【 アトリエ 】
◆N2/jhzL8Uc




711 名前:【品評会作品】アトリエ 1/2 ◆N2/jhzL8Uc 投稿日:2007/03/11(日) 03:20:22.02 ID:qIxXd1TP0
「僕は君が嫌いだ」
小さなアトリエのような部屋でつぶやく声がする。
そこでは小さな少年が椅子をガタガタと鳴らしながら座っていた。
その少年が見つめる先には、夕暮れの教室、放課後の喧騒の中で同じように椅子に座った少年の絵が掛かっている。
「いつも君はそこから僕をじっと見つづけているね。
 この世には嫌なことしかない、この世で一番不幸なのは自分だというような顔をして。
 それがとても気に入らない。何故だ? その世界の何がそんなに嫌なんだ!?」
少年はガタガタ鳴らしていた椅子を止め、絵の少年を眉をひそめじっと睨む。
「友達か? 友達がいないのがそんなに嫌なのか? 確かに僕には何人も友達がいる。
 でも、僕が話し掛けても誰も話を聞いてくれない。何の反応も返してくれない。
 君もその一人なんだけどね。ある意味、僕のほうが孤独なんじゃないかと思うよ……」
少年は小首を傾げて、またガタガタと椅子を鳴らし始める。
「確かに君は音の無い世界に生き、外に出ることも出来ない。
 でも、だからといって僕よりも不幸な人生を生きているとは思えない。
 君と代わることが出来るのなら、僕は喜んでそっちの人生を歩むだろう。
 そっちの人生を歩んで君以上に幸せになる自信がある。
 僕なら、そんな顔をしてその椅子に座ることも無いだろう」
少年は椅子を揺らすことに少し疲れたのか、椅子に座りなおし、深々とと腰をおろす。
しかし、絵を見ることは止めず、変わらず憧れと少しの哀愁の目でその絵を見つづけていた。
「だって、君には友達でないにしろ、真剣に話を聞いてくれる人がいるじゃないか。
 君のことを心から心配してくれる人がいるじゃないか。
 そんな君が、僕よりも不幸だとは思えない」

712 名前:【品評会作品】アトリエ 2/2 ◆N2/jhzL8Uc 投稿日:2007/03/11(日) 03:21:01.39 ID:qIxXd1TP0
その言葉が終わったころに、ドアの向こうからパタパタとスリッパの音が聞こえてくる。
まもなくして、ドアが開いた。
そこには四十代後半ぐらいの女性が立っており、中を少し見回し少年の姿を見つけた。
「やっぱりここにいたんだ」
女性はそう声をあげるが、少年は全く反応しなかった。
女性は壁に掛かっている絵をじっと見ている少年を見て少し悲しそうな顔をするが、
ぱっと顔を明るくして、少年と絵の間に立つ。
そこで初めて少年は女性の存在に気づいたようで、少し驚いた顔をする。
女性は近く似合った椅子に座ると手話で少年に話し掛けた。
『どこか行くときはちゃんと言わなきゃ心配するでしょ?』
少年は少しすまなさそうな顔をして、返事をした。
『ごめんなさい。でも、この絵をどうしても見たくて……』
最後のほうは、手が力なくひざに落ちた。
『大丈夫。頑張ればきっとこの絵みたいに友達と遊べる日が来るから』
女性は少年ににっこりと笑いかけると、頭をなでた。
『ほら、あんまりここにいるとお父さんに怒られるから部屋に戻ろう?』
少年は少し絵のほうを見てから女性に向かって少しうなずいた。
それを見て、女性は少年を抱きあげ、少年の頭をなでながら部屋を出て行った。
「ほらな、そんなに愛されているのに、そんなに真剣に話を聞いてくれる人がいるのに、
 君は世界の誰よりも不幸だみたいな顔をしている。だから、僕は君が嫌いだ」



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