【 たったひとつの冴えた守り方 】
◆2LnoVeLzqY




486 名前:たったひとつの冴えた守り方 1/5 ◆2LnoVeLzqY 投稿日:2007/03/04(日) 23:14:04.12 ID:Y942smcR0
 僕の名前と顔写真がテレビ画面に映し出されるやいなや、父親は慌てふためき意味不明なことを口走りだし、母親は泣き叫んでその場にうずくまり、幼い妹は「ねーねーどうしたの」と父と母の様子に戸惑っていた。
 そして僕はとりあえずテレビ画面をしげしげと眺めたあとで、手の甲をつねってみた。かゆみにも似た痛みが僕の体を駆け抜ける。
 とりあえず夢ではないらしいことだけは確認できてしまった。
 それからようやく現実と、これから起こるであろう事を僕は認識し始めた。すると急に頭が真っ白になった。けれど足はがたがた震えだした。
 近所が急に騒がしくなった。玄関ベルが何度も鳴った。父親も母親も僕も無視した。
 三十分ほどすると、家の前でたくさんの車が止まる音が聞こえた。

 話は三日前にさかのぼる。
 世界中の電波という電波が何者かにジャックされた。本当に突然のことだったため、その瞬間から世界中のメディアは大混乱に陥ったらしい。
 その突然の電波ジャックの原因と目的だが、それはテレビというわかりやすい媒体を経由して家々へと伝わることになった。
「一人の生け贄を差し出さなければ地球は滅びる」
 世界中に存在するあらゆる言語でそう書かれた静止画がテレビというテレビに映し出された。
 ラジオからも同内容の音声が繰り返し流れた。ウェブ上では同内容のメールが電脳世界を埋め尽くし始めていた。
 最初は誰もが冗談だと思った。
 そしてその考えは間違いかもしれないと、誰もがすぐに気がついた。
 空はびっしりと未確認飛行物体で覆われていた。コインのような形だった。のちにわかったことだが、半径はおよそ五キロほどはあるらしかった。
 つまるところ、空を見上げれば空飛ぶコインが一面に並んでいたのだ。電波ジャックの原因は誰の目にも明らかだった。
 すると問題になったのは電波ジャックの内容だった。しかし反対する人どころか、反対する国すらどこを探しても存在しなかった。
 一人の生け贄で、地球は助かるのだ。その人のおかげで、地球は守られるのだ。
 かのアメリカが全世界に向けて「一人の生け贄を差し出すことを認める」と放送すると、すぐに二度目の電波ジャックが発生した。
「生け贄はこちらが選び、今からちょうど三日後に通知する」
 ちなみにコイン状の宇宙船に最新鋭の空軍で立ち向かう計画があったらしいのだが、ロシアのどこかの村が一瞬で消滅したという知らせを受けると、すぐにその計画は破棄されたらしい。

488 名前:たったひとつの冴えた守り方 2/5 ◆2LnoVeLzqY 投稿日:2007/03/04(日) 23:16:27.97 ID:Y942smcR0

 真っ白になった頭の片隅で「早すぎる」と僕は思った。覚悟なんかまるでできていなかった。
 それなのに家の前に止まった物騒な車からは、武装した自衛隊とスーツを着た政府高官らしき男性が降りてきていた。
「逃げられない」と僕は思った。足はまだ震えていた。立つのがやっとの状態だった。たぶん僕はこれからあのコインに乗った宇宙人に殺されるのだ。
 政府高官らしき人が僕の名前を確認して、僕がそれに頷くと「それでは今からお連れします」とその人は言った。有無は言わさぬ口調だった。
「どこへですか」と震える声で僕が訊くと、「画面に書かれていた場所へです」という答えが返ってきて僕は戸惑った。
 どうやら画面には、生け贄が行くべき場所も書かれていたらしかった。けれど僕は自分の名前と顔写真しか見なかったから気づかなかった。
 テレビの電源はすぐに父親が消してしまっていたのだ。
 家の前に止められた物騒な車に乗り込んでから、ふと両親に別れの挨拶をしていなかったことに気がついた。
 ウインドウから外を見ると、家の前で父親が母親を慰めている様子が目に入った。
 僕が手を振ると、その傍にいた妹が手を振り返してきた。
 反対側のウインドウから見えたのは、ぐるりと車を取り囲むように立つ近所の人だった。それぞれの顔には憐憫か不安の表情が浮かんでいた。けれど内心では自分たちが生け贄にならなくて安心しているに違いなかった。
 恐怖で埋め尽くされた僕の頭に、かすかに怒りが生じた。車が走り出した。

 しばらく経つと僕の乗る車は止まった。ウインドウの外には飛行場が見えた。
「テレビで指定された場所はどこだったんですか」と僕が訊くと、政府高官らしき人からよくわからない座標の答えが返ってきた。
 けれど「それは太平洋上なんです」と付け足してくれたので、この人は良い人かもしれないな、と僕は思った。そこまでの移動手段は飛行機らしかった。
 旅客機とは違う、巨大な物々しい飛行機に乗ると、やたらと豪華な食事が出た。
 もしかしたら、万が一にも日本から生け贄が出た場合はこうすのだると、あらかじめ政府が決めていたのかもしれなかった。そしてその取り決めは無駄にならずに済んだらしかった。
 機内ではあの政府高官の人が、ずっと僕の傍についていた。食事の世話は、彼の部下らしき女性がしてくれた。
 彼女は目にうっすらと涙を浮かべてすらいたけれど、内心まではわからなかった。近所の人たちみたいに、内心では生け贄にならずにほくそえんでいるのかもしれなかった。
 僕の頭にまた怒りが浮かんだけれど、ここで怒ってもしょうがないと思った。足の震えは治まっていた。最後かもしれない食事は美味しかった。

489 名前:たったひとつの冴えた守り方 3/5 ◆2LnoVeLzqY 投稿日:2007/03/04(日) 23:18:26.86 ID:Y942smcR0
 満腹だったけれど眠くはならなかった。飛行機の窓からずっと外を眺めていた。雲がすごいスピードで後ろに飛び去っていた。
 あっという間に目的地に着いた。
 目的地では、コイン状の宇宙船が一機、低空飛行をしていた。間近で見ると大きくて、コイン状かどうかはわからないほどだった。
 窓から見ると、コインの側面に穴が開いていて、ぴかぴか光っていた。入れということらしかった。飛行機はそこに向かって入っていった。
 天井がドーム状になっている巨大な広間で飛行機は止まった。そこで僕を下ろすと、飛行機は帰っていってしまった。
 最後に政府高官の人が「全人類を代表して、心より感謝致します」と言ったのが印象的だった。この人はやはり良い人だな、と僕は思った。

 ドーム状の広間に僕だけになると、また足が震えだした。僕は座り込んだ。
 しばらくの間、沈黙だけがそこにあった。
 突然、ドーム状の天井にたくさんの映像が映し出された。正方形に切り取られた映像が、天井一面を覆っていた。
 映像は、たくさんのニュース番組だった。世界中のニュースが、僕のことを放送していた。
 嫌いなクラスメートが、親しい友人としてインタビューされていた。見ず知らずのニュースキャスターが、僕の生い立ちを、まるで知人のような口調で語っていた。背筋が寒くなった。
 それから映像が切り替わった。見たこともない人の顔がたくさん映っていた。みんなそれぞれの言語で笑いながら話していた。
 日本語が聞こえた。僕は耳を澄ませた。
「俺が選ばれなくてマジで助かったぜ」「この三日間、夜も眠れなかったのよ。本当に嬉しいわ」「あんなガキで世界が助かるなら安い安い」
「僕じゃなくてよかった」「私じゃなくて」「自分も」「俺も」
「やめろ!」
 僕は叫んでいた。
 すると映像が切り替わった。工場から上る黒煙。死んだ海鳥たち。埋めきれないゴミ。
 また映像が切り替わった。枯れ果てた木々。灼熱の砂漠。溶け出した氷河。
 また映像が切り替わった。銃を持った兵士。泣き叫ぶ子供。巨大なキノコ雲。
 それから、地球。
 声が聞こえた。
「地球は終わりなのです」
 中性的な声だった。それでいて、ひどく感情のこもった声だった。それは、心から無念に思っているような声だった。

490 名前:たったひとつの冴えた守り方 4/5 ◆2LnoVeLzqY 投稿日:2007/03/04(日) 23:19:39.10 ID:Y942smcR0
 声は続けた。
「地球は三年後、核戦争で滅びます。だからこそ、手遅れにならぬうちに、あなたをここへ連れてきたのです」
「待ってください……僕だけ、助かれということなんですか? どうして僕が? 地球にいる人たちはどうなるんです!?」
「あなたは幸運なのです。正常な十三歳の男子をランダムに選びましたので。地球の言葉では『アダム』と言うらしいですね。アダムには、幸運も必要です」
「アダムって……」
 すると再び映像が映し出された。見覚えのある、電波ジャック中のテレビ画面だった。
「もう一人だけ生け贄を差し出さなければ地球は滅びる」
 そこにはそう書かれていた。
「今回は正常な十三歳の『イヴ』を選抜します。そしてあなた方には、新たに人類の子孫を生産してもらいます。我々から見れば、あなた方のような知的生命体は、滅びるには非常に惜しい、貴重な存在です。ゆえに我々は、人類を滅亡から守りたい、と考えたのです」
 そこで声は途絶えた。ドーム状の広間の壁の一部が開いた。
 中は居住スペースになっていた。窓があり、そこから外を見ると僕は驚いた。川があり、小さな海があり、小さな森があり、鳥が飛んでいた。
「他の種は既につがいで確保済みです。人類に対しあのようなことを行ったのは、習性の調査のためですが……我々の予想と、大差はありませんでした。恐らく地球が滅びる予測日時にも狂いはないでしょう」
 僕はいつか読んだノアの箱舟の話を思い出した。アダムにイブにノアなんて、めちゃくちゃじゃないかと僕は思ったけれど、口にはしなかった。

492 名前:たったひとつの冴えた守り方 5/5 ◆2LnoVeLzqY 投稿日:2007/03/04(日) 23:22:37.60 ID:Y942smcR0
 
 三日後、女の子がやってきた。話す言葉はわからなかったけれど、顔つきを見る限り、ヨーロッパのどこか出身なのかな、と僕は思った。
 三年後、ドーム状の広間の一面に映し出された地球の最後の映像を、僕らは一緒に見た。
 昔読んだSF小説を、僕はそのときふと思い出した。
 隣に座る彼女が言った。
「ついに、私たちだけになっちゃったね」
 それは、すごく悲しそうな声だった。だけど僕は、彼女に悲しんでほしくはなかった。彼女のことを、死ぬまで守ってやりたいと思った。
 僕は精一杯の強がりを、彼女に見せることにした。
「まだ、僕らがいる」
 地球が燃えさかる様子は、今まで僕が見た中で一番美しい映像だった。



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