【 化け物の意味 】
◆dT4VPNA4o6




99 名前:化け物の意味1/5 ◆dT4VPNA4o6 投稿日:2007/03/11(日) 23:39:01.24 ID:kUJlN2u10
軍の実験体の脱走、聞いているな?」
 シンドウを呼び出した上司は開口一番そう尋ねた。
「廃工場に逃げ込んで……えっと、三日でしたっけ? 立てこもったままだそうで」
 凶行犯係り所属のシンドウ巡査長はさして興味なさそうに返した。
「で部長、俺を呼び出して何の御用ですか? まさかアレを捕まえろとでも?」
「その通り、可能な限り捕獲しろ。これは私ではなくもっと上からの命令だ」
 表情を変えずに淡々と命令を下す上司に対してシンドウはやや大げさにため息をついて、
「無茶言わないでくださいよ。俺は確かに軍上がりのサイボーグですがね、あんなのとケンカして勝てるわけないでしょうが?
軍の特殊部隊がこの間突入して散々な目にあったばかりですよ」
 尚も不満を述べようとするシンドウに上司は遮るように口を開いた。
「――お前が先の大戦で例の能力者どもとの戦闘に駆り出されたのは調べが付いている」
 上司の言葉にシンドウは言葉を詰まらせる。
「正確には軍の情報提供だ、連中も切羽詰っているのだろう。人体実験は中々のスキャンダルだ、
立て篭もりが長引いている内にタレコミがマスコミに行ったら軍上層部は盛大に首が飛ぶな」
 眉一つ動かさず、こちらも盛大に軍機密の一部を話す上司をシンドウは暫らく緩やかに睨んでいたが、やがて
これまた盛大にため息をついた。
「はいはい、解りましたよ。やりゃいいんでしょ、やりゃあ。いっときますけどね、手加減できませんよ」
「そうだ、やればいい。まあ可能な限りと言ったが、軍はむしろ目標が処分されることを望んでいる。
もっとも、何でも軍の言いなりなのも気に入らん。精々派手にやって来い」
 上司はそれだけ言うと立ち去った。その背中をシンドウは黙って見送った。
2 
 現場に向かう最中、シンドウは軍部から提供された目標の資料に眼を通していた。
 軍部では先の大戦で押収した資料や捕虜となった軍属の科学者を利用してサイボーグに匹敵する、或いは
それを上回る能力の兵士を作ろうとしていた。無論極秘で。
 三文SFの題材のような話だ。だが大戦末期の折敵国の軍事施設を制圧する際いわゆるESPの集団と戦闘になり、
実に五個大隊を壊滅させられた経験がある軍部は積極的にこの未知の技術を導入しようとした。結果、捕虜や囚人を使った
凄惨な実験が行われた。能力の異常な発達、ある技術のみに才能を発揮する脳、そしてESP。ほとんどが失敗し、成功しても
少ない成功サンプルは生きながら『標本』にされていった。



100 名前:化け物の意味2/5 ◆dT4VPNA4o6 投稿日:2007/03/11(日) 23:39:54.03 ID:kUJlN2u10
そんな折、事件が発生した。数少ない成功例の中でも特に希少なESPのサンプルが脱走した。しかもこのサンプルは
身体機能も並行して改造が施された『優秀な』実験体だった。
 研究所内で十二人を殺傷、駆けつけた警官二人を殺害、捕獲、或いは殺害を謀った軍の特殊部隊二十人殺傷を現在にいたる。

「なんとも豪勢なことだ」
 助手席に座っていた情報部の将校に資料を返してシンドウはつぶやいた。
「感心してる場合ではありません」
 将校がすかさず返してくる。彼は軍から派遣された目付け役と言った所だろう。
「アレのESPとしての能力は実用化には程遠いものの、脅威には違いありません。身体能力も常人とは桁違いです。
十分注意してください」
「それは解ってるよ。それより何で俺なんだ? あの時の生き残りは俺以外にもいるはずだろう」
 シンドウの問いに将校は、
「他の方も全員退役されている上に、貴方以外は警察になった方も居ませんので」
 と答えた。何かを隠している様子もない。シンドウは鼻を鳴らして押し黙った。
 二人を乗せた車が現場に到着した。マスコミは居ない。この事件は世間では発生したことは秘密にされていた。
 車を降りたシンドウに厳つい男が近づいてくる。シンドウはこの男を知っていた。
「大佐ですか、随分出世されましたな隊長殿」
 隊長と呼ばれた将校は不快感を隠そうともせずにシンドウに言い放つ。
「このような状況でなければ警察に主導権を渡したりはしたりせんが、これ以上は隠蔽も不可能だ」
「隠蔽しなきゃならんことをするからですよ」
 言葉こそ丁寧だったが、シンドウの口ぶりからは明らかに侮蔑の感情が汲み取れた。厳つい将校はギロリと
シンドウを睨みつけたがそれ以上は何も言わず去っていった。
 入れ替わって先ほどとは対照的に貧相な男が現れた。この場に居るのだから軍属には違いないが、軍人には見えない。
「どうも、研究員のものです。申し訳ないが貴方にそれ以上身分を明かすことは出来ません」
 シンドウでなければあるいは無礼と感じたかもしれないが彼はそんなことは気にしなかった。
「アンタがそうかい。で、アレの弱点はあるのか?」
 大して期待せずにシンドウは研究員に尋ねる。
「弱点らしいものは殆ど……逆に言えば圧倒的な破壊力を持ってすれば大体の攻撃は通用します」
「ESP能力者としての力は?」
「有機物に働きかけることは出来ないようです。ただ、無機物に対してはかなりの力を発揮するようです

101 名前:化け物の意味3/5 ◆dT4VPNA4o6 投稿日:2007/03/11(日) 23:40:41.63 ID:kUJlN2u10
研究員の言葉にシンドウは眉をひそめる。
「おいおい、俺は大丈夫なんだろうな? ご対面と同時に機能停止なんて御免だぜ」
「貴方の場合は有機体とのハイブリットですから大丈夫です。ただ銃の類は持ち込まないほうが懸命です」
「何でよ?」
「発砲した玉を念動力でストップさせ、さらに相手に飛ばし返してくるようです」
 今更になってシンドウは請け負ったことを後悔した。シンドウが以前戦場で相手にしたESPの集団は確かに
驚異的な能力を以って彼に襲い掛かったが身体能力は並だった。少なくとも音速に近い銃弾を視認したりは出来なかった。
「逃げようかな……」
「貴方が失敗した場合はBC兵器の使用が検討されてますがどうされますか?住民には告知なしで」 
 おそらく本当だろうと、シンドウは思った。今の政権は軍閥が多い。多少のことなら隠蔽するだろう。
「わかったわかった、それじゃあ行って来るよ。建前は捕獲でいいんだな?」
「建前は。まあ、あれはもう失敗例見たいな物ですので処分してくれたほうが助かりますが……」
 その言葉を遮るようにシンドウのごつい手が研究員の襟首を乱暴につかんだ。
「お前らが何時までも下らん研究に固執した結果だろうが。少しは反省したらどうだ」
 その言葉に研究員は別段取り乱した様子もなく、
「凶暴な実験動物が逃げたから何だと言うのです。アレを人間扱いする必要はありません」
 睨み付けるシンドウの不機嫌な相貌も意に介さず研究員は続けた。
「アレは化け物ですよ」


 工場内にシンドウが足を踏み入れたとたん彼めがけて鉄骨が飛んできた。難なくそれをかわしたシンドウはそう広くない
工場の奥に眼を向け、衣類も身につけずにたたずむ『化け物』を発見した。
 なんとも奇妙な像だった。禿頭で身長や体格は男のものだったが細い顔面のラインは女を思わせ、本来性器が
ぶら下がるなりする部分には何もなかった。
「お前も私を殺しに来たか」
『化け物』が喋る。その声色までも中性的である。
「あー、捕獲しろって言われてんだけどね。面倒くさいのはキライだから投降してくれ」
 シンドウの言葉が終わらぬうちに二本目の鉄骨が飛んでくる。シンドウは今度は回避せず両手で受け止めた。
それを見た『化け物』が少し驚いたように目を見開く。
「この通り規格外でね、これでも軍隊帰りなんだ」

102 名前:化け物の意味4/5 ◆dT4VPNA4o6 投稿日:2007/03/11(日) 23:41:24.92 ID:kUJlN2u10
「フン、戦争の犬が政府の犬になったか。しかもその身はケルベロスだ」
「ケルベロス?」
「普通の人間に生まれながら自らサイボーグ化したお前には地獄の番犬がお似合いだ」
 予期せぬ言葉にシンドウは眉を寄せる。
「止してくれ、化け物じゃ在るまいし」
 その言葉を聴いて『化け物』はくぐもった笑いを漏らした。
「進んで破壊の力を手に入れたお前が化け物でなくてなんだというのだ。化け物とは特異な能力が決定的なのではない。
その心底に破滅や破壊の衝動が狂気とともに渦巻いてるから化け物なんだ」
「饒舌なこった。てめえは化け物じゃないってか?」
 鉄骨を打ち捨ててシンドウは『化け物』に向き直った。
「私は人間だ少々特異な力を持っているだけのな」
「三十人以上殺傷していてもか?」
「命を狙うものは撃退して当然だ」
 シンドウは『化け物』に向かってゆっくり歩き出した。
「お前はさっきいい事を言ったよ。心底に破滅や破壊の衝動が狂気とともに渦巻いてるから化け物なんだってな。結構だよ。
お前はやっぱり化け物だ。狂ってるからな、それで十分だ」
 その、言葉を引き金にシンドウは『化け物』に跳躍する。彼を迎え撃ったのは何処からともなく
飛来した鉄板だった。構わず右の拳を叩きつけるシンドウ。吹っ飛んだ鉄板は『化け物』の目の前でピタリと停止して地に落ちる。
 間髪を居れず『化け物』に肉薄したシンドウは再び右ストレートを見舞おうとして振りかぶったが、『化け物』はすばやく
彼の手首をつかむとそのまま投げ飛ばす。そのままシンドウは壁に激突した。
「ゲホッ! くそったれ……」
 悪態をつくシンドウに今度は『化け物』が肉薄する。
「お前はどうやら連中にとっては最後の切り札のようだ」
 シンドウの首をつかんで持ち上げながら『化け物』は続ける。
「お前を公開処刑にでもすれば、連中も追ってはくるまい」
「てめえを化け物と再認識するだけ……」
 シンドウの言葉が終わらぬうちに『化け物』は彼を振り回し工場の外に放り出した。
 もんどり打ってシンドウが倒れこむ。そこに『化け物』が追いゆっくりと近づいてきた。
 先手を打ってシンドウが『化け物』に突進する。彼の左手に仕込まれた「ショックスタン」は通常人を殺傷する能力を
持たないが、安全装置を解除したこの武器は十分に殺傷能力を持つ。シンドウにとって最後の切り札だった。

103 名前:化け物の意味5/5 ◆dT4VPNA4o6 投稿日:2007/03/11(日) 23:42:14.32 ID:kUJlN2u10
だが、「ショックスタン」が起動する前に『化け物』はシンドウの腕をつかんで捻り上げた。更に肘の方から手刀を叩き込み
腕を切断しシンドウを蹴り飛ばした。長い滞空時間ののちシンドウは駐車していた車両に激突した。
 止めを刺そうと『化け物』がシンドウに歩み寄る。シンドウはのろのろと体を起こすのがやっとだ。その時シンドウは体が
何かでぬれている事に気づいた。
「終わりだサイボーグ」
『化け物』がシンドウの首をつかむ。このままへし折るつもりだろう。
「ああ、そうだな終わりだ化け物」
 シンドウは残った右腕で『化け物』の体を抱きかかえるようにして、すばやく体を入れ替え渾身の力で相手を車両に叩き付けた。
 とっさの行動に一瞬『化け物』が見せた隙を逃さず、シンドウは先ほどの激突で漏れ出したガソリンに漏電の収まらない左腕を
叩き付けた。
 

「酷い有様だな」
 皮膚組織の殆どを失い左腕も半分無いシンドウを上司が迎えた。
「入院したいんですがね」
「許可しよう」
 すぐに救急隊員がシンドウに駆け寄る。担架に乗った後シンドウは口を開いた。
「部長、質問があります。野郎は俺の事を犬と呼びやがった。俺は犬ですか?」
 上司はシンドウを一瞥して暫らく考えたのち、
「犬はそんな事を考えもせんよ」
「成るほど。じゃあ更に質問、野郎は俺の事を化け物と呼びやがった。俺は化け物ですか?」
 これに上司は殆ど間もなくこう答えた。
「ガソリン爆発に耐える化け物など居るものか。お前は化け物以上だよサイボーグ」
「ちげえねえ」
 シンドウは鼻を鳴らして同意した。      <終>



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