【 そらのいろをキマイラに 】
◆/7C0zzoEsE




24 名前:品評会用 そらのいろをキマイラに (1/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/03/11(日) 22:49:00.18 ID:WFt4b3nz0
 今日は小春日和で、朝起きたときから言い様の無い幸福感を感じていた。
こんな日はきっと何か良い事が起こるだろう、と。
 結果、今日は朝からD組の女子に体育館裏に呼び出されて、
良いのだか悪いのだか分からないような気分になる。
失礼極まりないのだが、交際はお断りさせて頂いた。容姿が好みに合わないとしか言えない。
 教室に戻ると級友達は体操服に着替えていて、
そのうちの一人に羽交い絞めにされた。抵抗する前に雨あられと言葉を被せてくる。
「おい、やばいぞ! 今日のサッカーの相手D組だってさ」
「え、まじかよ。あいつら反則みたいなものじゃないか」
 俺はとりあえず腕をほどかせて、
誰を責めるでもなく文句を言った。
「ああ、あいつらに柔道とかサッカーとか。スポーツで相手になる訳無いのに」
 せっかく今日の体育は楽しみにしていたのにな、
と今朝の気分はどこへやら。今日は厄日だと呟いていた。


「ゴール!」
 ちょうど八回ほど小さなフェイントをかけられた後に、
股を抜かれてシュートを決められた。
 そして七点目が相手チームに渡されたと同時に笛が鳴った。
こちらの様子は満身創痍の一言。俺はタオルを首にかけて、木陰に腰を落とした。
「惜しかったね」
 ふと目をやると、翔子が俺を見下ろしていた。
「惜しいも何も。手も足も出なかったんだけどな」
 俺が皮肉たっぷりに返すと、
「あら、サッカーで手を使ったら反則よ?」
 微妙に会話が成立しない。俺が呆れた顔を見せると、彼女は少し微笑んだ。
だが、その笑顔には普段よりも違和感があって、
「……どうした? 元気無いな」
 俺が訊くと、彼女は何でも無い、と首を振り立ち上がった。

25 名前:品評会用 そらのいろをキマイラに (2/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/03/11(日) 22:49:38.31 ID:WFt4b3nz0
 彼女は制服のスカートを翻して駆けて行き、俺も教室に戻ることにした。
心配で無いと言えば嘘になる、でもきっと具合が優れないだけだろう。

 その後の授業を俺も翔子も気だるく過ごした。
しかし、彼女は昼休みになるといつも通りに戻っていた。
空腹だっただけだろうか。
 俺と男衆は弁当をほお張りつつ、
政治情勢と馬鹿な話を織り交ぜて会話していた。
「そういや、出生率がまた下がったってよ。また変な政策ができるんじゃ……」
「まじでか、美少女の数も少なくなるんだな……
そして彼女達はどっかの二枚目にとられるんだな、なあ萩原」
「ふあ?」
 急に会話に参加させられたので、焦った俺は気の抜けた返事をしてしまった。
「ふあ? じゃねえよ。てめえ、あの天使の様な翔子さんとどこまでいったんだよ」
「どこまでって……友人以外の何者でも無いよ」
 友人達はこれでもかと眉を潜めて、ため息をついた。
「言うことが違うよ、もてる子は。ああ、格好良く産まれたかった」
「俺は、いいよ。普通に産まれて。心底良かったと思ってる。
普通で良かった……」
 俺は、彼らの会話を話し半分に聞きながらも。
目線は翔子の方に泳いでいた。
 彼女は笑顔で女子達と会話しつつ、どうも肩が凝っている様だ。
我ながらよく観察している。彼女がこちらを向いて、
目が合いそうになりすぐに弁当で顔を覆った。
 午後の授業もつまらなそうだった。

26 名前:品評会用 そらのいろをキマイラに (3/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/03/11(日) 22:49:59.17 ID:WFt4b3nz0
――学校も終り、帰路の途中。
俺は急に忘れ物に気がついた。
「悪い、俺ちょっと教室戻るわ」
「おお、じゃあまた明日な」
 愉快な友人達に手を振り、面倒だが学校へ戻る。
放課後も過ぎ、夕暮れ。運動場にも誰も居ず、
寂しい雰囲気が周囲に漂っていた。
 昼の騒々しさは何処に。こういう学校は嫌いだった。

「あ……開いてる」
 ドアを引いて、薄暗い教室の電気を点けた。
と、そこに机に覆いかぶさってる女生徒がいた。
「翔子? お前、何してるの」

 低い呻き声をあげながら、震えている。
俺が心配になってそばに寄ると、
「近寄らないで! 駄目!」
 と叫んだ。一体、何だって言うんだ。
「駄目……駄目、今はダメ。止まらない……」
 彼女の震えが止まらない。むしろ酷くなっていく。
「翔子……」
「お願い、見ないでっ!」
 がたん、と椅子を倒して、彼女が立ち上がった。
何もしていないのに、彼女の背中がもぞもぞと動いていた。
それの動きは次第に勢いを増し、ついには制服の一部を破いて姿を見せた。
 
 それは翼。白くて、あまりに立派なそれを広げて彼女は立っていた。
その美しさに俺は魅入られて、不思議だと思う前に呟いていた。
「綺麗だ……」

27 名前:品評会用 そらのいろをキマイラに (4/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/03/11(日) 22:50:24.55 ID:WFt4b3nz0
 彼女は深刻そうな面持ちで吐き出すように話し始めた。
「ごめんね、黙ってて。実は私も遺伝子操作で生まれた子なの……」
 俺は、一瞬自分の耳を疑った。
「そんな筈、無い」
「うん別にね、足や腕が三本あったり、そんな失敗じゃないの。
だからD組じゃないのよ。むしろ成功したのかな」
 俺は、多少ならずとも動揺していた。
それはそうだ、自分のクラスメートが普通の人間じゃ無いのを隠していたのだから。
「でも、そんな……少子化政策の犠牲なんだから」
「違うのよ。私のは仕方が無い遺伝子操作じゃない。
政府の意思によって産まれた子じゃ無いって意味だけど。
私の親は、必要の無い遺伝子操作を行ったのよ」
 そんな例は今までに聞いた事が無かった。
 仕事上のストレスで母体に負担がかかり、死産する危険性がある場合、
新生児に遺伝子操作を行うことで効率を良くして出生率を上げる政策。
そしてその失敗は耳にたこが出来るほどニュースで流れている。
 しかし、実の親が必要ない遺伝子操作を行うなんて。
「私の親は、私の遺伝子に鳥の遺伝子を混入したのよ。
研究者の血が騒いだのかしら。私を実験台にして……、
【キマイラ化計画】ですって、ふざけているわよね。
政府からの補助金のお陰で裕福になった我が家は、
学校に高額な寄付することで私を失敗作クラス。D組に入れない様にしたのよ。
そりゃあ……別に、着替えでもしなければ、普通の子と変わらないものね」
 俺は言葉を失くしていた。ただ、呆然と話を聞いていた。
「でもね、駄目なの。最近この翼が疼いて。
翼を小さくして抑えるのが大変だった。もうこんな体嫌なのっ!」

 彼女は両目いっぱいに涙を浮かべて、窓から体を乗り出した。

28 名前:品評会用 そらのいろをキマイラに (5/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/03/11(日) 22:51:05.56 ID:WFt4b3nz0
「ごめんね、萩原君。隠していて。
最後に私の長い愚痴、聞いてくれてありがと」
 ふっと微笑んで、足を蹴った。
「ばっ……止めろ!」
 俺は韋駄天の速さで彼女を捕まえ、一緒に空へ飛び出した。
 ちくしょう、今日は厄日だ。


 ふわり、と風に包まれた。
いや、彼女の腕の中に包まれていた。
 目を開けると、大空高く飛んでいて叫んだ。
「何だよ、これ!」
 彼女は翼を広げて、はためかせている。
「……飛べるなら言えよな」
「死ぬつもりだったのに」
 彼女は口を尖らしていた。夕日に煌めき、輝いている。
 俺は、天使みたいだ、と思った。

 いずれこういう子が、普通の人間になって。
俺は人間らしくない、猿人に近い存在になるのだろうか。
 足も二本しかないからサッカーも下手だし、
空も飛べないような効率の悪い人間。
 そう思うと、彼女達が少し憎らしく思えた。
でもそんな事は口が裂けても言えない。
 だから代わりにもう一度、綺麗だと呟いた。
                        (了)



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