【 キャット・アタック! 】
◆2LnoVeLzqY




86 名前:キャット・アタック! 1/5 ◆2LnoVeLzqY 投稿日:2007/03/11(日) 23:29:50.33 ID:WPpTdHid0
 それは月曜日の朝、何の前触れもなく、まったくの突然に始まった。
 名づけるならば、「猫の反乱」。
 ある人はそれを夢でも見ているようだと言い、ある人は未知のウィルスの影響だと言い、またある人は、世界の終わりの前兆だと言った。そのどれが正解なのかは、僕にはわからない。
 しかし事実だけを述べるならば、猫が人間に攻撃を加えだした、ということになる。そんな言葉が口をつくのも、無理はないのかもしれない。
 道を歩いている人が、日本中あちこちで同時多発的に、いきなりノラ猫に襲われた。学生でも会社員でも主婦でもホームレスでも、見境なくノラ猫に引っ掻かれ、噛まれ、そして血を流した。
 室内で飼われていたペットの猫も、突然飼い主や家族に襲い掛かった。
 ニュースはあっという間にこの事件で持ちきりになった。何せ日本中なのだ。
 路上レポートをするキャスターも猫に噛まれ、また首相の記者会見中には、国会に猫が入り込み大混乱になった。
 しかし猫たちが突然そうなった原因は、誰にもわからないようだった。そうして原因がわからないうちに、事態は悪化の一途を辿り始めた。
 この事件が起きてから、多くの人が、どうしても必要な時以外、家の外に出なくなった。
 季節は冬だ。東北や北海道では多くの家で石油ストーブを焚いていた。
 そんなとき煙突に猫が入り込んだせいで、一酸化炭素中毒で病院に運ばれる人が多発し始めたのだ。
 ま、急に不審な放火事件が増えた。消火にあたった消防隊ももちろん猫に襲われたのだが、しばらくしてわかったことは、放火の犯人は猫だということだった。
 家の外に置いてあるゴミ袋に向け、捨てられたライターを必死に擦っている猫の姿が何度も目撃されていた。
 他にも猫はコンビ二やスーパーに入り込んでは客や商品へ手当たり次第に手(足というべきか)を掛けたり、様々な会社や役所に飛び込んでは職員や重要書類を引っ掻き回した。 今や日本中が、大混乱のさなかにあった。

「ねえ、猫の側が攻撃を止める、ってことはないのかな?」
「さあな。ありえるとも言えるし、ありえないとも言える。先のことは、私にはわかりかねる」
 この事件が起こってから、四日が経っていた。
 部屋で「猫の反乱」関連のニュースを見ながら、僕は隣にいるクロに訊く。するとクロからは予想通りの答えが返ってきて、僕は「だよなあ」と呟いた。
 クロは猫だ。
 それもしゃべれる猫なのだ。誰かがいるときはしゃべらないけれど、僕に対してだけはしゃべる。それも、流暢な日本語で。
 クロが言うには「自然に覚えてしまった」らしいけれど、どうにもうさんくさい。けれどクロが日本語をしゃべることだけは、紛れもない事実だ。
 二年以上も前にクロはふらりと家にやってきて、うちのペットになった。
 ある日クロが突然しゃべり出したときは驚いたけれど、今ではすっかり僕は慣れてしまっていた。
 それどころか、クロはかけがえのない友人以上の存在になっていた。

88 名前:キャット・アタック! 2/5 ◆2LnoVeLzqY 投稿日:2007/03/11(日) 23:30:41.35 ID:WPpTdHid0
「じゃあ結局、どうすればいいのさ?」
 幾度となく口にした質問を、またクロに投げかける。クロはそのたび、決まって「人間が猫に勝利しなくてはいけない。さもなくば、猫が人間に勝利する」と返す。今回も、クロはそうした。
 勝利、か。ニュースを見る限り、今のところその兆しは見えない。そもそもどうなれば勝利なのかも、僕にはわからないのだった。
 ところで多くの人が「突然だった」と感じている今回の事件だけれど、僕に関していえば、そうではない。
 クロがあらかじめ僕に教えてくれたのだ。「もうすぐ猫たちが人間に対し反乱を起こす」と。
 初めは信じられなかったけれど、クロがこれまで嘘を言ったことはなかった。
 だから僕は今回も信じて、そうして月曜の朝、クロの言葉が本当だったと知った。
「クロは、人に襲い掛かったりしないの?」
 月曜の朝、日本中が大騒ぎと伝えるニュースを尻目に、僕はクロに訊いた。そしてその答えは、これまで幾度となく聞いたことのあるものだった。
「私は、猫の社会を離れた流れ者なのだよ。そこらへんの猫とは違う」
 家に来てからの二年間、クロは事あるごとに僕にそう言った。
「そこらへんの猫とは違う」
 だからクロはしゃべれるし、とても頭が良い。僕はなんとなく納得して、それ以上突き詰めて考えたことはなかった。その必要はないかな、とも思った。
 ニュースは「猫の反乱」に関する情報を、引き続き垂れ流していた。
 一部の勇敢な職員が、テレビ局に寝泊りして番組を作っているらしい。他にも重要な省庁や消防局、病院などでは、職員が職場に寝泊りしているらしかった。
「暇だね」
「そうか?」
「だって、やることないじゃん」
「ニュースを見ているだけで、私は退屈しない」
 クロは目をきらきらさせながらニュースに見入っていた。猫の攻撃は留まるところを知らないらしい。
 暇を持て余した僕が寝ようとすると、玄関のベルが鳴った。
「配給かな」
「そのようだ」
 最低限の水と食料は、自衛隊と有志の市民が一般家庭に配布している。コンビニもスーパーも機能してないからだ。
 窓から見ると、武装した自衛隊員が、玄関に向かってくる猫を、棒でびしりびしりと追い払っていた。
「ユウヤ、お昼にするわよ」
 居間から母親の声が聞こえてきて、僕は部屋を出る。クロは「私はニュースを見ている」と言って部屋に残った。

89 名前:キャット・アタック! 3/5 ◆2LnoVeLzqY 投稿日:2007/03/11(日) 23:32:07.46 ID:WPpTdHid0
 会社が休みなせいで、居間には父親もいる。げっそりとした顔で、僕を見ると「これからどうなるのかね」と呟いた。
「このままでは、本当に日本はおしまいだ」とも言った。居間のテレビは消えていた。
「うちにいる猫は、本当に危なくないのかい?」と母親が呟いた。
 僕は「大丈夫だよ」と答えてはおいたけれど、家族に無用の心配をかけないために、月曜からはずっと、クロは僕の部屋にいたのだった。
 マズい食事を終えて部屋に戻ると、クロが「今すぐテレビを見るんだ」と言った。
 椅子に座って画面を覗くと、「自衛隊、猫の一斉駆除を開始」というテロップが目に飛び込んできた。
「ようやくなんだね、今まで何やってたんだろ」
「大方、作戦でも考えていたか、人間に危害が加わらないタイミングでも待っていたんだろうな。果たしてどうなることやら」
 そう言うクロの声は、どこか楽しそうで、また不安そうでもあった。
 そして、テロップに続いて作戦の内容が表示された。けれどその内容は、僕の口からは語りたくない。
 一言で表現するならば完全な力技で、果たして至る所に猫の無残な死体が積み重なることになったからだ。自衛隊が大いに絡んでいた、とだけは述べておきたいと思う。
 もちろん猫を全て駆除することなんてできっこない。この作戦で駆除できたのは、本当に一部の猫だけだ。けれど効果は、確実にあったようだった。
 猫は人を恐れるようになり始め、作戦の翌日から、猫の人への攻撃は目に見えて減少した。隠れた猫を駆除するため、駄目押しとばかりに更なる作戦が導入された。猫の死体は更に増えた。
 そして社会は、もとの機能を取り戻しつつあった。

「行ってきます」
「猫の反乱」から六日後。日曜だけど、父親は久しぶりに会社へと出勤し、母親はパート先の再開準備のために出かけていった。学校は、明日かららしい。
 両親を見送ってから僕が部屋に戻ると、クロはまたニュースに見入っていた。
「人間は、やりたい放題だな」
 ぽつりとクロが漏らし、「仕方なかったんだと思うよ」と僕は返した。
「人間は、神ではないのだろう。自分たちに都合の悪い敵は皆殺しか。猫たちを殺す権利など、一体どこにある。誰が決めたというのだ」
 クロは、珍しく怒っていた。全身の毛をぴりぴりと逆立てて、ニュース画面をただひたすらに見つめていた。
 ニュースは日本中が正常に戻りつつあると伝えていた。けれどその後ろには大量の猫の死があることは言うまでもなかった。
「だって、猫たちの方が悪いじゃないか。勝手に人に襲い掛かって。自業自得だよ」

90 名前:キャット・アタック! 4/5 ◆2LnoVeLzqY 投稿日:2007/03/11(日) 23:33:32.15 ID:WPpTdHid0
「貴様は」
 クロが急に僕の方を向いた。クロがこれまで僕のことを「貴様」と呼んだことはなくて、僕は驚いた。
 聞いたこともないくらい低い声で、クロはさらに言葉を続けた。
「本当に、そう思うのか? 他の生き物たちが住んでいた場所を勝手に破壊しては自分たちの住処を増やし、他の生き物たちを無闇に殺しては自分たちの腹を満たす。
 そして自分たちが攻撃された暁には、相手の方が悪いだと!? 貴様は、どうして今回の事件が起きたのか、その理由を一度でも考えたことがあるか!?」
 クロの声はいよいよ抑えようのない怒気を孕んでいた。部屋から逃げ出そうと思った。だけど恐怖で足が動かなかった。その代わりに僕は、かろうじて口を開いた。
「ない……よ。だって、理由なんてわからないじゃないか」
「ならば教えてやる。今回の事件は私が発案し、私が全ての指揮を執ったのだ。日本中の猫に作戦が伝わるまで二年間かかった。
 ライターの使い方も、襲うべき場所も、全て私が教えた。そして肝心の動機は、それぞれの猫の中にあった。それは怒りだ。『人間を許せない』という怒りだ」
「だって君は、猫の社会を離れた流れ者だって」
「貴様は、完全なる馬鹿だ。私の言葉を全て鵜呑みにし、何一つ疑わなかった。貴様に攻撃時期をわざと教えたのも、どうせ貴様は何もできないと知っていたからだ。
 人間が全員貴様のようならば、今頃は猫の勝利で終わっていたものを」
 そう言うクロの表情は、寂しげなものに変わっていった。窓の外の青い空を見て、クロは「残念だ」とだけ呟いた。
 僕は怒りを通り越して頭の中が真っ白になっていた。窓の外の青い空を見つめる余裕なんてなかった。
 けれどそんな中で、かろうじてひとつだけ、言うべき言葉を思いついた。
「君は、猫の社会を離れた流れ者なんかじゃないかもしれない。けれど……神さまなんかでもないよ」
「何が言いたい?」
「他の猫たちをけしかけておいて、自分だけ安全な僕の部屋にいるなんて、そんな権利、君にあるの? 誰が決めたの?」
 僕がそう言うと、クロは「ふん」と鼻を鳴らした。つまらない話に付き合うつもりはない、とでも言いたげだった。
「ひとつだけ、教えておいてやる」
「何?」
「『人間を許せない』という怒りを抱いているのは、猫たちだけではない、ということだ」

91 名前:キャット・アタック! 5/5 ◆2LnoVeLzqY 投稿日:2007/03/11(日) 23:34:20.69 ID:WPpTdHid0
 クロは、ひょいと窓枠に飛び乗り、そしていつのまにかカギが開いていた窓を、首で押し開けた。
「二度とは会うまいが……次会うときがあれば、もう少し賢くなっていろ。ちなみに、これまでの話をどこまで信じるかも、貴様の自由だ」
 そう言うと、クロは窓から飛び降りて、走ってどこかへ行ってしまった。
 窓の外には青い空があって、窓の間からは、鳥の鳴き声が聞こえてくる。
 あの鳥も「人間を許せない」と思っているんだろうか。
 いつか人間に対して、攻撃を仕掛ける日が来るんだろうか。
「……努力するよ」
 誰に言うでもなく、僕はそう呟いた。
 どこかで猫が鳴いた気がした。


 <了>



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