【 Rights not right 】
◆twn/e0lews




17 名前:Rights not right (1/5) ◆twn/e0lews 投稿日:2007/03/11(日) 22:43:17.57 ID:aCYBkS1y0
 ロクに舗装されていない道路は車が跳ねて尻が痛い、歩いているだけでジープンジープンとたかられる、途中立ち寄った飯屋は小蝿がうるさい――エトセトラ。
溜息を吐く長谷川へ、キチイがハンドル片手に煙草を勧めた。
「すまんな、折角の旅行だったのに」
 申し訳なさそうに言ったキチイに、長谷川は首を振り、煙草を受け取る。
「とんでもない、こちらこそ無茶な注文をした挙げ句こんな態度で……ただ、疲れたというのも本当ですけど」
「日本の有り難さが良く解ったろ?」
 苦笑しながら長谷川は煙草を咥え、キチイは火を点けた。
「どうも」
 右手を挙げて礼をして、煙を吐き出す。
「これ、独特の味ですね。甘いというか――ああでも、凄いな、なんだこれ」
 強い煙草と言うより、優しい煙草だと長谷川は感じた。意識がとろける、そんな感覚。
「初めてだと、飛んじゃいそうだろ?」
 そう言ったキチイの顔は、悪戯が成功した子供の様にニヤついている。
「好きだな、これ。何て銘柄ですか?」
 ガンジャだ、と答えたキチイは、声を上げて笑っている。



                ※



 出会ったのは三日前。
 大学の夏休みを利用して旅行に来ていた長谷川は、退屈していた。
ちょっとしたスリルを味わうつもりだった単身でのタイ旅行。
ところが、蓋を開けてみれば何の事はない、日本語だって通じてしまうし、現地の人間は予想よりも綺麗な生活をしている。
これじゃあわざわざ途上国に来た意味がない、六本木の裏通りの方がまだスリリングだ。
予定を切り上げて日本に帰ろうかと、そう思った夜の事。軽く酒を入れようと立ち寄ったバーに、キチイは居た。

18 名前:Rights not right (2/5) ◆twn/e0lews 投稿日:2007/03/11(日) 22:44:35.80 ID:aCYBkS1y0

 声をかけてきたのはキチイだった。
「君、日本人かい?」
 外で聞く完璧な日本語、だからだろうか、長谷川も無意識のうちに、隣を空けた。
「ありがとう。名前、聞いても良いかな?」
「長谷川です……えっと?」
「失礼。僕はキチイガイタだ、よろしく、長谷川君」
 キチイと名乗った男が差し出した右手を、反射的に握り返すのも、日本人であるが故かと、長谷川は思った。
「長谷川君は、旅行かな?」
「ええ……それにしても、どうして僕が日本人だと?」
「ああ、何となくかな」
 そう答え、キチイはジム・ビームをロックで頼んだ。
「キチイさんは、旅行で?」
「いや、僕はこっちで仕事をしていてね、随分と経つよ。久々に日本語で話せそうな人を見かけて、嬉しくなって声をかけてしまった、鬱陶しかったら申し訳ない」
 長谷川は首を振った。キチイは微笑み、運ばれてきたグラスを長谷川に向ける。ガラスが合わさり、氷の揺れる音がした。
「どうだい、旅行は。楽しんでる?」
「全然、楽しくないです。もっと、こう、刺激的なのを期待してたんですけど」
 長谷川はむくれた様に鼻を鳴らした、スリルが無いのだ。
「女は? 家族連れじゃない日本人は大抵ソレだ」
「女は、白い方が良いと思う」
「気が合うね、全くだ」
 二回目の乾杯。長谷川はグラスを一気にあおり、キチイも同じくグラスを空ける。
「メコンウィスキーは試した?」
「ええ。甘すぎる、気に入らない」
「気が合うね、全くだ」
 次は二人とも、タンカレ・ジンをロック。
「キチイさんはどうしてここに? 酒も女もよろしくない」
「焼酎は気軽に飲めない、病気が怖くて女もそうは抱けない……でもね、面白いんだよ」

19 名前:Rights not right (3/5) ◆twn/e0lews 投稿日:2007/03/11(日) 22:46:12.27 ID:aCYBkS1y0
「スリリング?」
「憧れる?」
「イエス」
「三日後、君が喜びそうな仕事がある。見に来るかい?」
 キチイは問うた、その唇は緩んでいる。
「どんなです?」
「それは秘密だ。見てのお楽しみだけれどね、日本じゃまず有り得ないって事だけは、保証できる」
 長谷川は、キチイの空気に飲まれるかの様に頷いていた。

                ※
 タイ北部、メコン河に沿った名も無き村。例の仕事だとキチイに連れてこられたそこには現地人しかいなかった。
観光する場所が無いなんて見れば判るだろう、とキチイは笑った。長谷川が見てもその通りで、辺りにあるのは田んぼか、ゴミに似た住居だけ。
「それで、面白い仕事ってのはまだなんすか?」
 長谷川は、ガンジャで緩くなったのか、フランクに尋ねる。
「良いね、若人、そうじゃなくちゃ。もう、あと二、三分で着く所だ」
「内容教えて下さいよお、いい加減、良いでしょう?」
「秘密さ、秘密は多い方が面白い」
「これでつまらなかったら、キチイさんの事訴えますよ?」
「それは……怖いな」
 何故か笑ったキチイの声に、長谷川はどこか異質な、狂気と言うべき物を覚えた。

 車から降りた長谷川の目の前には、比較的大きな、けれどボロである事は変わらない家だった。
先を切って歩き出すキチイにつられる様に、長谷川は後に付いていく。
『ごめんください』
 キチイが、流暢な現地語で言った。その声に、家から一人の老人と、二人の少女が出てきた。
老人は一瞬だけ長谷川に視線を送ると、キチイに何かを尋ね、しかし直ぐに笑顔でキチイと話し始めた。少女達は老人の後ろで、ただうつむいている。
『あの――が――で良い?』
『――』
『それは――なら――』
『――』

20 名前:Rights not right (4/5) ◆twn/e0lews 投稿日:2007/03/11(日) 22:46:48.38 ID:aCYBkS1y0
 キチイのジェスチャーからして、何かの交渉をしているだろう事は長谷川にも解ったが、どうにも詳しい事は解らない。
長谷川は覚悟を決め、キチイに尋ねた。
「一体何の話を?」
「ああ、一つ百って話だから、値切ってる。セットで百八十にしてくれってね」
「なんだ、売春とかですか? いやですよ、大体、まだ子供じゃないですか」
 少女達は、見た目十歳をちょっと過ぎたかと言った感じ、これでは興奮しようがない。
つまらない事に付き合わされたと、長谷川。しかしキチイは、そんな長谷川を見透かした様に笑った。
「誰が一発百万も出すか、人生に百万だ」
 言い切って、キチイは老人との交渉に戻る。
 長谷川は混乱した、目の前にある現実が、どこかジョークに思える。
ふと少女達を見ると、値切られている事を理解しているのだろう、俯いたまま、しかし地面に雫が落ちている。
吐き気がする様な、タイの熱さに脳味噌が溶けたのか、はたまたガンジャで夢を見ているのか、いや現実だ。
長谷川の足下は、豆腐の様に柔らかく、揺れている。
「オーケー」
 と、キチイの声がした。
「コックンマー・クラ」
 老人の言葉は簡単で、ハッキリと判った。
キチイが少女達に車を指差して、彼女たちは何も言わず、素直に車へと乗っていく。札束を、キチイが老人に渡した。
「な、面白かったろ?」
 笑顔のキチイに、長谷川は何も返せず、黙ったまま、車へ戻った。





21 名前:Rights not right (5/5) ◆twn/e0lews 投稿日:2007/03/11(日) 22:47:09.32 ID:aCYBkS1y0
「どうした?」
 帰りの車内、キチイが尋ねた。長谷川は呆然と、その頬は薄青い。
「スリリングだと思ったんだけどな」
 日本語の会話は、後部座席に乗る二人の少女には理解できない。
キチイはバックミラーで二人をちらりと見てから、続ける。
「五千だな。日本人のロリコン相手にしてれば、一年で純利だ」
 笑いが止まらない、そんな様子でキチイは言う。長谷川は、何も言えなかった。
 反応しない長谷川を、キチイは一つ鼻で笑って、語り始める。
「僕がさ、日本を出た理由はね――嫌いだったんだ、人権って言葉やそれに奨励される行為が、とにかく大嫌いだった。
嘘が物凄く顕著に表れてて、大元を辿ると、結局政府っていう管理機構自体が嘘っぱちって事になるんだけど。
 金って言う物も、結局政府が作り出した虚像で、じゃあ僕が今やってるのは何なんだって言われるかも知れないけど、それは良いんだ。
だって、金なんて僕はどうでも良いんだもの。力の象徴として、現代社会では金を使うよね、そういう事だ。
 話が逸れたかな。ヒトってね、結局力が無いと駄目なはずなんだよ、そう思うだろ? 
だっておかしいじゃないか、弱者の為に強者がスポイルされるなんて、絶対におかしいんだ。
もっともっと、飽きることなく、ヒトは上を目指すべきだ。あの停滞が、嘘で固められた停滞が、僕には我慢ならない。
 だから、そう――何物にも縛られず、純粋なヒトとして、僕は生きたい」
 語り終えたキチイを、長谷川は見上げる。澄み切った、迷い無く前を見据える瞳だった。
「アイツらはただのオナホールだ、金で使われる道具さ。僕等だってそうだ、力がなければただのゴミになるんだ。そうあるべきだろう?
 それなのに、それなのにだ。そうであるべきなのに、それを許さない人権ってヤツがさあ、僕は大嫌いなんだよ」
「なら人間はどこにいる」
「人権主義者の頭の中さ」



                         了



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