【 『背中は俺が守るから』 】
◆WtRViveWuA




279 名前:品評会用『背中は俺が守るから』1/5 ◆WtRViveWuA 投稿日:2007/03/04(日) 14:58:08.68 ID:nIg9dJlG0
 夜闇を切り裂く閃光は、その先に待つ番人を射殺さんとするようで。俺にはそれが、金色の龍に見えた。
「嘘だろ、あんなの」
 ――あんなの、止められるはずない。触れられるはずない。
 だが、雄叫びを上げて真っ直ぐに突き進む金の龍を、番人は正面に見据えて揺るがない。受けるというのだ。あの龍を。
 瞬間、番人の背後に巨像が浮かぶ。実像ではなく、虚像。虚像の巨像が。毘沙門を髣髴とさせる巌の巨人は、迫りくる龍に
その両掌を向け構える。龍が食い破るか、巨人が握りつぶすか。永遠にも思える時間、無限にも思える距離を詰め、今、相克する。
 刹那、轟音が響き渡ったようにも、世界から音が消えたようにも思う。炸裂する衝撃と光の奔流に呑まれ、ゆっくりと目を開いた時には
既に決着がついていた。そこには龍も、巨人の姿もない。ただ、番人の腕の中、色を失った龍の心臓だけが静かに眠っている。
結論から言えば番人の勝利。無論、そちらも無事ということはないようだったが。
 立ち込める白煙の中、番人と龍の飼い主が微かに笑う。どちらも少し悔しそうに、だがそれ以上に二人は喜んでいるのだと分かった。
二十人以上がいるその場において、二人の存在だけが明らかに異質であり。
「無茶苦茶だ……あいつら」
 それを遠目に見て、俺はただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。――これは本当に俺の知っているサッカーなんだろうか。

 全国でも屈指の強豪校との試合が決まったのが先週のこと。話でしか聞いたことのなかった噂のエースストライカー様の活躍ぶりを
拝見しようと、相手校の練習試合を見に行くことに決めたのが昨日。その対戦校もまた有名な強豪チームで、特にゴールキーパーが
非常に優秀だと聞いていた俺は、自分も同じポジションだということもあり、気合を入れて見学することにした。のだが。
「冗談じゃねえぞ、あんなもん受けられるか!」
 半ば八つ当たり気味に語気を荒げてしまったが、謝る気にもなれずそのまま押し黙る。試合後、帰り道のファミレスに寄って
見学に行った全員で話し合っていたのだが、俺が何より歯痒かったのが周りとの認識の不一致だった。その点では、俺が苛立ちを
ぶつけたのも八つ当たりではないと言えるかもしれない。
「落ち着けって。確かに狩谷のシュートは凄かったけど、そんな興奮するほどじゃなかっただろ」
 ……これだ。狩谷というのは件のエースストライカー様。狩谷巽という名なのだが、まあそれはいい。どうしてあれを見て平静を
保っていられるのか疑問だったのだが、どうやら周りの連中には龍も巨人も見えなかったそうだ。おかげでいかに二人の対決が
壮絶なものだったか、見解が食い違っているというわけだ。
「大体アイツ、ボール蹴る前に『喰らいやがれ』って言ったんだぞ。何で誰かにぶつけること前提なんだよ。おかしいだろ!」
「おまえ、前にたとえ自分の腕が折れようがもげようが、必ず俺がゴールは守ってみせるって言ってたじゃねえか」
「常識の範囲内での話だ! あんなの受けたら、もげるどころか消滅しちまう」
「とにかく! 森野、お前に出来なきゃウチの誰にも出来ないんだ。もう少しゆっくり考えてみてくれ。今日はもう解散しよう」
 主将がそう言って、話を切る。俺は納得いかなかったが、それでその場は解散となった。

281 名前:品評会用『背中は俺が守るから』2/5 ◆WtRViveWuA 投稿日:2007/03/04(日) 14:58:57.77 ID:nIg9dJlG0
 家に帰りついても俺の気持ちは少しも晴れなかった。ゆっくり考えろと言われても、あんなものを見せられてどうしろというんだ。
ベッドに横になりながら、思い返す。いくら考えてみても思考が良い方向へ向かうことはなく、寝付くことも出来そうにない。
「要ーっ! 起きてるー?」
 と、うだうだやっていると窓の方からお呼びがかかった。あいつ、まだ起きてたのか。
「ああ、起きてるよー」
 言いつつ窓まで行き、開く。正面には、いつもと同じように笑顔を浮かべる司がいた。
 俺の家と司の家は隣同士で、小さな頃からずっと一緒だったいわゆる幼なじみってやつで。俺の部屋と司の部屋はどちらも家の二階の
隣接面にあるから、こうしてお互いに窓を開くと顔をあわせることが出来る。俗に言う真性幼なじみ領域……いや、言わないか。
「あれ、まだ起きてたの? スポーツマンなのに夜更かししたらダメなんだよ」
「大きなお世話だ。ていうか何だ、自分から呼んどいて。寝ててほしかったんなら、もう寝るけど?」
「拗ねない拗ねない。もー、要はかわいいんだからぁ」
「お前に言われたくねーよ」
「えっ、それって――ボクがかわいいって、こと?」
 暫し沈黙。司が急に大人しくなったので、すぐに次の言葉が出てこない。司の方は、黙ったまま俺を見つめている。
 何だ、これは。なぜ顔を赤らめる。確かに司は、高校生にもなって大人びるどころかますますかわいらしくなってきている。
体つきは華奢だし、ショートカットが似合ってるし、その大きな猫目で恥ずかしそうにじっと見つめられると俺としてもその……。
「と、ところで何の用だったんだ? 何か用があるから呼んだんじゃないのか」
 自分と司をごまかすために、強引に話題を変えてみる。司は少しムッとした様子だったが、すぐにまた元通りに話し出してくれた。
「用ってワケじゃないんだけど、次の試合の相手、どうだったのかなって。……さっきの様子だと、何かあった?」
 さっきの様子、って窓開けたときの様子ってことか。話してるうちに俺自身今日のことは少し忘れかけてたってのに、こいつは。
 俺は、今日あったことをありのまま司に話した。隠せそうもないし、隠す理由もないし。話してるうちに気が楽になりそうだったから。
「――なるほど、その龍さんを要が受けなきゃいけないんだけど、それが出来そうにない、と」
 周りの誰も信じてくれなかった話を、司はすんなりと受け入れてくれた。そんなことが、何となく嬉しかったりする。
「でもさ、要だけに分かったってことは、逆に言えばそれだけ要がその二人に近いところにいるってことなんじゃないかな」
 そして、そう言って真っ直ぐ俺を見る。何も疑わない、本当に綺麗な瞳で。
「お前はホント、……前向きというか。いい性格してるよな」
「もしかしてボクのことバカにしてる?」
「一応、誉めたつもりだ」
「むぅ。……まだ、不安?」
「少しな。だいぶマシになったけど」

282 名前:品評会用『背中は俺が守るから』3/5 ◆WtRViveWuA 投稿日:2007/03/04(日) 14:59:56.47 ID:nIg9dJlG0
「ふっふっふー。しょうがないなぁ要は。じゃあ、さ。だらしないキミのために、当日はボクが応援しに行ってあげるよ!」
「なっ、来なくていいっての! あー、それに、残念だったな。当日は雨だそうだ」
「え゙っ、ウソ、ホント?」
 雨、と聞いた途端に司がしょげ返る。昔っから雨が大の苦手だからな、こいつ。俺としてもまだあまり自信はないし、正直、
司にかっこ悪いところはあまり見せたくない。今更ではあるが、まあ幼なじみの矜持ってやつで。
「うー……なんか要、ボクが行けないのに嬉しそう。要はボクの応援がなくても寂しくないの?」
「全然平気だ」
「もう、要のバカ! もういいよ、知らないっ。これでもくらえっ!」
 ぽす、と俺の胸に何か小さな物が投げつけられる。慌てて手に取ると、それは。……それは――えーっと、なんだ、これ。
「なんだこれは?」
「お守り! 下手くそで悪かったね! あー、もう、せっかく可愛く渡そうと思ってたのに要のせいで台無しだよっ。バカ! おやすみ!」
「あっ、ちょっ、待」
 言葉の途中でバタンと勢いよく窓が閉じ、そのままカーテンも閉められてしまった。取り残された俺は、一つため息をついて、
手の中のお守りを見る。こんなもん作ってくれてたのか。不器用なくせに無理しやがって。司を思い、つい笑みがこぼれる。しっかし。
「見れば見るほど、笑えるくらいへったくそだな」
「うるさい!」
 ……聞こえてしまったらしい。後で謝って、いや、お礼を言わないとな。俺は隣の窓に向かっておやすみを言い、眠りについた。

 しかしその後、俺も練習があってなかなかきっかけがつかめず、何となく険悪な状態が続いた。時間が解決するどころか、逆に
小さな溝はますます深く、気まずくなっていって、結局そのまま試合当日を迎えることになってしまった。

 朝から降り続く雨は徐々に強さを増し、前半戦が終わる頃には結構な勢いになっていた。
(司のやつ、何やってるかな。あいつのことだから、この雨じゃベッドで毛布にくるまってるかな)
 試合中はそちらに集中できるものの、少し時間が空くとすぐに司のことが気になってしまう。そんな自分に、自分でも少し呆れる。
「――から……おい、森野! 聞いてるか?」
「あ、ああ悪い」
「はぁ、まあいい。いいか。前半は理由は知らんが狩谷も出なかったし、何とか無失点で抑えることができた。
 だが後半も出ないとは限らん。俺達も何とかして必ず点を取ってみせるから、もし狩谷が出てきても」
「ああ、俺が必ず止めてみせる」
 言って、手をぎゅっと握る。手の中には、首からさげた司のお守り。そこで逃げたら、いよいよあいつに合わせる顔がないからな。

283 名前:品評会用『背中は俺が守るから』4/5 ◆WtRViveWuA 投稿日:2007/03/04(日) 15:00:37.57 ID:nIg9dJlG0
 本音を言えば、できれば狩谷にはこのまま出てこないでいてほしかったのだが。そんな淡い期待は見事に裏切られることになった。
 後半戦が始まって少しした頃、とうとう狩谷がフィールドに立った。それだけで周囲に緊張が走る。状況はまだ前半と変わらず
お互い無得点のまま。はっきり言って、俺たちはかなり健闘している。向こうもようやく本腰を入れてきたということだろう。
 そして狩谷にボールが渡った時、空気が変わった。向こうのチームのメンバーが皆一様に下がっていき、狩谷から距離を取る。
狩谷の立ち位置はまだセンターラインを少し割ったところ。蹴るというのだ、その場所から。……いや、あいつならそれも不思議じゃない。
仲間が俺のほうを見やる。俺は目配せして、向こうと同様に狩谷から距離を取らせた。そうして、さながらPKのような形で対峙する。
「ほう、止められると思うのか。面白い。ならばこちらも全力でいかせてもらおう。後悔しても知らんぞ!」
 言う間にも狩谷の右足にはどんどん力が集まっていく。重圧が空間を軋ませ、世界が歪む。知らず、足が震えていた。……俺は。
「避けられるものなら避けてみろ! 貴様は助かっても地球はコナゴナだーっ!」
 狩谷が足を振り上げる。轟々と降る雨は壁にもならないだろう。くそっ、震えるのは寒いからだ。視界をにじませるのは雨粒だ!
「龍ノ咆哮――ドラゴンズロア――!」
 狩谷の足がボールに触れた瞬間、辺りに閃光が奔り、龍の呻りのような爆音が響く。弾丸を放つその右足はまさに砲口。そして、龍が
放たれた。金色の龍は雨に乗り、暴力的なまでの威圧感で迫る。すがるようにお守りを握った。怖い。怖い。怖い。俺は……司――。
「要ーッ!」
 そのとき、懐かしい声が聞こえて、咄嗟に声のしたほうを振り向く。そこには、土砂降りの雨の中、俺を見つめる司がいた。
「司、……なんで」
「負けないで!」
 司の声が俺に届く。……ばかやろー。震えてるじゃねえか。そんなずぶ濡れになって。雨は苦手じゃなかったのかよ。お前は、ホントに。
「司! この試合が終わったら、結婚しよう!」
 気づいたら、俺はそう叫んでいた。どう言えばこの俺の気持ちを伝えられるのか分からなくて。
「えっ、で、でもっ。ボク、お、おとこのこ、だよ?」
 そう言って司はうつむく。でも、そんなこと関係ないんだ。たとえ法が、社会が、神が許さなくたって。俺は、俺はお前が。
「好きだ! 大好きだ、司!」
 降り止まない雨をかき消すくらいに大きく伝える。うつむいていた司は顔を上げて、俺のほうを見て、確かにコクリとうなずいた。
「ぼ、ボクも……ボクも大好きだよ! 要!」
 よかった。俺が絶対、守ってやるからな。お前のことも。――今、このゴールも。
 迫る金色を真っ直ぐに睨みつける。覚悟は決めた。もう怖くない。受けてたってやろうじゃないか。お前を止めるって、仲間と
約束したんだ。あいつが見てる前で、約束を守れないやつになるわけにはいかないんだよ!
 イメージするのは虎。龍を討つなら虎がいい、そんな程度の思いつき。でも、今の俺にはそれで十分な気がした。目前の龍に意識を
集中し、構える。喰うか、喰われるか。いざ。尋常に、――勝負!

284 名前:品評会用『背中は俺が守るから』5/5 ◆WtRViveWuA 投稿日:2007/03/04(日) 15:01:17.41 ID:nIg9dJlG0
 全てを呑み込むような激しい光を伴って龍が接近し、大きくその口を開ける。剥き出しの牙は殺意そのもので、少し気を抜くだけで
意識を根こそぎ持っていかれそうになる。だが、俺はまだ構えを崩さない。
 俺の実力では、安全に受けることは出来ないだろう。俺自身にも相当なダメージを覚悟しないと、それこそ肉を切らせて骨を断つくらいの
つもりで立ち向かわなければ、あれを止めることは出来ない。ギリギリまで引き寄せて、一撃で決める。
(ここだっ!)
 限界まで近づいた牙を紙一重でかわし、一瞬、龍の死角に入る。
「よし、今――がっ!」
 だが、攻撃に転じようとした俺の身体に鋭い爪が食い込む。口にばかり意識がいって油断していた。鈍く光る龍の瞳が再び俺の姿を捉え、
今度こそその身を喰らい尽くさんと襲い来る。もう考えている暇はない。俺はありったけの力を右手に込めた。これで、勝負が決まる。
「喰らいやがれ!」
 迫りくる龍の牙が俺に届くより一瞬早く、拳を突き出す。渾身の力で右拳を――虎の牙を――龍の眉間に突きたて、俺は意識を失った。

「――りの! おい、森野! しっかりしろ!」
 名前を呼ぶ声に徐々に意識が戻っていき、ぼんやりとした視界に主将の顔が映る。
「……ん、ああ。悪い……って、ぼ、ボールは! 俺」
「見事だった」
「うわっ」
 唐突に割って入った声に思わず驚く。俺の言葉を遮ったのは狩谷だった。立てるか、と手を差し伸べてくる。
「まさか止められるとは思わなかったぞ。要、といったな。もう一度言おう。見事だった」
「あ、ああ」
 司のほうを見ると、本当に嬉しそうに笑ってくれていた。目は真っ赤だったけど。そうか、俺、止められたのか。
 狩谷の手を取って立ち上がろうとすると、全身を激痛が走った。というか手を持ち上げるだけでかなりきつい。こりゃ、しばらくは
動けそうにないかもな。どうやって帰ろうかと、小さく苦笑する。でもそんな悩みが気にならないほど大きな達成感があった。
「だが、まだ試合が終わったわけではないぞ」
「え?」
 そんな俺に、何か聞き取りがたい言葉がかけられた。あの、今、何と?
「次は絶対に止めさせはせんからな!」
 いまだ弱まる気配のない雨の中。そう言って豪快に笑う狩谷は、まるで雲の切れ間から覗く太陽のようで。
俺にはその顔が、まぶしくてみえなかった。
                              −fin−



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