【 洋館の赤いドア 】
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551 名前: プロガー(北海道) 投稿日:2007/03/18(日) 17:13:54.15 ID:wcO5MSDZ0
 立入禁止の看板を門前にすえたその館は、住宅街に建っていた。
 二十年以上も前から人は住んでいない洋館。
 白い壁にはツタのような植物が絡みついていて、マンションの多い住宅街の中で、異様
な雰囲気を醸し出している。夏という事もあり、庭の草も伸び放題。
 俺は、幼馴染のミズホに連れられ館の門の前まで来ていた。 
 洋館に隣接するように、俺達の住むマンションは建っている。
 昨日の夜、六階に住むミズホが窓の外を何気なく見ると、館の二階の窓に子供が見えた
のだという。
 もともと、地元の心霊スポットとしては有名だった。
 しかし、俺は自分の目で見たものしか信じない主義だし、今までに幽霊は見たことはない。
 そうミズキに言ったら、連れてこられた。

 街灯の少ないこの住宅街は、夜の人通りが著しく少ないようだ。
 初めは乗り気ではなかった俺はだが、ここまで来るとなんだか楽しくなっていた。
「ねぇー。やっぱり帰ろうよー。もう夜中だよ? 十一時だよ?」
 ミズホは俺のTシャツのすそをつまんだまま言った。
「そもそも、お前が行こうって言ったんだろ?」
 俺は一歩、館の門に近づくが、ミズホはその場から動かない。Tシャツが伸びた。
「……だから、わたしが帰ろう、って言ってんだから帰ればいいじゃん……」
 口を尖らせ涙目になりながら呟く。
「とりあえず、Tシャツ離せ。背中を蚊に刺される」
 ミズホがTシャツから手を放した瞬間、視界の端っこに光が見えた。
 とっさに俺は、ミズホの手を取り、館の門を開け中に入る。
「え? 何?」
「静かに」
 そのまま走って洋館の扉に手をかけた。鍵は開いているようだ。
「入るぞ」


552 名前: プロガー(北海道) 投稿日:2007/03/18(日) 17:14:16.56 ID:wcO5MSDZ0
 中は埃っぽく、暗い。一応持ってきていた懐中電灯を点ける。
 見まわしてみると、やけに広い玄関。下駄箱の上に飾ってあるフランス人形が不気味。
 足元を見ると、室内履きのスリッパが二足、揃えて置いてあった。
「帰ろうって言ったのに……」
 後ろでミズホが呟いた。表情はよく見えないが、声は今にも泣きそう。
「悪い。自転車のライトが見えたからつい。たぶん警官」 
「あー、補導されたら面倒くさいしね。じゃ、帰ろう?」
 ここまで来てまだ帰ろうとするのか。
「帰りたいなら一人で帰れ。俺は一人でも中を調べる」
 そう言って土足のまま上がりこむ。
「待ってよ。夜道をわたしを一人で帰らせる気?」
 結局ミズホもついて来ることになった。

 まずは二階の、子供がいた、という部屋を見に行く事になった。
 木製の階段は、一歩毎に、ぎしぎし、と嫌菜音をたてる。
 二階は一直線の廊下の両側にドアがいくつも並んでいた。
「どの部屋だ?」
「たぶん、一番奥の部屋だと思う」
 ゆっくり歩き出す。二階の廊下も木製で、一歩毎に木が軋む音がする。
 ミズホの言う一番奥の部屋は、ドアの色が一枚だけ違っていた。
 他のドアは普通の茶色なのだが、この部屋だけ赤に近い。不気味な赤。
「やっぱ、帰るか」
「ここまで来て、やっぱり帰るって? もう帰る気はないから」
 さっきまでの表情が嘘の様にミズホは言った。 
 そして、赤い扉のドアノブに手をかける。
「開けるよ?」
 ドアは開かれた。
 ミズホはとっさに俺のTシャツを引っ張って、自分の口元に当てた。
 埃がぱらぱらと降ってきた。
 思いっきり吸い込んだ俺は、思いっきりむせる。

553 名前: プロガー(北海道) 投稿日:2007/03/18(日) 17:14:36.43 ID:wcO5MSDZ0
「お、お前。教えろよ。やばい、口の中がざらざらする」
「教エラレルワケナイデショ。突然ノ事態ダッタンダシ」
 まだTシャツを口に当てたまま、こもった声でミズホは言った。
 
「あれ」
 埃が落ちつくと、ミズホはTシャツを離し部屋の中を指差した。
 その方向には子供用のベッドがあり、誰かが寝ているかのように膨らんでいる。
「中、見てみるか」
 俺がそういった瞬間、階段の方から、木の軋む音と、ぱたぱた、という音が聞こえた。
 とっさに俺は赤いドアの部屋に入る。
 しかし、ミズホは何を思ったのか、赤いドアの向かいの部屋に入った。
 足音は近づいてくる。
 俺は、静かに赤い扉を閉めた。
 
 足音は俺の隠れている部屋の前で止まった。
 その音の主がミズホのいる部屋の方を見ているのか、俺のいる部屋の方を見ているのか
はわからない。

 俺はドアを開けられても良いように、物陰に隠れる。
 隠れたとほぼ同時に、ドアが開かれた。
「おーい、いないのか?」
 声の主は警察官だった。おそらく、さっきの自転車に乗っていた人。
「すいません。います」
 素直に出て行くと、警察官は一瞬、驚いた表情を見せた。
「あ、ああ。君はこんな所で何をしているのかな? 一人?」
「もう一人、います。肝試しに来ていたんですけど……」
 警察官は眉をひそめた。
「ここが私有地なのは分かってる?」
 こういう場合は素直な態度でいたほうが良い。
「ごめんなさい」

554 名前: プロガー(北海道) 投稿日:2007/03/18(日) 17:15:15.86 ID:wcO5MSDZ0
 警察官は一変、にやにやしながら言った。
「……それで、幽霊はいたのかな?」
「たぶん、いません。俺、自分で見たものしか信じない主義ですし」
 警察官は真面目な表情で言う。
「そうかい。僕も自分の見たものしか信じない主義だよ」
「は、はぁ……」
 何と答えればいいのかよくわからない。
「ところで、もう一人、って言うのはどこにいるのかな?」
「たぶん、向かいの部屋に」

 向かいの部屋のドアを開けると、ミズホは呆然として立っていた。
「こんな所にいた。ダメだよ? こんな事しちゃ」
 警察官はそう言うと、溜息をついた。
「さて君達。今日のところは見逃してあげるけど、肝試しはこんな夜中にするもんじゃな
い。今度は、もう少し早い時間に来ようね? 寝ている幽霊を起しちゃうかもしれないし」
 冗談っぽく笑いながら警察官は言った。

 帰り道とは言っても、マンションのエレベーターの中。
 あの部屋からここまで、ずっと黙っていたミズホが口を開いた。
「わたし、見ちゃった」
 俯いたままで、その手はかすかに震えていた。
「何を?」
「わたしが隠れた方の部屋に、子供の幽霊が……」


555 名前: プロガー(北海道) 投稿日:2007/03/18(日) 17:16:04.54 ID:wcO5MSDZ0
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 二人を見送った後、警察官は再び洋館の中に入っていった。
 馴れた様子でスリッパに履き替え、二階に上がっていく。
 一番奥の赤いドアを開き、こう言った。
「さっきも言ったけどさ、ダメだよ? あんな事しちゃ」
「でもでも、せっかく出したスリッパもはかないで、土足で上がってきたんだよ?」
 昭和を感じさせる洋服を着た少女が言う。
「幽霊を見たことの無い人間ってのは、そんなもんだよ。特に男の子の方、幽霊信じてな
かったみたいだし」
 僕も幽霊――君を初めて見るまではそんな感じだった。と続けた。
「女の子の方は、私を見ただけで死にそうになってたよ?」
 嬉しそうに言う少女。
「だから、それがダメなんだって。幽霊になって何年経つのさ? 大人になろうよ……」
 
 洋館の少女は、今日もいつものように窓から、楽しそうにマンションを眺めている。



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