【 モンシロチョウ 】
◆9CrZAVTRRE
※投稿締切時間外により投票選考外です。




126 名前:モンシロチョウ1/4 投稿日:2007/03/12(月) 00:01:31.35 ID:fk4dD7fi0
時間過ぎちゃったけど投下。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

清水と始めて会ったのは、中学一年の時だった。
隣のクラスに、やたらうるせぇ女がいるな、と思って名前を覚えたが、普通に会話を交わすようになったのは同じクラスになってからだ。
新学期の委員決めの際、俺は推薦されるがままに文化祭実行委員になり、清水は立候補して女子の委員になった、それがキッカケだ。
「ねぇねぇ、タケヒデって、どう書くの?」
 −武芸の“武”に、秀でるの“秀”だよ。
「あ、なんか、いい名前だね!男の子だから、お父さんが一生懸命考えたんだろうね。それとも、おじいちゃん?」
 −知らないよ。そこまで聞いた事ないし。
「アタシはね、“聡明で美しい”で聡美だよ。お母さんの案だって!」
 −ふーん。
「あれ?感動しなかった?」
 −いや、いい名前だとは思う。
「そうじゃないでしょ、感動しなきゃ!人は感動するために生きてるのに!」

いちいち名前の由来なんかで感動してられるか、とは思ったが、やけに熱く語る姿に気圧されて「そういうもんかな」と言葉を濁した。
清水は不満そうに頬を膨らませていたが、「もっと色んなことに感動しなきゃダメだよ」と一言だけ言って、プリントをホチキスで留める作業に取り掛かった。



128 名前:モンシロチョウ2/4 投稿日:2007/03/12(月) 00:02:00.17 ID:fk4dD7fi0

委員としては、なかなかのコンビだったように思う。
清水は毎日目を輝かせながら「聞いて聞いて!すごいコト思いついちゃった!」と、どこかで聞いたようなアイディアや意見を出し、僕は冷静に検討し先生方と無難に打ち合わせをし、清水の考えた案を実行した。
文化祭が終わり、後片付けをしている時、真っ赤な目をした清水が礼を言いに来た。
「協力してくれてありがとう。アタシは馬鹿だから思いついた事を言うだけで迷惑だったかも知れないけど、すごく楽しかった。ありがとう」
 −いや、こっちこそ。楽しかった。
「タケヒデ君は、人を感動させる才能があるよ。」
 −俺は、提案されたことを淡々とこなしたダケだけどな
「ううん、それは感動させる才能なんだよ」
 
よくわからないが、彼女なりの褒め言葉だったのだろう。僕は曖昧に「ありがとう」とだけ言って、後片付けを続けた。
感動させる才能か・・・僕には、そんな物は備わってない。事務処理能力なら人並みより若干優れているかも知れないが。
そして何より、僕には、物事に感動する才能が無い。
僕の心中を知ってか知らずか、清水が窓から差す夕日を見ながら呟いた。

「アタシね、人を感動させる大人になりたいんだ」
ああ、いつもの事か、と思って話を合わせる。へぇ、そりゃいいな、と。
「感動ってね、人の想いが込められてる事を言うんだよ。だから、想いがあれば、何を見ても楽しいし、悲しいし、悔しいし、嬉しいの」
 −なんか、どっかの宗教みたいな話だな。神様にでもなったらどうだ?
少しウンザリしながら言った僕の言葉に、彼女は、少し考えて返答した。
「神様じゃないな。天使、天使がいいかも。白い羽で飛んでね、みんなの幸せを祈るの」
そして、僕の顔を覗き込んで、一言付け加えた。
「そしたらね、タケヒデくんの目の前で、宙返りしてあげるよ」

133 名前:モンシロチョウ3/4 投稿日:2007/03/12(月) 00:04:53.13 ID:fk4dD7fi0

三年の8月、清水は交通事故に遭った。
夜の9時半に、夏期講習から自転車で帰宅途中のことだ。
見通しの悪い曲がり角、2トン車との衝突。あまりにも突然の出来事だった。

夏休み中にお通夜が開かれ、クラスの女子は大袈裟に泣き喚いていた。
その姿は、まるで死を悲しんでいる自分の姿に酔っているようで、不愉快かつ醜悪な物だった。
「サトミは「感動することが大事だ」って言ってたけど、私たちの心の中には、いつでもサトミの残してくれた感動が・・・」
学級委員の川島が泣きながら読む送辞は、僕の心に空しく響くだけだった。
馬鹿か、コイツら−どうせすぐ忘れる癖に。

そして、机に花瓶が置かれた状態で新学期が始まり、時折、花や水を変えながら、受験シーズンを迎えた。
俺たちは、もう、些細な事で泣いたり笑ったりしてる暇すら無かった。
目の前にある参考書と問題集、冬期講習のテキストと過去問をこなし、感動なんぞとは無縁の中学生活ラスト数ヶ月を乗り切るだけの日々。
俺にとっては、ごく普通の、ありふれた日々だった。

二週間ほど前、第一志望の合格発表があった。結果は不合格。
両親や塾の講師には気を落とさぬよう励まされたが、正直なところ、別に志望校なんて大した理由は無いのだ。
単に、自分の学力より、ちょっと高い偏差値の学校を第一志望にした、それだけの事だ。
最終的に、第二志望の学校に引っかかり、あと数週間もすれば、つつがなく“そこそこの高校”に進学する。
号泣も歓喜も達成感も敗北感も無いままに。

清水は僕を「感動させる才能がある」と褒めてくれた。
けれど逆に言えば、それは僕には備わっていない清水の固有の才能だったのだ。
僕には、決定的に欠けているものがある。
それは、感動する才能、だ。


134 名前:モンシロチョウ4/4 投稿日:2007/03/12(月) 00:07:32.78 ID:fk4dD7fi0
卒業式の日。
予行練習と同じように入場し、予行練習と同じように着席し、予行練習と同じように送辞と答辞があり、予行練習と同じように歌を歌った。
来賓と校長の、ありふれた挨拶。卒業証書は名前の所までワープロ打ちで、そりゃあ見事な「達筆」だった。
僕は既に着席し、4組の連中が卒業証書を受け取る姿を冷めた目で見つめていた。

その時。眼前を白い物が漂った。
それは頼り無く、儚げな飛び方で、体育館の中をキョロキョロと見渡しているかのようだった。
−モンシロチョウか。
暖冬の賜物か、例年より早く羽化したモンシロチョウは、僕の周りを頼り無さげに漂い−
そして、大きく宙返りをした。
 (タケヒデくん、約束どおり、宙返りしてあげたよ)
−天使には、なれなかったんだな
 (でも、蝶になれたよ)
−そうか、じゃあ一緒に卒業しようぜ。見てろよ−

マイクの前で、教務主任の先生が息を吸い込む。
「以上、147名・・・・」
 「先生!えっと・・・百四十、八名です」

思いのほか、声が響いた。
ザワつく館内の声を静止し、先生は「148名」と言いなおして、式は終わりを告げた。「卒業生、退場!」

在校生の歌が響く中、行進する僕たちの上を、モンシロチョウはいつまでも飛んでいた。
「感動ってね、人の想いが込められてる事を言うんだよ。だから、想いがあれば、何を見ても楽しいし、悲しいし、悔しいし、嬉しいの」
そうか、感動するにもさせるにも、才能なんて必要ないんだ。

笑わないでくれ、僕は、本気で感動したんだ。
たった一匹のチョウを見た、それだけの事で。



BACK−ペットボトルの空 ◆H7NlgNe7hg  |  INDEXへ  |  NEXT−無題 ◆04p9wvYxsw(投票選考外作品)