【 F≠F 】
◆GPM/18Mi1A




24 名前:F≠F 1 :2006/04/23(日) 02:36:51.26 ID:bJLK57Wc0
 これが映画の中の世界だったら俺は名うてのガンマンで、数々の修羅場を潜り抜けた末出会った美女と結ばれて最高のフィナーレを迎えているんだろう。
 キスの一つでも見せてやらぁ、観客は涙累々、大喝采のスタンディングオベーション間違いなしだ。
 そして俺は真紅の絨毯を、競演したことが縁で妻となった女優と共に――。
 
「ヘイヘイ! そんなクソ垂れた腕でオレをヤるなんて今世紀最大のジョークだな!」
 そんなくだらない妄想を、数センチ横を掠めていった銃弾がものの見事に吹き飛ばしていった。
「……現実ってのは残酷だ」
「何訳わかんないこと言ってんのよ! さっさとどうにかして、アンタ!」
 ハリウッドの壮大な舞台は瓦礫だけの廃工場になり、公私共に結ばれる女優は十六の小娘になり、大喝采の観客は物言わぬ屍となっていた。
 嗚呼、すばらしき真紅の絨毯は遥か遠く、今や俺自身がその絨毯になるのも必至だ。
「あぁ……なんでこんなケツの青い小娘なんて拾っちまったんだ……」
「失礼な奴! 報酬出してんだからそれに見合った仕事しなさいよ」
 そう言って身を寄せてくる小娘――ジェシーと言った――は、学校の制服を着たどこにでもいる普通の高校生だった。
「面倒に巻き込まれるのがわかってたら依頼なんか請けてねぇ。っつか、くっつくな。俺はもっと色気のある大人の姉ちゃんが好きなんだ」
 ジェシーの顔を押さえつけて離す。抗議する彼女を無視して、俺は愛銃の弾を確認する。残りは五発。
「ったく、ついてねぇ。相手は頭のイカれたジャンキーだ。俺が一番嫌いな奴じゃねーか」
 立て続けに三発、足元に転がった空き缶が宙を舞った。弾の飛んできた方向から男の奇声が聞こえてくる。
「ヒャハハッー! いつまで隠れてやがるぅ、ケツ穴のちいせぇ野郎め。もっと楽しもうぜええぇぇっ」
 頭が痛くなってきた。何で俺があんな殺傷快楽者の相手をせにゃならんのだ。隣を見ると、ジェシーが身体を小刻みに震わせて十字を切っていた。
(イエス様が助けてくれるならどんなに楽だろうよ)
 彼女が何をやらかして連中に追われているのかは知らない。興味もなかった。俺は報酬をもらって依頼をこなす、それだけだ。
 だから同情するつもりもないし、どうなろうと知ったこっちゃない。ただ……。
(請け負った依頼はこなさねぇとなぁ。それが大人ってもんだ)
 ジェシーに対する不平はさっきので言い終わった。ここからはビジネスの時間だ。
「おい、お前はここから動くなよ? 頭にどでかい穴、空けたくなかったら大人しくしてろ」
「わ、わかったわ。だからお願い……」
 さっきの威勢はどこへやら、不安げな表情で俺を見る彼女に思わず噴出しそうになった。
(少しは可愛げあるじゃねーか。最初からそうしてろってんだ)
 無論、そんなことは表には出さず、
「クライアント様のご希望通りに」

25 名前:F≠F 2 :2006/04/23(日) 02:39:39.28 ID:bJLK57Wc0

 地を蹴って、瓦礫の合間から縫って出る。
 途端に飛んでくる銃弾を、今度は横へと飛んで回避した。その際に、まずは一発。
 崩れかけた廃工場の二階部分に命中した。次いで、隠そうともしない大きな足音が響く。
「ハーッ! ようやく相手する気になったってか、だーが! 相手がオレ様だったのが運のツキだぜぇ?」
(うるさい奴だ……まったく、調子の狂う)
 折れた廃棄パルプの影に身を潜め、男が近づいてくるのを待ち受ける。
 いつもなら相手の気配を探っての行動になるが、今回は相手がその手間を省いてくれた。
「ヒュッ」
 息を一気に吸い込み、目標に向けて二発。一発は近くのドラム缶に風穴を開けた。そして、
「ってぇなゴルアァッ。掠っただろうがぁよおおぉぉ!」
 二発目は男の右腕を僅かに捕らえていた。憤激の咆哮を上げ、ところかまわず銃弾を浴びせかけてくる。
 残り二発。
「映画なら残り十五分。主人公と悪の親玉との一騎打ちってか」
 ならせめて俺の話を理解できる悪役がよかった。こんなイッちまった野郎だと客は乗ってこねーって。
 男が乱射している音に乗じて、その背後へと移動する。
 男はまだ気づいていない。キマッた頭が判断力を鈍らせているのか、奴は今動くものに対して反応しているだけに見えた。
(そろそろ物語も佳境……せめて美しく散ってくれよ)
 隙だらけの男に人生の終幕を告げようとして、
「……笑った?」
 罠にかかった獲物を見る獰猛な笑みを浮かべて、男は地を蹴った。それは予想外に俊敏な動きで、俺は一瞬反応するのが遅れてしまった。
 
「きゃあああぁぁ!」
 戦場に不釣合いな女の悲鳴が上がった。男がジェシーを捕らえて、その髪を捻り上げていたのだ。
「ヒャーハーッ! あめぇっ! てめぇが無防備に娘から離れたのが"運のツキ"だ。オレ様はいつでもクゥールなんだよぉ〜!」
 そして男は怯えるジェシーに銃を突きつける。
「や、やだ……」
 今にも引き金に指がかかりそうになるのを見て、
(チッ、こんなのストーリーに入ってねぇぞ! 最後は悪を倒してハッピーエンドだろうが!)

26 名前:F≠F 3 :2006/04/23(日) 02:40:52.46 ID:bJLK57Wc0
「待て!」
「あぁ?」
 俺はしぶしぶ男の前に姿を現した。愛銃を放り投げ、降参の印を上げる。
「そんな小娘一人殺してどうする? くだらねぇ、クールにいこうぜ」
「どういうつもりだぁ?」
「……だから、俺とサシで勝負しよう。エモノはなしだ」
 これは賭けだった。
 どの道、あのままだと確実に彼女は殺されていた。残された道は、男のキメ具合を利用するしかない。
 ジェシーは噛み合わない歯を必至に押さえ、涙目のまま恐怖と戦っていた。
(へっ、少しはヒロインっぽいじゃねーか)
「……おもしれぇ。そいつぁクゥールな考えだ」
 男は乗ってきた。俺は賭けに勝った。絶体絶命のピンチでヒロインを救って、親玉と殴り合いとはハリウッドさながらのシチュエーションだ。
(さぁて、後はあいつを倒せば物語はハッピーエンドだ)
 俺はそう考えていた。ジェシーもそうだろう。
 男が賭けに乗ったことで今すぐ殺されることはなくなった。それを表すように彼女にも心なしか安堵の表情が浮かんでいた。
 だが、悪の親玉は映画以上に頭がキレていて、クールで――残酷だった。
「だぁが、その前に〜っ!」
 男がジェシーをこちらへと突き飛ばす。よろめく彼女は開放されたと思って走り出す。
 その後ろには男の姿。俺が声を張り上げるよりも早く――それはジェシーを襲った。
 血飛沫が舞う。
 小柄な少女は軽く踊って、声も上げず、いともあっけなく倒れた。
「――っ!」
 次の瞬間、俺は放り投げた愛銃を拾って男へと突進した。しかし、それよりも早く男が笑いながら俺に銃を向ける。
 男の指が引き金を引いて、俺に人生の終幕を告げ、
 
 カチッ。
 
 なかった。男が何度引き金を引いても、それはただ乾いた音を鳴らし続けた。
 その間に一気に間合いを詰め、男に愛銃を突きつける。

27 名前:F≠F 4 :2006/04/23(日) 02:41:24.84 ID:bJLK57Wc0
「……お前にはまだクールさが足りなかったようだなっ!」
 まずは一発、男の胸に向けて放つ。そして止めに最後の一発を、そのひどく歪んだ笑みを浮かべた顔面に向けて撃ち放った。
 
 
 廃工場に静寂が訪れていた。
 俺の目の前には、自らの作り出した血の海に浮かぶジェシーの姿がある。
「ハッピーエンドは……フィクションの世界にしかねぇのか」
 開いていた彼女の瞳を静かに閉じてやる。
 銀幕の英雄よりも俺にはこっちのほうがお似合い、ってか……。
「依頼内容は失敗だ。だから……報酬は貰わない」
 懐から萎れたタバコを取り出して火をつける。一息つけると、それは風に乗って天にまで流れていった
 
「天国までの道しるべだ。迷うんじゃねーぞ。お前はこの物語のヒロインなんだからよ」
 
 
 完。



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