【 女王と鏡 】
◆NA574TSAGA




704 名前:女王と鏡(1/3) ◆NA574TSAGA 投稿日:2007/03/11(日) 02:19:24.36 ID:5HrSGjLC0
 鬱蒼とした森の中にそびえ立つ古びた城。その大広間の中央に、真新しい一枚の鏡が置かれていた。
 人の背丈ほどあるその鏡に向かいたたずむのは、絶世の美女――この森を統治する女王であった。
 しばし鏡を眺める女王。だが鏡には何もうつっていない。
 女王は鏡に問いかける。
「鏡よ、鏡よ。この森で一番美しい女は誰かしら?」
 鏡は即座に問いに答えた。
「それはもちろん女王様、あなた様でございます」
 そして鏡は、やっと前方に立つ女王の姿をうつし出した。
 ――完璧ね。
 女王は満足げにそうつぶやいた。
 そしてあらためて鏡を見る。
 魔力に守られた鏡は傷一つ付くことなく、美しき女王を曇りなくうつし続けていた。
 ――そう、完璧な出来。鏡も、私自身も。
 鏡にうつる自分自身の姿を眺め、女王は笑みを浮かべる。
 女王は自らの容姿に絶対の自信を持っていた。世に比類なき、最高の美であると。
 だが森からほとんど出たことのない女王には、それを確証づける術がなかった。
 だから必要としたのだ。どんな問いにも的確に答える魔法の鏡を。

 女王は余裕の笑みを浮かべ、本命の質問を切り出した。
「鏡よ、鏡よ。この世で最も美しい人間は誰かしら?」
 うつし出されるのは美の頂点たる自らの姿に違いない――そう確信しての質問だった。
 しかしその確信はすぐに覆されることとなった。
「それは東にある国に住む、この娘にございます」
 そう言って鏡は一人の少女をうつし出した。
 しばしその姿を眺めたあとに、女王は一言口にした。
「……そう。残念」
 女王は笑みを絶やさぬまま、どこからか注射器を取り出す。
 そしてテーブルに置かれていたリンゴに、その針を突き刺した。


705 名前:女王と鏡(2/3) ◆NA574TSAGA 投稿日:2007/03/11(日) 02:21:28.08 ID:5HrSGjLC0
 昼食を終え、女王は再び鏡の前に立った。
 先ほど少女に送った毒リンゴは絶大な効果を発揮し、少女は直ちに絶命した。
 世を映す「魔法の水瓶」を通して少女の死を確認した女王は思った。
 鏡にうつるのは次こそ私に違いない、と。
 そして女王は再び鏡に問いかける。
「鏡よ、鏡よ。この世で最も美しい人間は誰かしら?」
 しかし鏡は女王の意に反し、西のはてにある国の踊り子をうつし出した。
 女王は笑みを絶やさぬまま、再び注射器を取り出す。
 そして窓から顔を出すと、西の国に向けて注射器を投げ飛ばした。

 午後のティータイムを終え、女王は再び鏡の前に立った。
 先ほど踊り子に投げ刺した注射器の毒は絶大な効果を発揮し、踊り子は直ちに絶命した。
「魔法の水瓶」を通して踊り子の死を確認した女王は思った。
 今度こそ……今度こそこの私が、と。
 そして女王は再び鏡に問いかける。
「鏡よ、鏡よ。この世で最も美しい人間は誰かしら?」
 しかし鏡はまたもや女王の意に反し、北の草原に住む遊牧民の女をうつし出した。
 女王は無表情で机上の杖を手にとり、何かをつぶやいた。

 遊牧民の女にかけた呪いは絶大な効果を発揮し、女は直ちに絶命した。
 杖を握りしめながら、女王は思った。
 ……粋な演出ね、と。
 そして女王は再び鏡に問いかけた。
「鏡よ、鏡よ。この世で最も美しい人間は誰かしら?」
 鏡は即座に問いに答える。
「それは南の国の王女……」
「黙らっしゃい!」
 ついに切れた女王は鏡に向けて杖を投げつけた。
 だが魔力に守られた鏡には傷一つ付くことなく、弾き返された杖は女王の顔面を見事に捉えた。


706 名前:女王と鏡(3/3) ◆NA574TSAGA 投稿日:2007/03/11(日) 02:22:49.84 ID:5HrSGjLC0
「私としたことが……取り乱してしまった……」
 南の国を地獄の業火で焼き払ったあと、鼻血を拭いながら女王は気を取り直した。
 そして鏡に同じ質問を繰り返す。
 再び杖が振り上げられるまでに、そう時間はかからなかった。

 結局翌朝になっても、鏡が女王の姿をうつし出すことは一度もなかった。
 幾千もの国を焼き払い疲れきった女王は、なおも鏡に問いかける。
「鏡よ、この世で最も美しい人間は誰? ……答えなさい」
 目の下のくまと鼻血の跡とで、女王はもはや「絶世の美女」とは呼べなくなっていたが、
 鏡はそのことには触れずに返答した。

「女王様、もはやこの世に“人間”は残っておりません」


 手に握った杖に目をやる女王。
 そこで初めて自分が何者なのかを意識し、それまでの質問のしかたが悪かったことに気が付いた。
 女王はあらためて鏡に問い直す。
「鏡よ、鏡よ。この世で最も美しい……女は誰かしら?」
 鏡は即座に問いに答える。
「それはもちろん女王様、あなた様でございます」
 そして鏡は、女王の姿をうつし出した。
 人間の滅びた世界で引きつった笑みを浮かべる、魔女の姿をうつし出した。



〜終わり〜



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