【 人間と非人間 】
◆JcyCy7Twjg




878 名前:人間と非人間 ◆JcyCy7Twjg 投稿日:2007/03/11(日) 21:59:23.00 ID:A08MTmpn0
彼は誰よりも人間らしかった。
自由を愛し、芸術を理解し、余興を好み、論理的に物事を語る一方で時には理
不尽に腹を立てたり、くだらない話に興じるだけの柔軟性も兼ね備えていた。

或いは、彼は誰よりも非人間的だった。
義務を嫌い、労働を嫌い、学習を疎んじ、屁理屈をこね回す一方でひどく感情
的になる事があり、幾度と無く公共の場所で非常識な振る舞いをみせた。

ある者は言った。
「云う也れば、彼は煙草の様な男だ。彼の様な知人のいない人生は酷く味気ない
物になってしまうだろう」

また、ある者はこう言った。
「云う也れば、彼は煙草の様な男だ。関われば貴重な人生の幾許かを無駄に浪費
させられるだけで何の役にも立ちはしない」

ある日、彼の住む国が戦争に巻き込まれた。彼は兵士として戦場に赴き、そこで
大勢の人間を殺した。
彼の活躍は目覚ましく、国は勝利を収め、彼は国を救った英雄だと称えられた。
しかし、その一方でまた、多くの人間が彼を人を殺す事しか能のないろくでなし
だと罵しり、彼に石を投げた。

879 名前:人間と非人間 ◆JcyCy7Twjg 投稿日:2007/03/11(日) 22:00:13.46 ID:A08MTmpn0
しばらくの歳月が経った。
彼は一人の女性と恋に落ち、生まれ育った町にある小さな教会でささやかな結婚
式を挙げた。
ある者は彼等を祝福し、またある者は籍を入れなければ持続する事のできない関
係など所詮まやかしだと呟いて冷笑した。

彼等は幸せな日々を積み重ね、その中でまた小さなすれ違いを繰り返し、やがて
それは不満に変わり、憎しみを喚起させ、二人は破局を迎えた。
ある者は辛抱が足りないと彼を叱責し、またある者は離れて暮らした方が善い
関係を保てるのならそうした方が良いと、彼の選択に理解を示した。

そうして彼は離婚の朝を迎えた。
私はたまたま離婚届を役場へ提出しにいく途中の彼を見つけ、すれ違い様に懐から
拳銃を取り出して彼に向かって引き金をいた。
回転式の弾倉から放たれた弾丸は彼の肺を焼き、心臓を貫き、彼は短いうめき声を
上げた後、道端に漿と血液の入り交じった赤黒いたまりを拵えてあっけなく生涯を
終えた。
私はまだ熱を持った銃を懐に仕舞い直し、来た道をまた逆に辿りながら考える。
ある者は彼の死を嘆き、またある者は彼の死を「当然の報いだ」と嘲笑うだろう。
しかし、そんな事はどうでもいいのだ。善人であれ悪人であれ何を考えているかな
んて当人にしか判らないのだし、人間的であろうとなかろうと、どちらにしろ回転
式のリボルバーから放たれた銃弾は躱せないのだから。





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