【 生き続けるか、いずれ死ぬか 】
◆K/2/1OIt4c




681 名前:生き続けるか、いずれ死ぬか1/5 ◆K/2/1OIt4c 投稿日:2007/03/11(日) 00:39:35.39 ID:e+VApYJ10
「死刑と終身刑どっちがいい?」
 息子のこの質問が事の発端だった。夕食後、リビングでくつろいでいた時のことだ。
 当時息子が中学生で、ちょうど終身刑が刑罰に追加された頃だ。授業のレポートを書くと言うので意見を聞き
に来たのだ。
「もちろん終身刑だよ」
 即答した。当たり前だ。
「でも、死ぬまで何年かかるかわからないけど、ずっと刑務所で生活するなんて辛そう。だったらさっさと殺し
てくれたほうが楽なんじゃないかなぁ」
 息子はこんなことを言い残し、眉を寄せて部屋に戻っていった。
 ソファに深く腰をうずめ、冷静に考えてみる。なぜ当たり前なのか。なぜ生き残ることが重要なのか。そう。
それを考えることが人生の主題でもある。こうやってじっくり考えたことはなかった。
 事業が成功し、一般的に見て我が家は裕福な家庭だと思う。というより、相当上流だ。自分一人ではもう一度
の人生で使い切れないほどの貯蓄がある。平均的な暮らしをしていれば、人生を四、五回繰り返すことができる
ほどの金額だ。
 しかし、それは人生においてどのような意味があるのだろうか。生きている上で意味などあるのだろうか。
 きっとない。
 いずれ死ぬ。死んだらお金も意味がない。意味があるとしたら、息子に、未来に託すことができることくらい
だろう。
 未来に何を期待したらいいのか。自分がもう存在しない未来。期待するだけ無意味だ。
 意味のある人生を考えてみる。
 きっと生き続けることだろう。それが意味のある人生だ。
 例えば、芸術家だ。芸術作品に自分自身を封じ込め、それを永遠に残す。人はその作品を見て感動し、やがて
作者はその人に吸収されるだろう。それが永遠に生き続けるということだ。
 そう、意味のある人生とは生き続けることだ。どんな状態であってもだ。だから終身刑を自分は選んだのだ。
 つまり、永遠に生きることが最高な人生だ。それ以上はないだろう。そう結論付けた。
 そうと決まればやることも決まる。不死だ。自分のこの財力を費やし、不死を実現することが今やるべきこと
だ。


682 名前:生き続けるか、いずれ死ぬか2/5 ◆K/2/1OIt4c 投稿日:2007/03/11(日) 00:40:16.00 ID:e+VApYJ10

 そう思い至ってから十年後。年齢が四十九になると、ようやく不死の目処が立った。
 様々な人脈を駆使し、不死を研究する団体を見つけた。
 彼らは十年以上研究を続けていたが、その間、何の進展もなかった。理由は実に簡単なことで、そんな胡散臭
い研究を支持する人間がいなかったからだ。研究資金は研究者自らが仕事をして捻出するという有様。これでは
進展するはずもない。
 早速電話を手に取った。
「もしもし」
「はい」
「不死の研究をしてると聞いたんだが」
「あぁ、はい。一応……」
「お金がないのだろう?」
「そうですね。まったく進展がないのはそのせいにしています」
「投資しよう。いくらでもいい」
「本当ですか!」
「もちろん」
「ありがとうございます!」
「その代わり他の人間を不死にしないでほしい」
「なんでですか?」
「意味がないからだ」
「でも――」
「じゃあこの話はなかったことになるが」
「いえ、はい、わかりました。あなたにだけ薬を差し上げましょう」
「よし。ちなみに君はどのような地位なのかな?」
「あっ、一応代表をさせてもらってます」
「リーダーか。なるほど」
「頼りなくてすみません」
「いや、最終的に仕事をこなしてくれれば問題はない。とりあえず今から五千万口座に振り込もう。それくらい
でいいだろう?」


684 名前:生き続けるか、いずれ死ぬか3/5 ◆K/2/1OIt4c 投稿日:2007/03/11(日) 00:41:06.02 ID:e+VApYJ10

 それからさらに七年経ち、年齢は五十六になった。
 ラットを使った実験が成功した、という連絡があった。急いで用意をし、研究所へ向かった。
 この頃になると、家族はあきれた顔で見るようになった。親戚などは、陰でお金の無駄などと話しているのだ
ろう。そんなことはお前らに言われたくない。自分で稼いだ金なのだ。どう使おうと自分の勝手だ。
「ラットの実験で不死が確認されました」
 研究所のリーダーがそう言った。
「そんなことはもう電話で聞いた。これからどうするんだ?」
「人体実験をしてみたいと思います」
 メガネを中指で押し上げて言った。彼の声は出会った当初よりずっと勇敢になった。
「なるほど。わかった。早速用意してくれ」
「意味がわかってますか? あなたに薬を投与するということです。危険が伴います」
「構わない」
「しかし――」
「人間も動物だろう。きっと成功する」
 そう言うと、もう彼は黙るしかなくなった。説得をあきらめ、薬の用意をする。
 彼は透明の液体が入った注射器を持ってきた。
「そこに座ってください」
 小さな木のイスを指差した。その指示に従って座る。
「腕を出してください」
 シャツを肘まで捲る。
「じゃあやりますよ」
 針を血管に差し込み、液体を注入した。

 実感は湧かなかった。別に体調の変化もない。
「これで終わりか?」
「はい」
 そう言うと、彼は使い終わった注射器をゴミ箱に放り込んだ。
「なんかこう、わかりやすい証明の仕方とかはないのか?」
「ありますよ」

685 名前:生き続けるか、いずれ死ぬか4/5 ◆K/2/1OIt4c 投稿日:2007/03/11(日) 00:41:45.75 ID:e+VApYJ10
 いつのまにか咥えていたタバコを口元からはずし、腕に押し当ててきた。ものすごく熱い。慌てて腕を引っ込
める。
「なにをする!」
「タバコを当てたところを見てください」
 冷静になって言われた通り見てみる。今は別に痛くもないからだ。そこは火傷も何もしていなかった。
「細胞が破壊されません。劣化もしません。さっき注射したウィルスの効果です」
「なるほど」
「しかし、そのウィルスの副作用で、一定量の栄養を補給し続けないと、徐々に体が硬化していきます」
「栄養を補給?」
「普段食べる食事で充分です。むしろその十分の一でも問題ないです」
「わかった。ありがとう。この研究所はもう解散してくれ」
「嫌です」
「そういう約束だ」
「まだ完成していません」
「これでいいと言っている」
「まだです」

 用意していた包丁を使うとは思わなかった。想定していたことだが、使う確率はずいぶんと低く予想していた
からだ。
 研究所内にいた研究員を全員刺し殺す作業は、思っていたより短時間でできた。たいした人数でもない。全部で
三人だ。リーダーに包丁を突き刺すところを誰も見ていなかったし、他のメンバーが同じ部屋で待機していたの
も幸いした。なんの問題もなく殺すことができたのだ。
 適当に服を探し、血が付着した服は捨て、そのまま自宅に戻ることにした。
 さて、今後どうしようか。人生の意味を自分だけが手にしている。考えるだけでぞくぞくする。まずなにをや
ってやろうか。
 山奥でのんびり農作物を作るのもいいかもしれない。あとは、ホームレスなども楽しそうだ。無限にやりたい
ことが思い付く。もちろん、無限に生きていけるから、それらのすべては実行できるだろう。
 そんなことを数日考えていたところ、自宅に乗り込んできた警察に逮捕された。なんの抵抗もしなかった。こ
れもある程度想定していたことだったからだ。


686 名前:生き続けるか、いずれ死ぬか5/5 ◆K/2/1OIt4c 投稿日:2007/03/11(日) 00:42:25.47 ID:e+VApYJ10

 終身刑が刑罰に加わって十数年。初めてその刑が使われた。これで死ぬまで刑務所にいることが確定する。
「死刑と終身刑どっちがいい?」
 息子に聞かれた質問を思い出す。
 今ならどう答えるのか。
 そんなの決まっている。
「もちろん終身刑だよ」


  完



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