【 夏と約束 】
◆0UGFWGOo2c




580 名前:夏と約束1/5 ◆0UGFWGOo2c 投稿日:2007/03/05(月) 00:11:44.65 ID:JYudNKtj0
「ねえ、たくやくん。みよがもしね、かいぶつとかにおそわれたら、みよのことまもってくれる?」
「うん!ぼくがぜったい、ずっとみよちゃんをまもるから」
「やくそくだよ」
「うん!」

夏と約束。

十年後、再会した幼馴染は、とても美しく成長していた。五歳の頃、隣の家に住んでいた美代ちゃんは引っ越した。
いつも遊んでいた幼馴染で、引っ越してしまったときは大泣きをしたのを覚えている。
引っ越したといっても、市外に行っただけだったから、近いといえば近かった。
だが、十年間会うことはなかった。
そして十五歳になった今、僕らは高校で再び出会ったのだ。
「ねえ、もしかして、卓也くん?」
六月。もう学校にも大分馴染んでいて学校生活に余裕が出てきた頃。
一人帰ろうとしていた下駄箱で誰かに話しかけられた。
僕はあわてて振り返る。そこには、スラリとした女子が立っていた。
きれいな子……。僕は話しかけてきた女の子に見とれてしまったが、僕はこんな美しい人に話しかけられる義理はない。
「うわ、ひど!忘れちゃった?あんたの幼馴染だよ。平塚美代!」
彼女は僕の背中を叩きながら言う。平塚美代……。忘れるはずがない。僕の大好きだった幼馴染の名前だ。
「うっそ!美代ちゃん!?ごめん分からなかった!変わりすぎ!」
「まじ?卓也くんは全然変わってないよー」
そう言って彼女は笑った。

「あ、美代ちゃん!この前貸してくれた漫画おもしろかったー!ありがと」
「でしょでしょー?絶対卓也くん好きだと思って。
それよりさ、卓也くん、昨日のあれ見たー?」
「見た見た!あれはやばいよ」
あの下駄箱の日以来、僕と美代ちゃんは、日に日に仲良くなっていった。
クラスは違うけれど、廊下や下駄箱で会うたびに会話をした。
十年前と同じように、話したり笑ったりできるのが僕にはすごくうれしかった。

581 名前:夏と約束2/5 ◆0UGFWGOo2c 投稿日:2007/03/05(月) 00:14:23.26 ID:JYudNKtj0
一学期が終わる。明日からは、長い長い夏休みだ。もう夏本番間近で、サウナのようになった教室。
今時クーラーがついていない僕の教室は、暑いなんてもんじゃなかった。下敷きで顔を仰ぎながら、僕はいつものように教室で友達と話していた。
「なあ、平塚ってさ、援交してるんだってよ」
「はあ?!」
高校に入って仲良くなったこの男が今言った言葉の意味が、僕には分からない。
「驚くだろ!?俺も聞いたときは驚いたー。あんなきれいな人が援交なんてさ。
それが結構有名な話しらしくてさーラブホ街で中年の男と一緒にいるの見たやつがけっこーいるらしくて」
「うそだー……」
「いや、まじまじ!平塚と同中のやつから写真もらったんだけどさ、」
雄一は携帯の画面を俺に見せる。そこには、セーラー服を着た美代ちゃんがスー
ツ姿の男性とホテルから出てくるところを写したものだった。
「な?どっからどーみても援交だろ。これは」
「……」
僕は呆然としていた。
――美代ちゃんが、援助交際……。考えられなかった。
僕に卓也くん、と話しかける彼女が、僕の知らないところで知らない男と……。
「卓也さ、平塚と仲いいけどさー付き合うとかはやめといた方がいいぜ。援交なんてする
女、絶対無理」
「……」
僕はなにも言う気にならなかった。美代ちゃんが、援助交際……。僕には信じられない。信じたくない。
明日から夏休みだというのに、どうしてこんなにも気分が沈んでしまったのだろう。

583 名前:夏と約束3/5 ◆0UGFWGOo2c 投稿日:2007/03/05(月) 00:19:04.29 ID:JYudNKtj0
その日の帰り道は、一人だった。一人で帰る学校の帰り道は、どうにも暇だ。
前から、男女のカップルが歩いてくる。うらやましいな……。僕はそう思いながら歩いていた。だんだんと近づいてくるカップル。
かなり近づいてきて、服装が分かるほどになると、カップルにしては歳が開きすぎなことに気づいた。だって女はセーラー服、男はスーツを着ている。
―――援助交際?まさか……女の方は……
「美代ちゃん……」
さっきまで小さくしか見えなかった男女が、僕の目の前に来た時、僕は女の方の名前を読んでしまった。
美代ちゃんは驚いた表情で僕の方を見る。美代ちゃんの隣にいたスーツ姿の男は僕の方をじろりと睨む。
「なに……してるの?」
僕は重い口を開いて彼女に問うた。援助交際。今僕の目の前にいる男女は、それをしてるとしか思えなかった。
スーツの男は美代ちゃんの肩を抱いている。美代ちゃんに、触れやがって……
何を言うか悩んでいる僕の額に、冷たい雫があたる。雨が、降ってきたようだ。
「援助交際、でしょ?」
言った瞬間、後悔した。僕はなんでこんなストレートに言ってしまったんだ……
美代ちゃんは顔を伏せている。伸びた前髪のせいで顔は見えない。
「卓也くんには……関係ないじゃない!」
……。
確かにその通りだ。でも、美代ちゃん……僕と約束したじゃん。十年前に……。
もやもやと色んな感情が駆け巡る。僕は口を開く。
「……僕に、守らせてよ、美代ちゃんのこと……約束したじゃん、十年前にさぁ……。
大好きだった子が、援助交際してるって……なんだよそれ!悲しすぎるよ……。
なあ……僕が守るからさ……やめてよ、そんなことでお金もらうの……悔しすぎるよ」
こんなことを口にしてしまった僕はもうどうすればいいのか分からなかった。
ゆっくりと、伏せてた顔を上げた美代ちゃんは、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「き、君はなんなんだよっ!いい、いきなり出てきやがって……ふざけんなよ!帰れ!!!」
隣で美代ちゃんの肩を抱いていた中年の男性はどもりながら僕に罵声を浴びせる。うるさい。
僕は咄嗟に美代ちゃんの手を引こうと傘を持っていない方の腕をとろうとした。
「行こう、水島さん」
美代ちゃんは僕の出した手を振り払うかのように体の向きを変え、水島さんと呼んだ中年の男の手を引いて歩きだそうとする。
歩き出した美代ちゃんはまた顔を伏せていて、もう彼女の表情がどうなっているか、僕には分からなかった。
ただ一人残された僕は、止まない雨の中でぼうっと突っ立ったまま、その場を動けないでいた。

584 名前:夏と約束4/5 ◆0UGFWGOo2c 投稿日:2007/03/05(月) 00:22:08.79 ID:JYudNKtj0
あの日からもう数週間が過ぎた。あれ以来、僕は美代ちゃんに会っていない。
会っても気まずいだけだ。
今日は一日暇だ……。久しぶりに、あそこでも行くか。適当に着替えて身支度をした僕は、ある場所へ向かって自転車を漕いだ。

この海は、僕のお気に入りの場所だ。前に美代ちゃんと話したとき、美代ちゃんもここが好きだ、と言っていたっけ。
自転車を道路の脇にとめ、砂浜へと僕は歩き出す。さすがに、お盆を過ぎた海岸はさすがに人がいない。それでなくとも寂れた海岸だから泳いでる人は一人もいない。
今日は風も涼しい。もう夏も終わるのだ、と実感してしまう。
波打ち際の方へ近づいていくと、セーラー服を着た女のが見えた。黒髪が肩より下まで伸びた、スラリとした人だった。
僕は、その人を見た瞬間、すぐに誰だか分かった。あんなことがあったのだから、できれば会いたくなかった。会っても絶対いやな顔をされるか無視されるに決まってる。
できれば気づかれずに彼女が帰ればいい。
僕は、美代ちゃんと五十メートルほどの感覚をあける。美代ちゃんはじっと海の方を見つめている。僕に気づくことはないだろう。
僕はぼうっと美代ちゃんを眺める。裸足の足で砂浜の上に立っている彼女は、右手を前に出しぎゅっと何か束にようなものを握っていた。
それは紙切れのようなものだった。すうっと鋭い風が吹いた。その瞬間、彼女は握っていた手を離す。
さっきまで美代ちゃんの手の中にあった紙切れは、潮の香りがする風に吹かれて
、海へと飛んでいった。風でなびく美代ちゃんの黒髪とはためいているセーラー服の襟と飛んでいく紙切
れ。すごく綺麗な光景だった。
ふと、僕は飛んでいく紙きれに目をやった。あれ……。あの紙って……
ただの紙切れではなかった。細かく、絵やら字やらが書いて、ある……あれは……
その紙切れは、紛れもない、お札だった。しかも、輸吉。
なんていう罰当たりだろう。美代ちゃんの手に握られ、今宙に舞っている無数の紙は、何十枚もの一万円札だった。
「美代ちゃん!?」
僕は驚いて彼女に大声で声をかけてしまった。なぜ、何十万もの大金を海になど流すのだ。
「あ、卓也くん」
五十メートルほど先にいる美代ちゃんは僕に気づくときゃはっと笑ってみせた。その笑顔に、僕は安心し、美代ちゃんの方へ少しずつ近づいてみる。
距離がだんだんと縮まるところで僕はまた美代ちゃんに声をかける。


585 名前:夏と約束5/5 ◆0UGFWGOo2c 投稿日:2007/03/05(月) 00:24:02.60 ID:JYudNKtj0
「なにしてるの?」
「これー?お金、捨ててんの」
まだ数枚手の中に残るお札を左手の指で指しながら答える美代ちゃんは、相も変わらず笑顔だ。
美代ちゃんの隣へとたどり着く。
「もったいない」
「いーの。どうせ汚いお金なんだし。これ、ぜーんぶ援交で稼いだお金。これはこの仕事やめる最後の儀式ーみたいな感じ」
僕は美代ちゃんの言う意味が分からなかった。
「もうやめるよー、こんな仕事。もともとすごいお金が欲しかったわけでもなかったしね。
最初街で声かけられてさー悩んだんだけどヤッて金もらえるんならいいかなーなんてね」
美代ちゃんは一人で話し出した。援助交際のことを恥ずかしげもなく話す美代ちゃんに、僕はどう相槌を打っていいのか分からなかった。
「一回で数万もらえるなんてサイコーだよね。あ、男子には分からないかな。
たまに下手な人いるけどさ、まあ天井の染み数えてればすぐ終わるしいい仕事だわーホント。でもさーやっぱり怖いんだよねー病気とかさ。だから、援交やめる!
……やめるきっかけはね、この前の卓也くんの言葉だよ」
「あの日の……」
「そ、あの日の。卓也くんめっちゃ熱いんだもん、びっくりしちゃった。
でもね、ホントはあたしなんかの為にあんな一生懸命になってくれてほんとはすごく嬉しかったよ。
あたし、あのあとすっごい色々考えてね。それで、もう援交なんてやめようと思った。……手、振り払っちゃって、ごめんね?どうすればいいかわからなくて」
「いや、いいよ!うん、全然いい!」
やばい、顔が赤面してしまう。……うれしい。美代ちゃんの方をちらりと見ると僕の方を見て微笑んでいた。
「これからは卓也くんが、あたしを守ってくれるんでしょう?」
海をバックに、美代ちゃんはふふふ、と微笑んだ。
そう直入に来ると……。僕は恥ずかしながらも口を開く。
「そりゃあ、約束したから。僕が、美代ちゃんを守るって」
僕は言ったことに恥ずかしくなる。なんだ、この漫画のヒーローみたいなセリフは。
「はは、律儀だねー」
美代ちゃんはそう言いながら裸足の足を海につける。
律儀、というのは褒めてるのか貶してるのか分からなくて、僕は美代ちゃんの表情を見た。
僕と同じように、頬が高揚していた。そしてその顔に、嬉しそうな笑顔が浮かんでいたから、僕はきっと受け入れてもらえたのだ。と思うことにする。
真っ赤なペディキュアが塗られた美代ちゃんの爪は、海水の透明の中で、くっきりと映えていた。
波の音は、鳴り止まない。空に浮かぶいわし雲が、もう夏が終わるのだと僕に思わせた。



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