【 俺の周りのまもりびと 】
◆O8ZJ72Luss




525 名前:俺の周りのまもりびと(1/5) ◆O8ZJ72Luss 投稿日:2007/03/04(日) 23:33:14.93 ID:surmhaok0
少し寝過ごしたようだ。
早く準備しないと学校に遅れてしまう。というか、あいつにどやされる。
自分なりに手早く着替え、頭の片隅に微かに残る眠気を振り払いながら朝食のパンをかじった。
この家のもう一人の住人である兄貴がいれば美味しい朝食が食べられるのだが、あいにく彼は出張だ。
「ま、パンは好きだからいいんだけどね」
などと呟いていると、玄関が開く音がする。
どたどたという気品の欠片もない足音で、秋奈がやってきたことを知った。
開口一番、
「あーっ!バカ賢二、なんでまだ朝ご飯食べてんのよ!」
朝っぱらから挨拶もせずに人に文句を言うこいつはまさしくお隣さんの秋奈。
俺は落ち着き払って上品に返事をする。
「俺としたことがうっかり寝過ごしてしまったのだよ」
「いいから喋らずに早く食べる!食べたらすぐ歯を磨く!食器は下げとくから!」
上品な言葉は通じないらしい。
もう少しボリュームを下げてはいかがかと思ったが、殴られそうなので黙って朝食をかきこんだ。
自分なりに素早く歯を磨き、鞄を持って準備完了。
「ちょい待ちなよ。頭ボサボサじゃない」
髪をいじられる。なんか俺ってダメ男みたいだ。
「はい完了、行くよっ」
半ば引きずられるようにして外に出た。頬に触れる冷たい空気が心地良い。
「鍵はいつものところに隠しとくからね」
「そんなもんお前しか使わんのだから、隠し場所もお前だけ知っとけばいいよ」
「ん」
いつも通り秋奈と手を繋いで、学校への道を歩み始めた。

527 名前:俺の周りのまもりびと(2/5) ◆O8ZJ72Luss 投稿日:2007/03/04(日) 23:33:49.34 ID:surmhaok0
道程を半分ほど行ったところで、これまたいつも通り祐輔が合流する。俺たち3人は幼馴染。
心優しい俺は相手が男でも先制挨拶を忘れない。
「おはよう祐輔」
すると、頭の後ろから祐輔の声が聞こえた。
「おはよう。ところで俺はこっちなんだがな」
どうやら奴にケツを向けて挨拶をしていたらしい。いや、わざとだなのだが。
「すまん、お前の顔を見るのが嫌過ぎてついそっぽ向いてしまった」
「いや、お前がその台詞はねえだろ」
いつも通りの馬鹿なやりとり。
「あんたたち、毎度毎度アホな事しか言わないのね」
秋奈が呆れる顔が目に浮かぶ。そんな感じでいつもの朝。



今日も今日とて勉強は面白くない。しかし真面目な俺は睡魔なんかにゃ屈さない。
先生達がわざわざ分かり易く授業をしてくれているのに、居眠りなんて申し訳ないからな。
黒板は見てないけどさ。
(ふう、えーと今4時間目か……あと何分くらいかな)
騒がしいクラスの面々も授業中はとても静かで、先生の声がよく聞こえた。



やっとのことで放課後だ。
ホームルームが終わると、すぐさま祐輔が声をかけてくる。
「おい賢二、今日はどうするんだ?」
「んー?ああ、今日も音楽室に行く」
俺はヴァイオリンが趣味なのだ。その性質上音が抑えにくいので、家では弾かないのだが。
「あたしも昨日出てた課題出してきたら行くー」
横から秋奈が口を出し、すぐに去って行った。

528 名前:俺の周りのまもりびと(3/5) ◆O8ZJ72Luss 投稿日:2007/03/04(日) 23:34:33.21 ID:surmhaok0
「さて、じゃあ音楽室行くか。手を出しな」
唐突に祐輔が言う。俺はわざわざ「何故?」と聞き返した。
「何故ってそりゃ手ぇ繋ぐために決まってんじゃねーか」
「おいおいお前ウホッですか?」
「…………よし、俺帰っちゃお」
「待て待て嘘です僕とガッチリ手を繋ぎましょう」
いつもながらくだらないやりとり。だが、俺も祐輔もこういうのが好きなのだ。

音楽室に置かせてもらっているヴァイオリンを祐輔が取ってきてくれる。
しばし調弦。そして、弾き慣れた曲をゆっくりと演奏し始めた。
人の声に近いと言われるヴァイオリンの音は、いつ聞いても心地良い。
語りかけるような優しい音を聞いていると、心が温かなものに包まれるような感覚があるのだ。
静かに弾き終えると、2人分の拍手があった。
「いいねいいねー」
「んー、やっぱ賢二のヴァイオリンはいつ見ても似合わないけど、いつ聞いても上手いわねー」
いつの間にやら秋奈が入ってきていたようだ。
「上手くなると指先見なくても弾けるもんなのね。凄い」
秋奈が俺に感心するとは珍しい。
「指が覚えてるからな。これから新しく曲を覚えるのはきついと思う。とりあえずもっと褒めていいぞ」
「さて、帰るか秋奈」「そうね、祐輔」
優しい友人たちなのであった。

祐輔と別れ、秋奈と手を繋いでいつも通りの帰路についた。
やわらかな手から伝わる温かさを感じながら思う。
優しい人々に囲まれて、俺は本当に幸せな奴であると。
祐輔をはじめとするクラスの面々や先生、兄貴、そして秋奈。
彼らが彼らでなかったならば、俺は――


529 名前:俺の周りのまもりびと(4/5) ◆O8ZJ72Luss 投稿日:2007/03/04(日) 23:35:05.71 ID:surmhaok0


3年前に目が見えなくなった時は、とにかく何もかもが嫌だった。
元々何とかという難しそうな病気で少しずつ視力が落ちてはいた。
だが、失明まではいかないだろうと医者に言われていたため、その部分ではある意味で安心があったのだ。
誰に責任を求めることも出来ない悔しさを周りに吐き出し、一人では何も出来ない自分に苛立つ日々の連続。
常に刺々しい態度だった馬鹿な俺に、周りの人々は優しかった。

支えてくれる人がいなかったら、俺はどうなっていたのだろう。
そもそも、目が見えないのに普通に学校に通って授業を受けられているのは凄いことだと思う。
授業では、先生はややこしい指示語は使わない。これはクラスの皆が考えてくれたことだ。
どこに行くにも誰かが手を引いてくれる。これは大抵は秋奈や祐輔がやってくれている。
先生達も、黒板を見ずとも口頭の説明で授業内容が把握出来るように気をつけてくれている。
勿論、これだけやってもらっても問題は沢山あるのだが、先生の授業外でのサポートや秋奈と祐輔との勉強会のお陰もあって何とかついていけている。
大した考えもなく普通に授業を受けたいと言ったのは俺自身で、ここまでやってもらえることに申し訳なさを感じなかったわけではない。
だが、その気持ちを持ち続けて周りとぎこちなくなるよりは、皆の好意を受け入れるほうが良いと俺は考えた。
だから俺は、"自分は多くの人々に守られている"ということを自覚し、感謝の念を忘れない。

光を失った代わりに、見えそうで見えていなかった他人の優しさがよく見えるようになった。
幸せな生活を送っている今、俺はそう考えている。


(完)



BACK−ウィルオウィスプ ◆QIrxf/4SJM  |  INDEXへ  |  NEXT−小狐 ◆59gFFi0qMc