【 彼と鳥の話 】
◆VZ39.PknyI




822 名前:彼と鳥の話 ◆VZ39.PknyI 投稿日:2007/03/11(日) 20:34:39.17 ID:llU8T65p0
 あるマンションの一室に、私は住んでいる。ベランダには小さなベンチが置いてある。
 日当たりが良いこの場所は、私のお気に入りだ。
 私の日課は、このベンチに座って空を眺めること。勿論、晴れの日に限るのだけれども。
 今日も一人、空を眺めている。鳶が円を描いて飛んでいる。手を伸ばしてみるが、届くはずもない。
 ふいに、彼のことが頭に浮かんだ。彼とは、以前この部屋で共に暮らしていた男のことである。一緒に食事をし、一つのベッドで眠る仲だった。恋人という関係ではなかったが……。
 あの頃は、二人でこの空を眺めていたっけ……。
 目を瞑り、最後に二人で空を眺めた日のことを思い出す。


 あの日の彼は、どこかいつもと違っていた。
「鳥になりたいんだ」彼はそう呟いた。
 人は鳥にはなれないよ、私は答えた。
「翼があったら、どこにでも行けるのに……」
 腕を手を伸ばして空を仰ぐ彼の姿は、とても哀しげだった。
 翼をもらってどこまで行きたいの? 私は尋ねたが、彼は黙ったままだった。
 ねぇ、歩いて行くことはできないの? 彼の顔を覗き込む。
 どこか遠い所に行きたいの? 
「お前には分らないかもしれないな……」
 彼は私を見て微笑んだ。
「――そろそろ戻ろうか」彼が立ち上がったので、私も後に続いた。
 いつものように一緒に食事をし、一つのベッドで眠った。

823 名前:彼と鳥の話2/2 ◆VZ39.PknyI 投稿日:2007/03/11(日) 20:35:27.39 ID:llU8T65p0
ひんやりとした風を感じ、目が覚めた。デジタル時計が深夜の二時を示している。
 隣りで眠っているはずの彼がいない。周りを見渡すと、ベランダに出る窓が開いているのに気がつく。道理で寒いわけだ。
 ベランダに出てみる。辺りを見回すが、彼の姿はない。ざわざわと、風の音が聞こえるだけだ。
 部屋中探し回ったが、彼を見つけ出す事はできなかった。
 一日経っても、三日経っても、彼は帰って来なかった。
 最初こそ寂しさを感じたが、独りの生活もすぐに慣れた。そういう性分なのだろう。
 彼がどこへ行ったのか、私には分らない。ひょっとすると、鳥になったのかもしれない。

 ゆっくり目を開ける。
 いつの間にか、鳶はいなくなっていた。
 もし彼が鳥になったら、一体どこへ行っただろうか。空の向こうに、私には見えない何かがあるのだろうか。
 空の中に何かを見つけようと目を凝らしてみたけれど、空は果てしなく蒼いだけだった。
 どうして人間は、自分以外のものに憧れ、それを求めるのだろう。無謀だと知っていても、それに挑戦するのだろう。
 しばらく考えてみたが、答えは出なかった。人間にしか分からないことなのかもしれない。
 分かったところでどうなるってわけでもないしね……。
 ゆっくりと伸びをして、ベンチから飛び降りる。そろそろおやつの時間だ。
 今日は佐藤さんの家に行こうかな? そんなことを考えながら部屋に戻る。

「あらっ、ミーちゃんいらっしゃい」
「にゃあ」
「ちょっと待っててね? ミーちゃんの大好きなお魚のビスケット、持ってくるから」
「にゃあぁぁ〜」 
 佐藤さんがくれるお魚ビスケットは、凄くおいしい。

 おしまい



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