隙間道を通り抜けるとまたビルの道が顔を出す。
両サイドをビルで囲われた一本道を歩くと、その先には洋館。
高層ビルに囲われ、裏道を通らないと入れないような場所にその洋館はひっそりと、堂々と建っていた。
男は、木製の二枚扉を手前にゆっくりと引いて中へと歩みを進めて行った。
まさに別世界。
男の眼前には、ここに辿り着くまでに見てきたコンクリートジャングルとは全く違う別世界が広がっていた。
足元には真っ赤な絨毯が床を隙間無く埋め尽くしていて、一歩その絨毯に足を入れると足が吸い込まれるような錯覚さえ覚える厚さであった。
天井からは、立派なシャンデリアがぶら下がっている。
薄く部屋を照らすシャンデリアは七色に輝き、その優しく妖艶な光りは男を歓迎しているようでもあった。
そして、最たる物が噴水。軽いアルコール臭が男の鼻を突く。
噴水からは、紫色の液体……そう、ワインが並々と流れている。
「凄……い」
キョロキョロと、屋敷内を物珍しそうにしている男に一つの影が近づいた。
「いらっしゃいませ」
長いシルクハット、赤いデカ鼻、大きな体にはキツすぎるタキシードを纏った、大柄な人間。
道化──ピエロ──である。
561 名前: 宇宙飛行士(アラバマ州) 投稿日:2007/03/18(日) 17:21:01.42 ID:xDjXa+0k0
「当店のご利用は初めて……で、ございますか?」
「え……あ、はい」
「何方様からかのご紹介でございましょうか?」
「はい、先輩がその……ここが良いって」
男がそう答えると、ピエロはくるくると踊りながら一枚の紙を取り出した。
「それはそれは、誠にありがとうございます。で、は、此方の記入欄にお願いします。はい、これペン」
男に紙とペンを持たせ、椅子に座らせた。
しばらくは、男が紙の上を走らせるカリカリ、というペンの音が空間に響いた。
しかし、この部屋の置くにある無数の扉。その扉の奥から微かに聞こえる人の声……いや、隙間風の音かもしれない。
その得体の知れない音に、男の胸は微かに高鳴った……。
「あの……出来ました」
記入を終わった紙をピエロが受け取る。
「グッドチョイどぇーす」
そう男に告げたピエロは用紙をカウンターの様な、所へ持って行きカウンターの椅子に腰掛けて居る帽子を被った男に渡した。
「少々お時間がかかりますので、そちらのソファーに御掛けになってお待ちください」
「あ、はい……」
男がソファーで待っていると、奥から水着をきた女性が現れた。
「今日はお車でご来店ですか?」
ニッコリと、妖艶に笑う女性に男は戸惑ったが簡潔に歩きです、と答えた。
「それは良かった。こちらのワインはサービスですので宜しかったら……」
女性は男の前に並々とワインが注がれたワイングラスを置いて、また奥の部屋へと消えて行った。
しばらく男がワインを飲んでいると、ピエロが男を呼んだ。
「お待たせいたしました。では……どうぞ、宵良き夜を……」
ピエロはそう呟き、男は幾つかある扉の向こうへと案内され、闇の向こうへと姿を消した。
562 名前: 宇宙飛行士(アラバマ州) 投稿日:2007/03/18(日) 17:21:26.38 ID:xDjXa+0k0
午前五時。
空が明るみかけた頃、ワインの噴水は止まり、シャンデリアも七色に輝く事を止めた。
「オーナー、お疲れ様です」
そう言って、カウンターに居た男からコーヒーを受け取ったのはシルクハットと、タキシードを脱いだピエロだった。
「あぁ、ありがとう」
「鼻、取れてませんよ」
「本当だ……やれやれ、疲れているのかね」
赤鼻を取って、コーヒーを啜る。
オーナーと男がコーヒーを飲んでいると、奥の扉が開き女性が数名出てきた。
「お疲れ様でーす」
「あぁ、今日もお疲れ」
女性達は挨拶をすると、木製の二枚扉を開け次々と洋館から出て行った。
「ふぅ……」
深い息とも溜息とも取れるものがオーナーの口から吐き出される。
「どうしました?」
「いや、何……──風俗営業も楽じゃないな」
おわり