【 アイツとの約束 】
◆HylVMdjMWI




289 名前:【品評会用】アイツとの約束 1/4  ◆HylVMdjMWI 投稿日:2007/03/04(日) 15:35:48.81 ID:iaRN2eFf0
「ツーアウト! あとアウトカウント一つで第二高校の準々決勝進出が決まります!」
 夏。高校野球の地区大会、第六高校対第二高校の試合。後攻の第二高校が一点のリードを守って、最終回に入っている。
 第六高校の攻撃。一塁と二塁に走者が出ている。ここで打たれたら、同点はおろか逆転すら免れない。

 第二高校のセンターを守る、荒川淳。淳は、三年になって初めてレギュラーになった。
 やっとの思いで掴んだレギュラーの枠。
 そんな淳がここまで本気で野球をするのには、一つの理由があった。
 …アイツとの約束。

「ストラーーイク!!」
 電光板の黄色いランプが灯る。
 高まる緊張。緊張感は、観客席からも感じられた。
「ボール!」
 今度は、緑色のランプが灯った。
 第六高校のブラスバンドの演奏が聞こえてくる。
「ストライクツー!!」
 黄色いランプがもう一つ。
 第二高校の勝利まで、あと一球。

 カキーーン!!

 乾いた音とともに、ボールがセンター方向に大きく飛んだ。観客席がどよめいた。
 淳は、ボールを取ろうと必死に追う。そしてジャンプ。

 …アイツとの約束。


290 名前:【品評会用】アイツとの約束 2/4  ◆HylVMdjMWI 投稿日:2007/03/04(日) 15:36:25.49 ID:iaRN2eFf0
 時を遡ること三年。淳が中学生の時である。
 淳は、中学三年になって、引っ越してきた。それまで親しんできた前の中学校だったが、父親の転勤により、やむを得
ず引っ越すことになった。
 淳は、人見知りするほうで、新しい学校に行っても、友達が全然できなかった。
 ここじゃ、友達と上手くやっていける自信がない。やっぱり前の学校に戻りたい。
 淳は、だんだん元気がなくなっていた。

 そんな淳を元気付けていたのが、この中学の野球部だった。野球が好きだった淳にとって、ここは第二のクラスのよう
な存在だった。
 気温も上がり、日も長くなってきたある日、いつものように熱心に守備練習に取り組む淳に、
「おう! 熱心だな!」
 この日、淳はチームメートに初めて声を掛けられた。淳は
「うん、まあ」
と答えた。
「なあ、名前聞かしてくれない?」
「荒川。荒川淳っていうんだけど、お前は?」
「オレ安井雄輝。よろしくな!」
「よろしく!」
 この日から、淳は雄輝と仲良くなっていった。

 帰り道、二人は一緒だった。
「荒川、お前どこのクラス?」
「三年一組」
「え、ウソ!? オレと一緒じゃん!」
「あ、そうなの? でも俺上手く人としゃべれないんだよね」
「なんだよー、言ってくれればよかったのにー」
「あ、ごめん。俺こっちなんだ」
「おう! じゃあ、明日また!」
「うん、じゃあね!」
 淳は、その日から、学校が楽しみになった。やっぱり友達はいたほうがいい。

291 名前:【品評会用】アイツとの約束 3/4  ◆HylVMdjMWI 投稿日:2007/03/04(日) 15:37:04.18 ID:iaRN2eFf0
 淳は今日も無言で登校。しかし、昨日までとは違い、楽しみにしていることがあった。
 雄輝との会話。たったそれだけのことが、淳にとっては楽しみだった。
「おーす! お、来てんじゃん」
 雄輝が登校してきた。雄輝は、荷物を置くと、淳のところまで来た。
「おはよう、雄輝」
「淳、まだ一人なのか?」
 そういった、ある意味不思議な会話をしていると、一人のクラスメートが寄ってきた。
「安井、いつの間に仲良くなったんだ?」
「ん? ああ、こいつも野球やってるんだ。…おい淳、自己紹介ぐらいしっかりしとけ」
「荒川、淳です」
 …ゴツッ。
「いった…、なんで叩くの?」
「何で敬語なんだよ。クラスメートだろ? …あ、こいつちょっと人見知りみたいなんだ」
「あ、そうだったんだ。よろしく荒川! …あ、俺三田ね」
「よろしく、三田」
 …そんな感じで、やっとのことで、淳はクラスに打ち解けてきた。それも雄輝のお陰だ。

 しかし、ある日。いつも元気に登校してくる雄輝が、来なかった。朝のホームルームで、担任の先生が、
「安井君、交通事故に遭いました」
 淳は、ショックを隠せなかった。
 その日、学校からまっすぐ雄輝が入院している病院に向かった。病室の前に「安井 雄輝 様」と書いてある札があった。
「雄輝、大丈夫?」
 雄輝は、右足を複雑骨折していて、歩けない様子だった。
「お、淳。よかった、お前にちょっと言いたいことある」
 雄輝は、自分に起こったことをしっかりと理解して、大きな決断をしていた。そして一言、

「オレ、もう野球やめる」


292 名前:【品評会用】アイツとの約束 4/4  ◆HylVMdjMWI 投稿日:2007/03/04(日) 15:37:45.00 ID:iaRN2eFf0
 淳は、納得さえしていた。
「やっぱり、もう野球できないんだ…?」
「へ? いや、やろうと思えばできるんだが、単純にオレの気分だ。事故ったし、ちょうどいいかなって思って」
 淳は唖然とした。何かちょっと裏切られた気分になった。
「でも淳、お前は野球続けるだろ? お前なら約束してくれるだろ」
「何を?」
 雄輝は、少し間をおいて
「高校野球の地区大会に出ろ。オレはそんなお前の活躍が見たいからな」
 人見知りする淳が、ここまでクラスに打ち解けたのは、雄輝のお陰。雄輝には感謝している。
「うん、分かった。約束する」

 …アイツとの約束。


 ――ポシュッ。
 ボールは、淳の左手にはめたグラブにスッポリと収まっていた。

「ゲームセット!!」

 その瞬間、観客席から大歓声と拍手が沸きあがった。
 淳は、グラブに納まったボールをグラブで掴んだまま、ホームまで走った。

 こうして、第二高校は、準々決勝に駒を進めた。
 
 …そう。これが、本当に自分が果たすべき雄輝との約束。

 第二高校の、それから淳の高校野球は、まだまだ終わらない。
                              〜終〜



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