【 バトラーロボ現る! 】
◆VXDElOORQI




120 名前:バトラーロボ現る!(1/4) ◆VXDElOORQI 投稿日:2007/03/11(日) 23:58:16.32 ID:8Pq2fCW50
「ただいまー。遅くなって悪かったなー。今、飯の仕度を……」
 俺が家に帰ると、黒いスーツを着込んだ男性が俺に向かってなぜか頭を下げていた。
 見知らぬ人が家いて、その人が俺に頭を下げているという状況に俺が呆然としてその男
性を見ていると、男性はすっと顔をあげた。立派な口ひげを蓄えた初老の男性だった
 なにやら客を案内するような態度で、俺の前を歩き、リビングへと入っていく。
 リビングに入ると妹が食卓に座っていた。
「誰なんだ。このギャリソン時田は」
 妹は俺が帰ってきたことにも気付かず、食卓で豪華でおいしそうな料理を黙々と、ガツ
ガツと食べている
「とう」
 そんなに妹に脳天チョップを振り下ろす。
 だがその瞬間、俺の腕は捕まれ、体はぐるんと宙を一回転し、そのまましたたかに腰を
床に打ち付けた。
 いつのまにか俺の横には例の男性が俺の腕を掴んで立っていた。
 どうやらこいつが俺に空中一回転をプレゼントしてくれたらしい。
「あー、おひゃえりおひいちゃん」
 やっと俺のことに気付いたのか。このバカ妹が。
「なんだこいつは」
 俺はひげの男性を指差す。
「えーひょねぇ。しょれは」
「食うか喋るかどっちかにしろ」
 その言葉を聞いた妹はグッと親指を立て俺にわけのわからない合図を送ると、黙って料
理を食べ続けた。

「あー、おかえりお兄ちゃん」
「そこからやり直すのか」
 食卓には空になった皿が並び、妹は食った食ったといった感じでお腹を擦っている。
「で、誰なんだ。あそこにいるギャリソン時田は」
 俺はそのギャリソン時田から、距離を取って妹に聞いた。
 また投げられたらかなわないからな。

121 名前:バトラーロボ現る!(2/4) ◆VXDElOORQI 投稿日:2007/03/11(日) 23:58:38.11 ID:8Pq2fCW50
「執事ロボのじいやさん。型番の下三桁がGE8だったからじいや。良い名前でしょ?」
 なんと安直で、執事にはオーソドックスな名前を。てか執事ロボ……? なんでそんな
もの?
 俺の頭に悪い想像がよぎる。
 いや、まさか。そんなことはないさ。
「たださー。言語機能と主人判別機能の調子が悪いんだよねー。言葉も喋らないし、私の
ことしか主人だと認識しなくってさ。早く調整しなくっちゃ。あ、でも家事機能はばっち
し! 料理洗濯掃除に裁縫、全部完璧完全パーフェクトだよっ! いや、全くもって科学
の進歩って素晴らしいね!」
 そんな俺の内心にまったく気付くことなく、妹は嬉しそうに執事ロボの性能を語り出す。
「もっと若い姿のにしようかと思ったんだけどね。やっぱり執事は渋いほうがいいと思っ
てこれにしたんだ。いかにもバトラー! って感じでしょ?」
 妹の言葉には答えず、俺は勇気を出して、頭をよぎった悪い想像を口にする。
「……俺の料理そんなにまずかった?」
「え?」
 嬉々として執事ロボの素晴らしさを語っていた妹が、俺の言葉にその動きを止める。
 動揺しているように見える。悪い想像当たっちゃったみたいだな。
「お前が『おいしい』って言ってくれるのが楽しみで作ってたんだけど、迷惑だったみた
いだな。ごめんな。気付かなくて……」
 自分で自分の言葉に軽く絶望する。自分でも顔色が悪くなっていくのが分かる気がした。
「いやいやいやいやいや、そんなことないって! お兄ちゃんの料理はおいしいよ! た
だ……」
 慌てて言葉を取り繕う妹を見て、さらに悪い想像は俺の中で確実に事実に近づいていく
気がした。
「……ただ?」
「このままじゃ家の食器が全滅しちゃうよぉ」
 妹が目を向けた方向にはゴミ箱。その中には数え切れないほどの食器の残骸が入ってい
た。
 全て俺が洗いものの時に割ったものだった。
「お兄ちゃんは料理以外てんでダメだから、買ったんだよ? ほんとだよ?」

122 名前:バトラーロボ現る!(3/4) ◆VXDElOORQI 投稿日:2007/03/11(日) 23:58:59.62 ID:8Pq2fCW50
 その言葉は事実に傾いていた想像を、少しだけ想像の域に戻してくれた気がした。
 そうだよな。今まで「おいしい」と言って食べてくれてたもんな。
「そうか、それならいいんだ。ごめんよ。情けない声出して」
「うん。ダイジョブだよ。それよりお兄ちゃんもご飯食べなよ。お兄ちゃんのよりおいし
いよ!」
 俺は走って自分の部屋に戻った。

 俺は役立たず。俺は役立たず。俺は役立たず。俺は役立たず。俺は――。
 頭の中で同じ言葉グルグルと回る。
 俺はもう妹には必要ないんだ。執事ロボがいればそれでいいんだ。俺より料理が出来て、
掃除も洗濯も裁縫も完璧完全パーフェクトなあいつのほうがいいんだ。
 ネガティブにネガティブを塗り重ねるように部屋に閉じこもっていると、ドンドンと扉
を叩く音が聞こえてた。
「お兄ちゃん! さっきはごめん! つい本音が出ちゃって!」
 家の妹は素直すぎる。もう悲しいくらい素直すぎる。涙が出てきた。
「じいやの言語機能も直ったんだよ! じいやがさっき投げたこと謝りたいって! だか
らお願い! 出てきてよ!」
 俺はそっと扉を開けて顔を出す。どうも妹のお願いと言う言葉には逆らえない。
「先ほどは失礼しました」
 じいやが渋い声でそう言った。声までかっこいいでやんの。
「これからはお嬢様のお世話は私めにお任せになって、貴方様は自分のことだけをしてい
てくださいませ」
 カチンときた。なんだ。それは。俺にもう妹の世話をするなと言っているのか。何様だ。
「あー、どうやらまだ主人判別機能がイカれてるようだな」
「いえ、そんなことはございません。私めのご主人様はお嬢様ただ一人でございます」
 機械の分際でいけしゃあしゃあとよく言う。
「なんだ? 俺は主人じゃねーってのか?」
「はい。そうでございます」
「てめぇ」
「はーい! そこまで!」

124 名前:バトラーロボ現る!(4/4) ◆VXDElOORQI 投稿日:2007/03/11(日) 23:59:22.38 ID:8Pq2fCW50
 俺が今まさに拳を振り下ろそうとした瞬間妹が止めに入る。
「二人とも、仲良くしなきゃめっ! だよ!」
 人差し指を立てて俺たちに注意する妹。
「でもなぁ」
「しかしですなぁ」
「じいや! これは命令だよ!」
「は、申し訳ございません。お嬢様」
 妹の言葉にすごすごと引き下がるじいや。ざまーみろ。
「お兄ちゃんも! これは私からのお願い聞いてくれるよね?」
 う、お願い攻撃か。
 妹は上目使いで俺のことをじっと見つめる。
「わかったよ。仲良くすればいいんだろ」
「ありがと。お兄ちゃん。さ、二人とも仲直りのハグして」
 ハグ? 握手でいいじゃねーかよ。なんでハグなんだよ。
「早く!」
 妹のその言葉にじいやは手を広げ、俺のほうにジリッと近寄ってきた。
 俺は思わず一歩下がる。
「お兄ちゃん!」
「はい」
 言われるがまま俺はじいやとハグをした。
 機械のくせにちゃんと体温があってきもちわるい。
 そんなことを思っているとボキッと俺の背中からそんな音が聞こえてきた。
 ハグが終わると俺はあまりの痛さに声も出ず思わず膝をついた。
「さ、これで二人は仲良しだね! 行こっ、じいや」
「はい。お嬢様」
 立ち去り際、じいやは俺のことを一瞥するとニヤリと笑った。
 いつか絶対ぶち壊してやる。
 俺は痛みに耐えながらそう誓った。

おしまい



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