【 守るが守らない 】
◆FVCHcev9K2




300 名前:守るが守らない (1/4) ◆FVCHcev9K2 投稿日:2007/03/04(日) 16:11:59.32 ID:626EKsj90
 やっと妻のいない食事に慣れた。静かな食事に。いや、妻とは別に離婚や死別したわけではなく、
仕事がジャーナリストなので家を開けがちなだけだ。子育てが一段落したから一年前仕事に復帰した。
 だから食事は娘と二人だけだ。幸い自営業なので娘に食事を用意してやれる。
「最近、通学路で誰かに着けられている気がするんだよね」その食事中、小学三年の娘が言った。
「ど、どどどどどどういうことだ、恭子?」味噌汁を吹きかけたのを抑えて努めて冷静に声を出した。
「うん、なんか視線を感じたから振り向いたら、よくわかんないけど、人がいた気がする」
 なんということだ。日本は犯罪率が上がっているとは聞いていたが、こんないたいけな少女に手を出すようになるとは。
 いや、恭子なら変質者が狙うのも分かる。額で切りそろえられた前髪、肩よりも長く伸びたツーテール、
つぶらな瞳と長いまつげ、声は天使のようだし、この膨らみかけた胸だってロリコンの心をくすぐるに違いない。
 これはいかん。いつもの確認だ。
「恭子、変な人がいたらどうする?」
「ブザーを鳴らして、近くの人や家に助けてもらう。いつもお父さんが言ってる」
 娘は箸で煮物をつつきながら答えた。……この娘の幸せが潰れるようなことがあってはいけない。
 よし、恭子を着け狙う変態はこの木戸哲也がとっ捕まえてやる! 恭子は俺が守る! 箸を握り締め心に誓った。

 娘は友達四人と下校する。小学校に面した大通りを横切って、住宅街を通って行くうちに友達は次第に減って行く。
 最終的に一人になった娘はそこから十五分で住宅街の先にある我が家へと戻ってくるのである。
 変質者が狙うとしたら娘が一人になった後だ。つまり、そこで待ち伏せればきっと変態を捕まえられる。
 仕事は店に臨時休業の札を掛けて、軽く変装してから家をでた。

 待ち伏せを始めたのだが、さっきから変なヤツがいる。明らかに住宅街とは不釣合いなスーツとサングラス。
 電柱に隠れるように立っていて、しきりに周囲を見回している。今、目線が合った。
 職質してくれといわんばかりの挙動だ。まさかコイツが変質者か? 先手を打つか?
 なんて悩んでいたら娘が道をテクテク歩いてきた。なんと可憐な姿だ。
 ……サングラスのヤツも娘に気づいたようだ。間違いない、コイツだ。
 ドスドスとわざと音を立ててヤツに近づいた。「貴様、何をしている」声を掛けた。
 するとヤツは「貴様にいう必要などない」などと抜かしやがった。
 俺が戦う姿を娘には見せたくなかったので「場所を変えよう」というヤツの提案を呑んだ。

301 名前:守るが守らない (2/4) ◆FVCHcev9K2 投稿日:2007/03/04(日) 16:12:29.10 ID:626EKsj90
 河原はすぐ近くだった。見晴らしの良い河原、キラキラと光る川面。
 小石のザリっという音が足元から聞こえた。相手との間合いは約三メートル。
 既に互いに威嚇を始めている。無駄口は叩かない。相手はスーツの上着とサングラスを河原に投げた。
 俺も相手から視線をそらさず着ていたロングコートとマスク、サングラス、カツラをはずした。

 じりじり間合いを詰める。あと二歩で俺の間合い。ちなみに俺は空手三段だ。
 じわじわと詰まる間合い。あと一歩分。娘を守るのに特技が役立つならこの上ない幸せだ。
 ……今だ。一気に踏み込む。ヤツの足が上がったと思ったら砂利が巻き上がった。
 これは古典的だが効果的だ。目つぶしされるわけには行かない。ガードを上げ目をかばった瞬間を狙って、
ヤツはタックルをしてきた。敵ながら上手い。砂利で滑って後ろに倒れる。
 まずい、馬乗りだけは避けねば。勢いを利用して無理矢理ヤツを後ろに投げた。
 巴投げのようだが、体勢の悪さもあり手を離さなかったので俺もヤツも背中をしたたかに打ちつけた。
 衝撃で肺腑が呼吸を拒絶する。しかし、酸素が足りなくても動かねば娘が危ない。
 俺は距離と時間を稼ぐため河原をごろごろ横転してから立ち上がった。
 見やればヤツも既に立ち上がっていた。ふ、喧嘩殺法のようだがやるじゃないか。
 どうやらコイツを倒すにはなかなか骨が折れそうだ。

 結局、警察に通報された。
 これだけ見通しの良い河原で男二人が殴り合っていたのだ。それも当然と言えた。
 警察署に連行され、ロビーの一角で俺とヤツとの事情聴取が始まった。ついたてくらいあっても良いものと思うが。
「あー、じゃ、名前と職業は?」めんどくさそうに警官が言う。市民の安全を守る警官の態度とは思えない。
 まず俺が答えた。「木戸哲也、自営業」
 次にヤツだ。「長谷川修、そこの小学校の教員です」
 かっと頭に血が上った。コイツ、小学校教師の癖に児童に手を出すとは! ロリコン野郎!
「担当の児童が変質者に付きまとわれて困っていると聞いたので――」長谷川の声は俺には聞こえない。
 立ち上がって、ぼんやり話を聞いてる警官にこの変質者を捕まえろと口を開いた瞬間、聞きなれた声で我に帰った。
「あー、お父さん! 先生!」
「木戸!」「恭子!」ほぼ同時に三人の声が警察署内に響いた。


302 名前:守るが守らない (3/4) ◆FVCHcev9K2 投稿日:2007/03/04(日) 16:13:12.31 ID:626EKsj90
 長谷川と名乗った男は恭子の担任で、変質者から守るために通学路に立っていたらしい。
 その意気込みは見上げたものだが、コイツの怪しい格好を見れば誰だって勘違いするだろう。
 それにあんなに喧嘩慣れしているのはどうなんだ。
 なにより長谷川は、あろうことか俺を見て変質者と思ったのだそうだ。
 公立の教育は不安と言われてきたけれど、ここまでとは思わなかった。恭子には私立中学を受験させよう。

 恭子は警察署長に表彰された。変質者の逮捕に協力したからだ。
 親としては鼻が高いが、これはもはや俺の人生の最大の汚点になっている。
 そう、俺と長谷川が戦っていた頃、恭子は変質者の攻撃に合っていた。
 変質者を前にした恭子は、言いつけどおり持っていた防犯用のブザーを鳴らし、近くの民家に助けを求めた。
 その後、近くの主婦が集まって住宅街を捜索して、ゴミ捨て場のケージ内に隠れていた変質者を見つけた。
 見つけた変質者を警察署に連行してきたところで俺たちと会ったということだった。

 数日後、長谷川が手土産を持って我が家に謝罪に来た。客間に通し、俺と恭子二人で応対した。
 ひとしきり挨拶すると、恭子が会話の主導権を握った。必然、勘違いを責められた。
「もう! お父さんも先生も、ちゃんと相手が誰か確認してよね!?」
「「はい、すみません」」俺と長谷川の声が重なった。
「私を守ろうという気持ちは分かったよ? でも、喧嘩したらダメ、いつも私に言ってるじゃん」
 恭子は自慢げに目をつぶり、人差し指を前後させながら言う。
 俺は「でもな、コイツは怪しい格好してたんだぞ」と口を挟んだ。
「お父さんこそ――」何事かを喋り始めた長谷川を視線で制する。貴様にお父さんと呼ばれたくない。
「お父さん!」娘の声に怒りが含まれていることに気づいたので黙った。

303 名前:守るが守らない (4/4) ◆FVCHcev9K2 投稿日:2007/03/04(日) 16:13:45.72 ID:626EKsj90
「私が一番言いたいのは、学校では先生が、家ではお父さんがちゃんと守ってくれてるから
二人とも安心して欲しいってこと」
 恭子の言葉に長谷川は目を潤わせて、ありがとう木戸、先生は頑張るよ、なんて抜かしている。
 今回起きたのはその間での事件だろ、気づけよ、と長谷川に言おうとしたが、
「ちなみに登下校の間は近所のおじさんおばさんが守ってくれます」
 すかさず恭子が論理の穴を埋めた。小学生にしては利発だ。
「それと、二人とも、っていうかお父さん、先生いじめないで」
 うぐ、ば、ばれてる? っていうかコイツの肩を持つのか恭子。
「じゃ、仲直りの握手して?」恭子の声を無視しようとしたが、にらむのでしぶしぶ長谷川と握手した。

「仲良くしてね? いい? 約束だよ?
私はお父さんの言いつけを守ったんだから、今度はお父さんが約束守ってよね!」
 言いながら恭子は、俺たちの握手を笑顔で眺めていた。長谷川と視線がぶつかる。
 恭子のことは守るが、この教師と仲良くする約束は守れそうにない。
 俺は握る手に力を込めた。



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