【 人形たちの洋館 】
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539 名前: きしめん職人(東京都) 投稿日:2007/03/18(日) 16:23:23.09 ID:I/pAZfTF0
 ノックの音で目が覚めた。
「入っていい?」
とドアの向こうから何度も声がする。が、それどころではなかった。鏡に映るわたしはどう見ても人形だった。何の悪夢か。
「ねえ、駄目なの? 駄目ならそう言ってよ」
「あ、いい、いいですけど」
慌てて返事をすると人形が歩いて入ってきた。目眩がする。そんなことはお構いなしにその人形はぺらぺらと話し始めた。
「新入りに挨拶しようと思ってね。あ、あなた、昔、勝手に部屋に入ってブローチ壊した子でしょ」
「ご、ごめんなさい」
「まぁいいわ、それに、もうすぐ男の子が来るそうよ。ふふ。楽しみでしょ。そういえばまだ名前を聞いていなかったわね」
どうしてこういうことになってしまったのだろうか。

 中学の卒業式の後、わたしは久しぶり洋館を訪れたのだった。重い門を開けると、ギギィ、というが耳につく。意外にも鍵はかかっておらずあっさり入ることが出来た。ここに入ったのは何年ぶりだろうか。
 子供の頃、裏口から勝手に入っては友達と遊んだものだ。そういえば一人で行くのは初めてかもしれないな、と思った。一度大人に見つかって怒られたことがあったが懲りずに通い続けた。それというのも、何より洋館にいた五体のアンティークドールが魅力的だったのだ。
 この洋館は、何十年も前に死んだ人形師の館だった。
 一階の大広間に足を踏み入れると懐かしいにおいがした。大きな階段を登ると二階、そこから右に曲がると長い廊下。そこに人形の置いてある五部屋があったはずだ。部屋を見てまわる。ここと、ここと、その次は…。あれ?
 「こんな人形あったっけ」
六部屋目に、見慣れない人形があった。いつの間に増えたのだろうか。他の部屋も見てみると、合わせて四体増えていた。人形師の親族が今も出入りしているのだろうか。そう考えてみると洋館はたいして埃も積もっておらずきれいである。
 ふっ、といやな感覚が襲った。非日常に、触れてしまった気がした。何をこの歳になって…。早く出よう。早足で玄関に向かう。
 そこでなぜか、階段裏のドアが思い出された。子供の頃何度も試したが開かなかった扉だ。あそこを確かめてから帰ろう、と思った。階段を下りるとその下に回りこんだ。そこにはあの時と変わらずドアがある。子供の頃はここには宝箱が隠されているに違いないと想像していた。
 ドアノブに手をかける。すっと回ってあっさり開いた。
 「やあ、待ちくたびれたよ。君、子供の頃はいつも誰かと一緒だっただろう?」
優しい声がした。
「他のみんなは美しくなかったから、人形にするわけにはいかなくてね。ここを見られるわけにはいかなかったから、あの時は鍵をかけさせてもらっていた」
その声は明らかに目の前の椅子から聞こえてきた。だがしかしその椅子には誰も座っていない。足が震えていたが動けない。
「僕の夢は、この屋敷の全ての部屋に、人形を置くことなんだ」
逃げろ、と本能が叫ぶ。怖がることはない、と男の声がする。
「それも、美しい」
わたしの肩に見えない男の手がまわる。
「よろしくね」(完)



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