【 無題 】
◆04p9wvYxsw
※投稿締切時間外により投票選考外です。




214 名前:無題 1/3 投稿日:2007/03/12(月) 01:25:17.16 ID:uIiuRcXf0
 思わず出そうになったあくびをこらえながら、隣で本を黙々と読む少女に目を向ける。
 風に流されて曇り空から日が顔を出す。
 その光を待ち望んでいたかのように、大きく背を伸す。
 字を追う目と、ページをめくる腕以外を動かさなかった植物のような彼女の突然の動きに目が釘付けになった。
 初春の光を浴びて少し光って見える彼女の肌。
 綺麗だなあと思うと同時に、彼女が自分と全く違うものだと実感する。
 長めの黒髪。華奢な体つき。整った顔立ち。そして薄く緑がかった肌。
 薄い薄い鶯色というのだろうか。明るいところにいるとそれが彼女自身の色だということがよくわかる。
 こちらの視線に気づいたのか、本からぼくへと目線を移す。
  「やっぱり、目立つかな? 変だよね緑色の肌なんて」
 腕をさすりながら、少し自嘲気味に話しかけてくる。
  「や、や。そんなこと無いよ。綺麗な色だし、ぼくはいいと思うよ」
 人と話すのは苦手だ。心にも無いことのように聞こえてないだろうか。機嫌を損ねただろうか。
 変なことばかり頭に浮かぶ。変な汁が頭から噴出してくる。汗かな。人と話しただけで汗なんて――
  「よかった。ありがとう」
 簡素な言葉が返ってきた。彼女は視線を本に戻す。少し口元がゆるんでいるのように見えるのはきのせいだろうか。
 いや喜んでもらえてるのなら良いのだけれど。
 彼女は大学教授である母の研究成果。
 研究内容は単純明快だ。頭の悪いぼくですらわかる話。
 人間と植物の融合。葉緑体を持つ人間を作ることが研究。その成功結果が彼女らしい。
 いま地球は環境問題をへて、食糧危機に陥っている。
 戦争が減り、医療設備が整い、減らない人口。
 食べるものが少ないなら自分で作り出せばいい。そんな発想から。
 母はすごいと思うし、偉いと思う。
 けれどこの娘は世界に認めてもらえるだろうか。それがぼくの唯一の不安だった。
 殆どの人間は体や、遺伝子をいじったりするのを嫌う。それが仕方のないことだとしても。
 物思いにふけるぼくの頭になにか冷たいものが触れた。雨のようだ。
  「帰ろうか」
 問いかけるときには彼女はもう立っていて、黙ってうなずく。
 家へ向かう道、なにやら声が聞こえる。歩くたびに大きくなる。聞き取れなかった声は段々とはっきりしていく。

216 名前:無題 2/3 投稿日:2007/03/12(月) 01:26:26.35 ID:uIiuRcXf0
 遺伝子操作に反対。人間とは認めない。彼らはプレートをかかげ、拡声器を使い。
 隣で歩く彼女にも聞こえたようだ。顔をうつめ、そわそわしている。ぼくは自然な感じでそっと着ていたパーカーを彼女に羽織らせてフードをかぶせた。
  「ありがとう」
 ぼそっと呟かれたその声は震えていた。
 一団とすれ違う。耳障りな声が頭のなかに入り込んでくる。
 なにもできない自分が情けなかった。なにもしてやれない自分が憎らしかった。
 家に帰るころには服はすっかり濡れ、着替えなくてはいけないくらいだった。
 体に吸い付く服がうざったい。彼女はぼくのパーカーのおかげであまりぬれていないようだった。
  「着替え……いる? 母さんのだけど。多分着れると思うんだけど…… 」
 玄関に根でもはってるかのように、俯いたまま動かない彼女に問いかける。
 無言。
  「とりあえず……もってくるね。風邪ひくと、大変だから」
 その場を離れ、母のタンスへ向かおうとしたとき。
  「わたし人じゃないのかな? 認めて……もらえないのかな」
 なんていったらいいかわからなくて、言葉が出ない。口だけがパクパクと動く。頭の中でどうにか単語を作り、文章にする。
 相手に不快な思いをさせぬよう推敲し、言葉を入れ替え、なんとかつくったつぎはぎだらけの言葉を声に出す。
 「ぼくは。人間だと、思うよ。感謝の気持ちも、気持ちが、心を、持ってるから。だから、人間だと思うよ」
 なんとか言葉に出してみて、後悔する。もっと良いこといえよ。
  「お礼はね、なにかしてもらったら、言いなさいって、あなたのお母さんが。だから、違うの。心なんて」
  「じゃあ、じゃあさ、君はお礼をいったとき、なにも思わなかったの? いまもなにも感じていないの? 」
  「わからないの。気持ちが。これが心だという証拠が、本物の人とは違うかもしれない。そういえばわたしは本当に人じゃない…… 」
 なにかいわなきゃ、なにか。早く。
  「でも、ぼくは君のことを人だと、人だと思ってるよ。本当に」
 少し、顔がほぐれたきがした、きがしたのだけど。
  「君が認めてくれても、ダメなんだよ。わたしは、生きてかなきゃいけないのに、だって、だれがわたしを助けてくれるの?
  わたしは、獣じゃないから、自然の中じゃくらしていけない。植物でもないから、家がないと寒いの。
  そしてね、わたしは人でもないから働いたり、家をもったり、そんなことさせてくれないかもしれない。
  君のお母さんだって、わたしを守ってくれるとは限らないし、先に死んでしまうかもしれない、そしたら、
  そしたらわたしどうやって生きていけばいいの? 」

217 名前:無題 3/3 ◆04p9wvYxsw 投稿日:2007/03/12(月) 01:28:00.05 ID:uIiuRcXf0
 なにもいえなかった。母はいつか死んでしまうし、そんなに裕福なわけでもない。
 世界が認めたとしても。さっきの団体みたいのがたくさんいるかもしれない。
 だれが彼女を助けることが出来るのだろうか、守って上げられるのだろうか。
 ぼくに、ぼくが、助けてあげたいけれど、そんな大それたこと、いえるわけがなくて。
 でも守りたいと、思ってるのは――本当。同情かもしれないし、哀れみかもしれない。
 ぼくが好きなのは同じクラスの静ちゃんだったはずなんだけど、でも。彼女を好きじゃないかもしれないけど、けど。
  「ぼくは、きみを守りたいと、おもってる。どうにかして守るから、だから、うん、あのさ。いいよ、人間じゃなくたって」
 自分は何を言っているんだろうかと、言いながら思った。
 けど、久しぶりに相手の気持ちとか考えずに、自分の気持ちを喋った気がする。
 彼女は肩を震わせている。寒いのかな。それとも臭すぎて笑ってるのかな。
  「とりあえず。着替えと、タオル、あとホットミルクでも入れてくるね」
 たまらなくなってその場を離れた。
 母のタンスをあさっていると、母が帰宅した音が聞こえた。
 タオルと服。ホットミルクをもっていたその後は母がずっと付き添っていた。

 数日たって、いろんなことを知った。
 あの日は母の発表の日だったらこと。家にいればあんなに面倒なことにはならなかったらしい。
 反対派はあの団体くらいだったらこと。意外なことにこれから産まれてくる子どもたちはみな、植物人間になることになったこと。
 世界初の植物人間を養女にしたいなんていうお金持ち夫妻もでてきたこと。
 結局、ぼくは彼女に必要無い存在となってしまったと思っていた。そして彼女の記者会見がいま、テレビで放送されている。
 あんだけ恥ずかしい思いをしたぼくはなんだったんだろうか。
 記者の質問に彼女は淡々と答えている。
  「世界的に有名な資産家の○○夫妻が養女に迎えたいと仰っていますが、どう考えていますか? 」
 一番聞きたくない話題が出て、ため息がもれる。テレビを消そうとリモコンに手を伸ばすと、彼女の返事が聞こえてきた。
  「すごく、うれしいんですけど、守ってくれる人が待っててくれてるので」  おわり



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