【 オオカミ少年 】
◆3f0Xs6b.AU




853 名前:オオカミ少年 (1/3) ◆3f0Xs6b.AU 投稿日:2007/03/11(日) 21:19:50.49 ID:/UvHOLIU0
 僕は走るのを止めて、荒い息を整える。
 もうウサギは逃げていった。
 周りを見ると、妹が心配そうな目をしていた。きっと今日も肉にありつけないからだろ
う。そんな目を見ると、気が重くなってくる。
 だが、妹は直ぐに嬉しそうな目に変わった。その視線の方向に振り向く。父ちゃんが捕
らえたウサギを持って、こちらに歩いてきていた。
 お前はまだ子供だから、と父ちゃんの瞳が語っていた。僕は睨んだ。
 森の獲物がもう少し多ければ、僕だって出来るのに。兄ちゃんと一緒にやれば、シカだ
って捕らえれるのに。でも、もう兄ちゃんはいないから。だから、僕が何とかするように
ならないといけないのに。そんな瞳をしやがって。僕は――。
 凄い音がした。とっさに目をつむる。頭が空っぽになる。
 この音を知っている。兄ちゃんを殺した音だ。
 僕はゆっくりと目を開ける。
 いつもと違う、父ちゃんがいた。歯を食いしばって、口を吊り上げて、射抜けるほどの
目をした父ちゃんだった。
 僕はやっと解る。音の方向に母ちゃんがいることに。母ちゃんが危ないことに。
 父ちゃんが走り出した。僕もそれに続く。妹はよく解っていない表情でついてきた。
 僕は知っている。母ちゃんが死んでるかもしれない事に。もう手遅れかもしれない事に。
 僕は覚えている。最期に兄ちゃんの背中を見た事を。隠れる僕に向けた顔を。
 それらをただ走る事でごまかす。
 突然、父ちゃんが止まった。僕も一緒に止まる。
 血の臭いがすることに気付く。最悪が歩み寄ってくるのを感じる。
 ゆっくりと父ちゃんは歩いた。
 臭いを引き金に、兄ちゃんの死体の記憶が暴れだす。ぽっかりと穴の開いた兄ちゃん。
舌をだらりと出した兄ちゃん。蹴られる兄ちゃん。引き摺られていく兄ちゃん。
 僕の足は自然と前へ進む。
 兄ちゃんが死体になったとき、僕は息を潜めて隠れていた。見つからないように、ただ
願って。血の臭いをかぎながら、おとりとなった兄ちゃんの死体を見続けた。
 父ちゃんが止まる。僕の体も固まる。

854 名前:オオカミ少年 (2/3) ◆3f0Xs6b.AU 投稿日:2007/03/11(日) 21:20:34.18 ID:/UvHOLIU0
 むせ返るような血の臭い。
 『凄い音の筒』を持って、立っている二匹のニンゲン。真っ赤な母ちゃん。
 血が引いていく。
 だが、母ちゃんは父ちゃんの背中で隠された。
 ニンゲンが地面を踏みしめる音がする。父ちゃんの唸り声がする。
 僕は『凄い音の筒』を睨む。あれは兄ちゃんを殺した物だ。だから、母ちゃんを傷つけ
たものだ。だから、『凄い音の筒』はとても怖いものだ。
 『凄い音の筒』がこちらを向いた。
 何かが目の前をさえぎった。
 凄い音がした。
 何かが倒れた。何かは父ちゃんだった。
 父ちゃんは動かない。
 僕は動けない。
 ここで隠れていろ、と指示した兄ちゃんの最期を思い出した。
 お前はまだ子供だから、と語る父ちゃんの瞳を思い出した。
 僕が子供だから動けないのか?
 ニンゲンが近づいてくる。
 僕の足は勝手に後ずさりする。
 そして、妹にぶつかった。
 妹がいることに気付いた。妹が震えている事に気付いた。僕が震えている事に気付いた。
 僕は子供だけど、オオカミだから。
 歯を食いしばる。口を吊り上げる。視線に闘志をこめる。
 僕を庇った父ちゃんを想う。僕を助けた兄ちゃんを想う。僕を育てた母ちゃんを想う。
僕が守るべき妹を想う。
 この森のオオカミなら、父ちゃんの子供なら、やるべきことを考える。
 自然と喉は唸り声を出していた。
 身体を沈ませる。ニンゲンの喉を引き千切れるように。

855 名前:オオカミ少年 (3/3) ◆3f0Xs6b.AU 投稿日:2007/03/11(日) 21:21:04.01 ID:/UvHOLIU0
 僕は飛び掛る。
 一匹は『凄い音の筒』をこちらへ向けていた。もう一匹は『凄い音の筒』を投げ捨てて
いた。前者に狙いをつける。こいつさえ黙らせれば十分のはずだ。
 駆ける。
 凄い音が響く。
 何も痛くはなかった。何も怖くはなかった。
 たぶん、小さかったから死ななかったんだ。子供でよかった。生き延びられる。
 あと一歩。
 跳ぶ。
 口をあける。
 人間の喉を、
 思い切り噛もうとして力が抜けた。
 身体を見る。『白く光る牙』が刺さっていた。狙いじゃないニンゲンが刺していた。
 とても冷たい。もう駄目だ。僕は死ぬ。悔しい。ニンゲンは妹も殺すだろう。
 僕を殺したニンゲンを睨もうとして、憎しみは吹き飛んだ。
 ニンゲンの喉に妹が噛み付いていた。
 僕は安心する。最期の行動が無駄にならなかった事に。妹が父ちゃんの子供で、オオカ
ミである事に。
 後は願う事しか出来ない。
 どうか妹が生き延びられますように。

<了>



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