【 ある物語 】
◆dx10HbTEQg




381 名前:ある物語(1/4) ◆dx10HbTEQg 投稿日:2007/03/04(日) 20:38:01.02 ID:bzdMbDZV0
 ある小さな大陸に、ある小さな王国があった。隣国とも友好な関係を築いていたし、国民は王を尊敬してい
た。争いなど起こる気配さえもない。
 それなりの大きさを誇る城では、王と王妃、そして一人の姫が暮らしていた。偶に喧嘩をすることはあるも
のの、仲はとてもよい。
 誰もが、平和すぎるのもつまらないな、と退屈を持て余す、そんな毎日を送っていた。
 しかしある日、異変が起きた。姫が消え、一羽のカラスが飛んできたのだ。それは北の森に住む、邪悪な魔
女の使い魔だった。
“姫は預かった。返してほしくば、王家の秘宝を寄越せ”
 王家の秘宝とは、気の遠くなるほど長い間に亘り、王家によって守り伝えられてきた宝のことだ。頑丈な鍵
をかけた宝物庫の中に収められ、決して王族以外の者は触れてはならないとされていた。それは世界を創り出
すことが出来るとも言われるほどの、絶大な力を秘めているという。
「どういうことだ」
 報告を聞いた王様は、怒りをあらわにして怒鳴った。愛する娘の捜索はなされているものの、未だ見つから
ない。
 本当に北の森の魔女に拐かされたのならば、大変なことだった。先代も、先々代もその魔女とは戦ってきて
いる。これまで魔女は何度も非情な手段で王家を脅かし、無茶な要求を突きつけてきたというのだ。
 姫の命も大切だが、秘宝を手放すわけにもいかない。魔女の手に渡って、取り返しのつかない事態になって
は困るのだ。
 悩む様子を見せる王の前に、一人の騎士が膝をついた。
「陛下、確かに秘宝も大切です。しかし、姫様の命には代えられないのではないでしょうか」
「しかし、魔女が秘宝で何をするか。姫を取り戻せたとして、世界を壊されては何にもならん」
「では、私が魔女のところに行って参りましょう。この手で姫様を助け出して見せます」
 他の騎士は驚きに目を見開いた。彼はまだ若く、年は姫と同じほど。若さゆえの無謀さであろう。
 王は後に続く者はいないのかと臣下を見渡したが、皆目をそらす。実戦の経験がある者など、いないのだ。
敵が魔女ともなれば、怯えるのも無理はない。

384 名前:ある物語(2/4) ◆dx10HbTEQg 投稿日:2007/03/04(日) 20:38:37.56 ID:bzdMbDZV0
 若き騎士を見ると、その精悍な顔には揺ぎない決心と自信が湛えられていた。
「相手は千年を生きる魔女。くれぐれも気をつけるのだぞ」
 口調に強い期待を込めて、王は告げた。


 暗くて深い森に入り、茨で出来た道を掻い潜る。襲い掛かる獣に剣を振り、木の実で飢えを凌ぐ。
 辛くはあったが、姫と国のためなのだ。使命感に燃え、騎士は諦めずに魔女の元へと進んだ。
 そして三日三晩歩き通した後、汚い小さな家にたどり着いた。そこは伝え聞いた、魔女の住処だった。
「私は王の使いだ。魔女はどこだ」
 大声で叫びながら家に入る。こっそり侵入して不意打ちなどという、卑怯な真似はしない。騎士道に反する
からだ。
 床に散らばる怪しげな書物や、不気味な道具を踏み分け、奥の扉を開ける。果たしてそこには、囚われの姫
と魔女がいた。
「姫様!」
 声をかけるが、返事はない。猿轡を噛ませられ、後ろ手に縛られ身動きが取れないようだった。可哀想に、
可憐な顔を恐怖に歪めている。
 思わず駆け寄ろうとしたが、その前に魔女が立ちはだかった。黒いローブに大きな杖。肩には使い魔のカラ
スが乗っている。
「ほほう、一人か」
「姫様を返せ」
「その前に秘宝を渡して貰おう。どこにある?」
「……ここに」
 懐から秘宝を取り出す振りをして、騎士は剣を魔女に突き刺した。急所を狙ったが、魔女が咄嗟に退いたた
めに僅かに逸れた。それでも重傷を負わせたことには変わらない。
 魔女は悪態を吐きながら、杖を振るった。魔法による攻撃かと身構えたが、次の瞬間には魔女は消えてい
た。逃げたらしい。置いてけぼりを食らったカラスが、バタバタと窓から飛び去った。
「ご無事ですか、姫様」
 すぐさま駆け寄って、姫を解放する。玉肌についた赤い痕が痛々しいが、この程度ならばすぐに治るだろう。
 姫はにっこりと笑って、騎士に抱きついた。

385 名前:ある物語(3/4) ◆dx10HbTEQg 投稿日:2007/03/04(日) 20:39:00.86 ID:bzdMbDZV0
「怖かったわ」
「遅くなって申し訳ございませんでした」
「でも、助けてくれてありがとう」
「いいえ、当たり前のことです。姫様を守ってこその騎士ですから」
 姫を守り、騎士に守られ、二人は森を抜けて城へと帰還した。


 城では連日連夜宴が催された。主役はもちろん、姫と騎士である。
 怖ろしい魔女を倒し、姫を連れ戻した騎士は持てはやされた。特に、王と王妃からの感謝は留まるところが
ない。
 姫の騎士への視線も熱く、このまま結婚という流れになりそうな雰囲気だった。勇気があり、身分も容姿も
申し分ない。反対する理由などなかった。
 数日後、騎士は王に呼び出された。王の部屋に入ると、一羽のカラスが窓枠にとまっていた。
「おや、陛下。それは魔女の使い魔ですね」
「礼の催促に来たらしい。まったく、せっかちなことだ」
 王はカラスに袋を咥えさせた。その袋からは、宝石や金が覗いている。重さを感じさせない動きで、カラス
は悠々と窓から飛び立っていった。
「魔女から文句が届いたぞ。ただの芝居だというのにやりすぎだ、とな。相当痛かったらしい」
「はは。それは申し訳ございません。ですが、それくらいしなければ、真に迫りはしないでしょう」
「それもそうだ。姫は疑うこともせず、お前に惹かれている様子。何事も計画通り」
 全ては王と騎士、そして魔女による猿芝居。これは代々守り伝わってきた伝統だった。
 晴れ続きの平和も良いが、偶には雨も降らねば地は固まらぬ。
 謝意を表す王に、騎士は笑う。騎士は何者かを守ってこその騎士。ただ平和を甘受するだけならば、存在意
義はないのだ。
 そして姫もまた然り。危機を乗り越え命がけで守られた姫は、さぞや姫という立場を満喫したことだろう。
「そうだ。“お姫様を取り戻した勇敢な騎士”には、褒美をとらせねならんな。何がいい?」

386 名前:ある物語(4/4) ◆dx10HbTEQg 投稿日:2007/03/04(日) 20:39:38.92 ID:bzdMbDZV0
 その言葉に、騎士は少し考える素振りを見せてから、冗談めかした微笑を浮かべた。
「そうですね。では、恐れながら王家の秘宝を頂きたく存じます」
「はははははっ。そんなもの、ただのガラス玉よ。物語をそれらしくみせるための、小道具にすぎん」
 楽しげな笑いにつられ、姫が部屋に入ってきた。騎士の姿を見て、躊躇いもせずに抱きつく。軽やかにドレ
スを舞わせ、頬に口付けをする。
 姫は微笑んで用件を告げた。また、宴を催すらしい。平和なことだと内心呆れるが、実際することなど他に
ないのだ。
 恭しく姫の手を取り、主役たちは大広間へと向かう。歓声が彼らを出迎えた。


 大切な姫は戻り、大切な秘宝は守られた。
 茶番は終わり、物語はハッピーエンドで締めくくられる。
 誰もが満足する結末。退屈はほんの少し紛らわされ、人々は心地よい充足感に浸る。
 そうして物語は大切に守られ続けるのだ。





<めでたしめでたし>



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