【 国境の灯台に一人 】
◆aDTWOZfD3M




400 名前:【品評会用作品】国境の灯台に一人 ◆aDTWOZfD3M 投稿日:2007/03/04(日) 21:36:54.83 ID:L+/rTQ+q0
20××年7月3日
 いつも通り、電波灯台及び光波灯台の点検を行う。十分後、点検終了。全て
異常なし。これで今日の勤務は終了。
 その後は暇つぶしと新鮮な食材の確保のため、テトラポットの上から釣りを
した。これもまたいつも通り。そう言えば、新潟沖の油井の職員も娯楽と言え
ば釣りらしい。何となく親近感を感じるな。
 三時間ばかりテトラの間を探って穴釣りをしていると、何匹か型の良い魚が
釣れたのだが、どれも名前も分からないようなグロテスクで極彩色の魚ばかり
だった。当然料理の仕方も分からない。こういう熱帯魚みたいなのには、シガ
テラ毒とかいう毒があるから喰わない方がいいという。正直、こんな所で腹を
壊したらしゃれにならん。最悪死ぬかもしれんし、残念だがキャッチアンドリ
リースだ。少し前まで、シマアジなんかが釣れたのだが、全て俺が釣りきって
しまったのだろうか? 
 結局、今日は収穫なしで、昼飯はレトルト食品を温めたものを寂しく一人で
つついた。思わず宇宙ステーションの乗組員にも親近感が湧く。いや、むしろ
俺の方が酷いかもしれん。なにせ彼らはいつも二、三人での勤務だし、なによ
り宇宙という人類の夢の舞台で最先端を行く活動を行っているのだ。やりがい
もあるだろうし、自分の仕事に大きな意義を見いだすことだってできる。同じ
公務員だというのに、この差はなんだ?
 いや、考えるのはよそう。ただでさえマズイ飯を、さらに不味くすることに
なりかねない。
 その後はこれまたいつも通りにネットサーフィンをした。ぶっちゃけエロサ
イト巡りだが。これだけ海に近い生活をしているんだから、本当のサーフィン
をするべきなんじゃないかと言われそうだが、それはできない相談である。そ
もそも、そんなことを言うヤツもここには居ないし。いつも思うことだが、こ
こがネットができるようになっていて、本当に良かったと思う。これがなけり
ゃとっくに俺は発狂している所だ。
 その後俺は、日付が変わるまで延々十時間以上もディスプレイの前に貼り付
いて、自分が人間のクズに思えてきた辺りで寝た。

401 名前:【品評会用作品】国境の灯台に一人 2/5 ◆aDTWOZfD3M 投稿日:2007/03/04(日) 21:38:17.77 ID:L+/rTQ+q0
20××年7月4日
 いつも通り、電波灯台及び光波灯台の点検を行う。十分後、点検終了。全て
異常なし。これで今日の勤務は終了。
 今日は台風が近づいているらしく、雨が降ったり止んだりを繰り返していて
波も荒い。釣りは無理だと判断した俺は、一日中ネットをしていた。昨日に続
いて、今日もネットができることに感謝する。本土からここまで光ファイバー
を敷設するのに、一体どのくらいかかったのだろう? こんな無駄な金を掛け
てまで職員を常駐させることに、どれほどの意味があるのだろうか。おそらく
これはお偉いさん方の意地と見栄のせいだな。くそっ、少しは実際にこんな所
で勤務する俺の気持ちを考えろ。今時灯台守が住んでい灯台なんて、ここだけ
だぞ。
 ネットについて言えば、今日は割と当たりの日だった。俺の好きな感じの濃
厚なエロイラストサイトが新たに二つ見つかったし、いつも見ている同人サー
クルのサイトも更新されていた。最近はロリ絵全盛のせいか、俺好みのお姉様
系キャラの絵はなかなか見つからないのである。こんな所ではオタクをやるの
も大変だ。
 掲示板では、夏コミのことが頻繁に話題になっている。俺も参加したいが、
こちとらここしばらくはアキバにも行けていないわけで、それは夢の又夢とい
う奴である。俺も行きたいなー、ビッグサイト。同じ東京都だというのに、な
んなんだ、この格差は?
 そういえば、俺はこうして毎日惰性で高校時代からの日記なんぞを書き続け
ているわけだが、そろそろ俺もネット上でブログってやつをやってみても良い
かもしれない。どうせ書くなら、誰かに見てもらった方が書きがいがあるし、
なにより時間だけはいくらでもあるのだ。俺みたいな境遇にあるやつは他にい
ないわけで、もしかしたら人気が出るかもしれない。早速上の方に許可を求め
よう。

402 名前:【品評会用作品】国境の灯台に一人 3/5 ◆aDTWOZfD3M 投稿日:2007/03/04(日) 21:39:04.66 ID:L+/rTQ+q0
20××年7月5日
 いつも通り、電波灯台及び光波灯台の点検を行う。十分後、点検終了。全て
異常なし。これで今日の勤務は終了。
 仕事を終えてパソコンを開いてみると、俺のブログ開設許可申請は却下され
ていた。あの石頭め。国防上の理由だと? そんなことを気にする前に、自衛
隊の綱紀を粛正しろ。
 ムカついたので、一発抜いてからふて寝することにする。
 ボットン便所に秘蔵の同人誌を持ち込んで自家発電に取り組んでいると、下
からは震動と共に波の砕ける轟音が聞こえてくる。天然の音姫ってのも風流で
良い。最も俺は男だからそういうのはあまり気にしないし、そもそもここには
俺以外誰もいないけど。



20××年7月6日
 いつも通り、電波灯台及び光波灯台の点検を行う。十分後、点検終了。全て
異常なし。これで今日の勤務は終了。
 今日は久しぶりに俺以外の人間がここにやってくる。水産庁の調査船だ。
 九時二十五分ごろに調査船が到着すると、水産庁の職員方は早速なにやらや
りはじめたが、門外漢の俺には何をやっているのかさっぱりわからん。
 そのうち昼飯の時間になったのか、ほとんどのやつは船に戻るか、もしくは
テトラの上で飯を食い始めたが、一人だけ若い男が俺に話しかけてきた。
「昼飯でもご一緒にいかがです?」
 昼飯を誰かと一緒に食うなんて、ここに来てからなかったことだ。俺は思わ
ず了承する。
「いかがです、ここでの生活は?」
 弁当を食いながら話しかけてくる。
「別に」
 俺はレトルトのカレーを食いつつ答えた。人と話をするのも久しぶりだから
か、いまいち上手く受け答えができない。

403 名前:【品評会用作品】国境の灯台に一人 4/5 ◆aDTWOZfD3M 投稿日:2007/03/04(日) 21:40:43.60 ID:L+/rTQ+q0
「とにかくヒマだよ。他に誰もいないし。仕事もほとんどない。いつも考える
よ、俺は何のためにここにいるのかなってね」
「ですが、あなたには重大な使命があるじゃないですか。日本の国土を守ると
いう大事な使命が。あなたが居ることによって、日本は四十万平方キロメート
ルの排他的経済水域を保つことができるんですよ。これには大きな意義がある
と思いますが?」
「そんなに言うなら、俺と替わってくれよ」
俺はため息をつくように言った。
「俺がここにいることについて、国民はどう思ってるのかね? 誰かが感謝し
てくれているならやる気も出るだろうが、ほとんどの国民は俺がここで一人寂
しく暮らしているってことを知りもしないんじゃないかな?」
「……かもしれませんね」
男は答えた。
「でも、我々だって同じようなものですよ。今までそれなりにいろいろ調査し
てきましたし、それなりにやりがいを感じてもいますが、誰かに感謝されてい
ると実感したことはありませんね」
「……」
「それに、あなたの仕事は以前マスコミに取り上げられたこともあるじゃない
ですか。まあ、中には否定的な報道もありましたが、それでも我々の仕事とは
注目度という点では雲泥の差ですよ」
「……他人の芝は青く見えるものなのさ」
「お互いにね」
二人はほぼ同時にため息をつくと、昼飯を食う作業に戻った。

404 名前:【品評会用作品】国境の灯台に一人 5/5 ◆aDTWOZfD3M 投稿日:2007/03/04(日) 21:41:33.71 ID:L+/rTQ+q0
 男は俺に、
「お互い公務員同士、同病相憐れむというやつですが、とにかくお互い頑張り
ましょう。こういう仕事ですから、また会うこともあるでしょう。それまで、
お元気で」
と言って去っていった。
 やがて、夕日が水平線に沈もうとするころ、全ての仕事を終えた調査船はこ
こを離れて本土に向けて出航した。桟橋まで見送りに出た俺は、何とも言えな
い物寂しさを感じつつ、水平線の向こうに船が消えるまで見つめていた。
 夕日に照らされた水面と桟橋、そして見送りのためにたたずむ男。端から見
たら、頭の悪い三流ドラマのような風景だが、その時の俺は素直に感動してい
た。
 こうして今日も、沖ノ鳥島の海に日は沈むのであった。
……なんてね。

                             〈了〉



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