【 死神自殺 】
◆InwGZIAUcs




105 名前:死神自殺1/5 ◆InwGZIAUcs 投稿日:2007/03/11(日) 23:43:15.38 ID:25Pzjpye0
 もうたくさんだ……。
 世間から見ればよくある話なんだろう。
 両親の離婚。母親は俺を捨ててどこかへと去ってしまった。
 正確には、母親の連絡先が書かれたメモは残っていたが、なんて顔して会えばいいのか分らない。
 今まで両親から愛情をたっぷり貰って生きてきたと思う。
 なのになんでこんなに急に……。
 急だと思っているのは、両親の仲を知らなかった自分だけなのかもしれない。
 いつになっても無邪気な母さん……家を留守にしがちだけど、たまに空いた日を家族の為に使う父さん。
 仲の良い夫婦だと思っていた。
 思わされていた。
 裏切り……。
 母が憎いと思った。
 母が好きだから。当然親としてだが。
 結局高校生の俺は親父に引き取られることとなったんだ。


 何をしていても胸にぽっかり穴が空いたようだ。
 他人事は所詮他人事。自分が同じ立場になった時、始めてその辛さを感じる事ができる。
 恋人はもちろん、悩み事を打ち明けることのできる友達すらいない俺。
 学校も地獄だ。
 もう、どうでもいい。
 現実逃避。
 本でも読んで気を紛らす。
 その時俺は、趣味のオカルト本を寝っ転がりながら読んでいるうち、一つ面白い魔術を発見した。
「死神召喚術?」
 白骨のドクロに黒いフードを目深に被った魂を刈る農夫。
 そう、死神を召喚して、自分の意図する人間の命を摘みとらせる黒魔術だ。 
「ふーん、死神ねぇ」
 うん、普通に死ぬよりずっと面白そうだ。これだ、これで自殺でもしよう。
 もうこの世にたいした未練などない。

106 名前:死神自殺2/5 ◆InwGZIAUcs 投稿日:2007/03/11(日) 23:44:07.53 ID:25Pzjpye0
 早速俺は、コレクションの魔術道具を駆使して、その黒魔術を行う事にした。


 こうして、俺の部屋に死神がやってきてしまった。


 空が白み、夜が明けようとしている。
 そんな中俺は、自室の角の隅っこで体操座りをして震えていた。
 死にそびれてしまった……。
 つまるところ、俺の召喚した死神は当てにならなかったんだ。
 死神は大きな鎌を持っていた。黒いローブも纏っていた。そして顔は可愛い女の子だった。
 俺は予定外の死神に肩を落としながらも「俺の魂を刈ってくれないか?」と聞いてみた。
 すると、
「じゃあ雅人(まさと)が死亡予定時間がきたら瞑(めい)がちゃんと摘んであげるね?」
 なんて……俺を殺すのは今すぐではないらしい。
 因みに雅人は俺の名前。そして瞑はその死神少女の名前だ。
「そっか……」
 そして俺は術の儀式にも疲れ果て、なんとなくいつの間にか儀式用のロープで首を吊っていた……といういきさつだ。
 さっきまで自分を吊っていた輪っかに目をやると、紐はノンキに揺れている。
 勇気を振り絞った。しかし、ロープから解放さてしまった事で、痛みへの、苦しみへの、死への恐怖が、もう一度そこに首を預けることをかたくなに拒んでいる。
「そんな遊びしてたら死んじゃうぞ?」
 小首を傾げて俺を覗くのは、さらさらの黒髪、キラキラの黒目……俺の呼び出した死神少女、瞑だった。
「なんで助けたんだよ……死神だろ?」
 俺は悪態をつきながら瞑を睨み付けた。
 彼女は死神……の筈なんだけど、こうして俺を殺すどころ助けやがった。
 しかし瞑に悪びれた様子はなく、にっこり笑って俺の隣に座った。
「瞑が側にいるのに、神様に設定されてる死亡予定時刻外に死なれたら困っちゃう」
「なんでだよ?」
「監督不行き届きで神様に怒られちゃう。それに……」

107 名前:死神自殺3/5 ◆InwGZIAUcs 投稿日:2007/03/11(日) 23:44:55.38 ID:25Pzjpye0
 瞑は眉をひそめてもじもじしている。なんなんだ? まあいいけど……。
「じゃあその予定時刻は何時なんだよ?」
「えーと、約六十一万三千二百五時間後かな?」
 ろくじゅうまん……? アホらしい、いつになるか計算するのも面倒だ。
「なあ、もし俺が誰かの魂を摘んでくれと頼んでいたらどうなってたんだ?」
 瞑は目をパチクリさせて笑った。
「もちろんその人の命を摘みに行くよ?」
「摘むのも今すぐか?」
「んーん。設定されている時間まで待つのが普通だよ?」
「じゃあ予定時間外なら、その人の命も、さっきの俺と同じように守るわけか?」
「うん!」
 ああ、怪しいオカルト本で召喚が成功したことには驚きだけど、本に書いてある内容とは全然別物だ……。どちらかと言えば、これは防御の黒魔術だろうに。
 しかしここで俺はふと思った。つまりこの子は俺が死ぬまで一緒に人生を歩んでくれるという事なのだろうか?
「じゃあ言い換えれば、お前は俺と一緒に死ぬまで過ごしてくれるのか?」
「うん? そうだよ?」
 はは、まるで恋人だな。
 触れられる肌。暖かそうな頬。死神とはいえ、人間と何ら変わりない。
「なら……俺の恋人になってくれないか?」
「へ?」
 俺の唐突な言葉に、見る見る頬を染める瞑。
 自分の胸が高鳴るのを感じると同時に、錆びて腐った筈の理性が蘇ってくる。
 はあ、何言ってるんだ俺は。人外の化け物に求愛してどうすんだ。
「ごめん。今のは忘れてく――」
「うん! 私はこれから雅人の恋人ね!」
 そう言って満面の笑みを浮かべる瞑。俺はその笑みを前に何も言い返せない。
「嬉しいなー」
 顔を赤らめながらもご機嫌の瞑は、俺と同じ体操座りのまま俺の肩に首を傾ける。
「な、なんで嬉しいんだ? 俺たちはさっき会ったばかりだろう?」
「だって瞑は雅人が産んだも同然なんだよ? あれは召喚ではなく死神の生成魔術なんだよ?

108 名前:死神自殺4/5 ◆InwGZIAUcs 投稿日:2007/03/11(日) 23:45:26.86 ID:25Pzjpye0
 つまり雅人は瞑にとってお父さん! 大好きなのは当然よ?」
 は? 死神の生成? あの魔術が?
「産まれたての割には死神のことをよく知ってるけど……?」
「それはそうよ。だって死神として産まれたんだもん。その為の知識や技術が無かったら務まらないでしょ?」
 分るような分らないことを言う。
 もういいさ。結果オーライだろ? 
「じゃあ私も聞きたいなあ?」
「ん? 何を?」
「何でそんなに死にたがってたの?」
 まあそう思うよな。
 俺は少し躊躇いながらも、今回の事、俺の事を話してみた。
 すると瞑は、疑問符を頭の上でクルクルさせているような表情で口を開いた。
「うー瞑難しい感情よく分らない。好きな人なのに見捨てられると、その人を憎く思っちゃうの?」
「まあそんなところ」
 俺は笑った。
 そんな事はもういいのさ。俺にはこの死神の恋人がいるのだから。
 

 一ヶ月後、母さんが帰ってきた。親父と一緒に。
 母さんは俺に泣きながら謝っていた。親父も俺に、いや家族に言った。
「もう一度三人で最初からやり直そう」
 三流のドラマみたいな展開だが、現実に起こってしまえば、一流ドラマも及ばない感動があるものだ。
 俺も泣いた。
 けど、何か違う気がした。 


 瞑はこの上なく喜んでくれた。瞑もその一員にして貰えるかなあ? ってはしゃいでた。
 当然俺は父親にも母さんにも正直に話した。すると親父も母さんも、全く疑問を瞑を受け入れてくれたんだ。
 あげくに、
「あらあら、これから賑やかになりそうね!」

109 名前:死神自殺5/5 ◆InwGZIAUcs 投稿日:2007/03/11(日) 23:46:25.20 ID:25Pzjpye0
「瞑ちゃん。これからは私を父さんと思ってくれていいのだよ?」
 両親も大喜び、俺も大喜び、瞑も大喜び、めでたしめでたし……とは、やはり問屋が卸さなかった。
「死神? 何を寝ぼけた事をいっているんだ! さあ、君も家に帰りなさい!」
「そうよ雅君? これから頑張ろうっていう時に、変なこと言わないでちょうだい」
 現実的な二人の意見に俺は必死に抵抗した。が、どう考えても筋を通すのは不可能だった。
 口論も一時間が過ぎようとした頃、後ろで見ていた瞑がぽつりと呟いた。
「雅人、もういいよ」
 後ろを振り返ると大きく鎌を振りかざした瞑がそこにいた。
「な、瞑!」
――ザンッ!
 俺の叫びが合図だったのかもしれない……と錯覚するほど同時に、漆黒色の鎌は振り下ろされた。


 というわけで俺はまた孤独になってしまった。いや、瞑がいるなら孤独ではないけれど……
 せっかく新しく暖かい家族を築けると思ったんだけど。まあ起こってしまった事は仕方がない。
「なあ、これからどうするんだよ?」
「どうって?」
 この状況を説明して欲しいんだよ。頼むから当たり前みたいな顔をするな。
「大体神様の決めた予定時刻に死ぬ人間を刈ったんだろ? 規約違反じゃないのか?」
「だって雅人は瞑の恋人だもん。ずっと一緒にいたいもん。神様の約束の一つや二つ破っても平気だもん」
「だからって刈る事はなかったんじゃないか?」
「これならずっと一緒だよ?」
 とは言ってもな……まあ、たいした未練もないか。
「私は雅人と暮らしたかったから再婚した。夫はもうどうでもいい」
「俺は雅人の面倒を見て欲しいから再婚した。妻はもうどうでもいい」
 ほらな。やっぱりこの夫婦仲良くない。そんな世界は悲しくて嫌だ。
 俺の頭に流れ込んでくる両親達の本音は、魂になった俺だから聞けたものだろう。
 てかこういう能力的な事もさっさと教えてくれよ瞑。
「おーい雅人! 先に行っちゃうぞ?」
 やれやれと、魂を刈られた俺は瞑と一緒に歩き始めた。俺の死体にすがって狼狽する両親を尻目に……。



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