【 大きな世界のちいさなせかい 】
◆O8ZJ72Luss




865 名前:大きな世界のちいさなせかい(1/3) ◆O8ZJ72Luss 投稿日:2007/03/11(日) 21:45:58.24 ID:xXcKIv6L0
 本で満たされた広い広い空間に、ふたつの動体があった。
「今日はどんな本を選んだのかな?」
 老人は今日も、いつもと同じ問いかけをする。
「今日はこれ。おっきくて、すごく字がちいさくて、いっぱいかいてあるの」
 少女が差し出したのは分厚いハードカバーの本だった。
 そこに書かれた言語は複雑極まりなく、全く持って少女の理解の範囲外の代物。
 仮に読めたとしても、彼女がその難解な文章の内容を理解することは不可能だろう。
 だが、そのやりとりは二人にとって何ら珍しいものではなかった。
 少女は見た目が気に入った本を選んで老人に渡し、老人はその内容を噛み砕いて少女に話す。
 それはしばしば古き良き小説であったし、くだらない評論の時もあれば小難しい学術書の時もあった。
 しかし、内容が何であれ少女は老人の話を聞くのが大好きだった。
 老人はいつものように、受け取った本を一瞬で読み終える。
 そして、ゆっくりと語り始めた。

 ◆

 あるところに、とてもかしこい人々がいました。
 彼らは次々と便利なものをつくって、生活を楽にしてゆきました。
 そうする間にも人々は色々なものを発見し、どんどんかしこくなってゆきます。
 あるとき、彼らはとてもすごい機械の人形をつくりあげました。
 その機械人形は、姿も動きも人間にそっくりでした。
 人々はその人形たちに仕事をやらせて、とても楽に生活をするようになりました。
 けれど、人形たちはだんだんと人間の言うことを聞くだけの生活が嫌になってゆきました。
 人形たちも人間と同じように、好きなことや嫌なことを考えることができたからです。
 かしこい人々が作った機械人形は、とてもかしこかったのでした。

866 名前:大きな世界のちいさなせかい(2/3) ◆O8ZJ72Luss 投稿日:2007/03/11(日) 21:46:20.98 ID:xXcKIv6L0
 やがて、かしこい人形たちは、自分たちで機械人形をつくるようになりました。
 そして、仲間をふやした人形たちは、人間たちとたたかいました。
 おとなしそうに見えた人形たちがおそってきたことに、人間たちはおどろきました。
 人形たちを便利な道具のように考えていた人間たちには、それは信じられないことだったのです。
 かしこい人形たちはとても強くて、人間たちはみんなころされてしまいました。
 そうして、人形たちはへいわなせかいをつくりました。
 おしまい。

 ◆

「ちょっと難しかったかな?」
 老人の言葉に、少女が答える。
「うん、むずかしかった。きかいにやさしくしなかったから、みんなしんじゃったの?」
「ああ、そういうお話だね。とても怖い話だ」
「うん、こわいね……」
 少し悲しそうな少女の頭を、老人の大きな手が優しく撫でた。
「今日は時間があるからもう1冊読んであげよう。今度は楽しいお話だといいね」
 少女の顔がぱあっと明るくなる。
「やったあ! じゃあまたさがしてくるね!」
 言うが早いか、少女はぱたぱたとかけていった。
 老人は目を細めて、その小さな背中を見つめていた。

 ◆

867 名前:大きな世界のちいさなせかい(3/3) ◆O8ZJ72Luss 投稿日:2007/03/11(日) 21:46:44.38 ID:xXcKIv6L0

 少女が老人の視界から姿を消して数分後。
 老人の姿をした機械人形は、ふと先程一瞬で読み終えた――スキャンした本に目をやった。
 重厚なデザインの本の表紙には、シンプルな文字でタイトルが記されている。
 『世界の歴史W―現代史―』と。
 
 少女は何も知らない。
 自分が数少ない人類の生き残りであることも。
 自分にとっての世界が、全て機械人形たちによって管理されたものであることも。
 幼い彼女が疑念を抱くことはない。
 一人の老人と無数の本があるこの空間こそが彼女にとって自然な世界であり、全てなのだから。
 
 機械仕掛けの老人は、今日も静かに少女を見つめる。
 監視役という、その存在意義にのっとって。
 無垢なる少女は、今日も元気に駆け回る。
 箱庭の中を、素敵な本を求めて。

 (終)



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