【 誰を? 】
◆X3vAxc9Yu6




573 名前:誰を? 1/2 ◆X3vAxc9Yu6 投稿日:2007/03/05(月) 00:07:29.13 ID:APr8X2td0
ささやくように。
大事な小さなかたまりをそっと差し出すみたいに、
ベッドのなかで彼女は呟く。
そう、例えばこんなふうに。
「大丈夫。
わたしがあなたを守ってあげるわ。
なんにも心配要らないの。
この世の中に、あなたが怖がるべきことなんて、
なにひとつないのよ。
きっと大丈夫」
「本当に?」
応える自分の声が、震えているのが分かる。
ぎゅ、と我知らず拳に力がこもる。
うふふと笑いながら、
「泣いてるの?
……泣くんじゃないわ、男の子なら。
本当よ。
私の子だもの、きっとなんとかなるわよ。
きっと自分でなんとかするわ。
だって、私とあの人の、可愛い男の子だもの。
あの人は言ったわ、きっとお前と子どもを幸せにする、って。
なにかあっても私とあの人が守るから。
大丈夫よ」
と彼女は言って、
「そう、だよ、ね」
僕はなんとか嗚咽の合間に返事を吐き出した。
彼女は満足げに少しだけ鼻を鳴らし、
すう、と眠りに落ちたみたいだ。
しばらくは僕の口からどうしても漏れてしまう吐息と、
鼻をすする音だけが、狭い部屋に満ちる。

574 名前:誰を? 2/2 ◆X3vAxc9Yu6 投稿日:2007/03/05(月) 00:07:59.02 ID:APr8X2td0
泣くまい、と思っていたのに今日も泣いてしまった。
人形を抱えて寝てしまった妻を僕は背中から抱きしめる。
大丈夫。なんとかなるよ。
だって、君が自分で選んだ男だもの。
君を幸せにするって、言ったろう?

今夜もきっと、僕たちは子どもの夢を見るんだ。
生まれてこなかった男の子の。
生んであげられなくてごめん、私のせいで、
そう言って泣き叫んでいたころと比べれば、いまはまだ幸せなのかも知れない。
考えることをやめなければ耐えられなかった弱い君。
僕は君を、守りたい。
呟いて、僕も寝た。
涙のあとは、誰もぬぐってくれなかった。



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