【 守るの生き恥 】
◆/7C0zzoEsE




240 名前:品評会用 守るの生き恥 (1/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/03/04(日) 08:13:28.74 ID:3U5G6nUv0
 今、俺は地獄の苦しみから解放されていた。
 ついニ、三分前までひたすら下唇を噛み締めていて、
授業が終わると同時に人気の少ない西トイレへと走る。
 何度挫けそうになったことか、
チャイムが鳴った時の安堵は何に例えることもできない。
 腹痛になったのなら、構わずトイレに行けば良いと大人は言うが、
彼らはいつも子供の世界を知らずに物を言う。
 腹痛でトイレにこもっているのがばれると、
たちまち犯罪者のような扱いを受けることになるというのに。
 悪意の塊のような屈辱のあだ名を、
下手すれば卒業まで言われるかもしれない。
 実際に、あの小学四年生の三ヶ月間ほど、
周りが飽きるまで嘲笑され続けていたのを鮮明に覚えている。
 不登校になってもおかしくなかった。
 せっかく、中学校生活は華やかに進んで、人気者になれたと言うのに……。
 授業中に、
「先生、大便行かせてください」
 だなんて死んでも言えるかという話だ。
 そんな事した日には、おそらく翌日からの級友達の一変する態度。
考えただけでも身震いしてしまう。
 俺の友である正露丸の効き目も虚しく、
そんな今日は大変危険な日だったという事だ。
 腹はまだ少し痛むが、次の授業に間に合わないでも一巻のお終い。
重たい頭を上げて目線を前にした、その時。

 ジリリリリリリリリリ

241 名前:品評会用 守るの生き恥 (2/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/03/04(日) 08:13:59.19 ID:3U5G6nUv0
 けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。
何が起こったか分からなかったが、次に顔面蒼白。
 これが夢でなかったら、勿論夢ではないのだが。
間違いなく防災ベルの物だろう。
 そして、抜き打ち避難訓練だなんて聞いた事が無い。
動揺している俺に、校内放送が聞こえてきた。

「理科実験室から火災発生。直ちに避難しなさい。これは訓練では無い。
繰り返す。理科実験室から火災発生……」
 これはやばい。正直に不味い。
とりあえず、一刻も早くここから避難しなければいけない。
目の前を見ると、トイレットペーパーが……空。なんて厄日だ! 
 個室のドアを開けて、挙動不審に周りを見渡し誰もいないことを確認する。
ズボンを穿けないまま隣の個室に移動して、尻を拭いた。
 なんで、この緊急事態にこんなみっとも無い事をしているんだ。俺は。
早く行かないと、俺だけが集合場所にいなくて面倒な事になる。
 まさかそこまで早く火の手は回らないだろう、
ドアノブに手をかけて廊下に出ようとした。
出ようとしたが、出られなかった。ドアが開かなかった。
 押しても引いても、叩いても捻ってもドアが開かない。
どうなっているんだ。焦りだけが募る一方で。
「くそっ!」
 思い切りドアを蹴ったら、ドアノブがとれてしまった。
何て柔なんだ。目頭が熱くなった。

242 名前:品評会用 守るの生き恥 (3/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/03/04(日) 08:14:23.45 ID:3U5G6nUv0
――それから数十分が経った。
 俺は何度もドアを打ち破ろうと試みたが、徒労に過ぎなかった。
そうこうしているうちに、煙だけは薄く入ってきて、
換気扇と窓のお陰で生き延びれている。
 かくなる上は、この窓から下へ移り渡るしかない。
そう何度も決心するが、ここは二階。落ちたら死亡、良くて重症。
 自分の意気地の無さがつくづく嫌になる。
 もう駄目だ、と諦めかけたその時。遠くに人が見えた。
耳を澄ませば、サイレンの音も聞こえる。消防車とはしご車も到着しているんだ。
 大きな声を出したら気付いてもらえる! それなのに反射的に伏せて隠れてしまった。
 なんで隠れているんだ? せっかく避難場から反対側のこちらを見つけてもらえるチャンスなのに。
これで助かるのに、これを逃すと死ぬかもしれないのに。
 それでも、トイレからはしご車で救われる自分を考えると、あまりに滑稽で情けないのだ。
 駄目だ、助けてもらえない。
 俺は自分の命よりもプライドを守るほうを優先するのか。
先立つ不幸をお許しください。

 朦朧とする意識の中で、俺はある新聞記事を想像した。
見出しにはこう書いてある。【男子中学生、トイレで非業の死。声を出せば助かったのに】
もしかすると、これもまた格好悪すぎるのではないだろうか。
 それと同時に、親父の言葉も浮かんできた。
「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」
 親父は、いつもそう言ってたよな。意味は分からなかったけど、
今ならなんとなく分かる気がする。
 俺はまだ死ねない。こんなところで死にたくない。
窓から顔を出して、声も枯れよとばかりに叫んだ。
「おおい! 助けてくれえ」

243 名前:品評会用 守るの生き恥 (4/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/03/04(日) 08:15:22.12 ID:3U5G6nUv0
 ふと外を見ると、ぎょっとした。
何故だろうか、すでに人がすぐそこにわらわらと集まっているのだ。
担任も友人も、俺の好きなあの娘まで。
 先程まで被害者だった皆が、今ではそのまま野次馬だ。
何て生き恥だろう。助かったら絶対引越ししよう。
 彼らは、叫びながら俺の方を指差している。
遠くに赤い車が見える。これで助かるんだな。
 しかし、どことなく違和感を覚えた。
彼らの指差すのが、俺よりも少し上方に……。 
「いやあ、落ちる!」
 落ちる? 頭いっぱいに疑問符を浮かべた俺は、
身を乗り出して空を見上げた。
 そこには、三階の窓から同じように、だらしなく身を乗り出している先輩の姿。
意識が無い様で、重力に従い、ずず……ずずずっと俺に近づいてくる。
 叫び声が耳障りだった。
 頭が真っ白だったが、必死に腕を伸ばした。

244 名前:品評会用 守るの生き恥 (5/5) ◆/7C0zzoEsE 投稿日:2007/03/04(日) 08:15:42.36 ID:3U5G6nUv0
後日、先輩からお礼の手紙が来た。
煙にやられたが脳に別状は無いらしい。
華奢な体で良かったと思う。体が軽くて助かった。
柔らかい体を抱いたとき、少し可愛いと思ってしまった。参る。
 先輩……、いや彼女も腹痛でトイレに篭っていたらしい。
しかし、二階、三階のトイレのドアが同時に開かなくなるだなんて、
なんの悪魔の仕業だろうか。
 人気のつかないトイレにはもう行かないと言う。まったく奇遇だ。
 救急隊員から、救い出されて皆の前に降り立った俺は英雄になった。
「彼女を救おうと思ったら、いてもたってもいられなかった」
 そうトイレにいた言い訳もできて、まったく助かったと思う。

 皆から尊敬の眼差しを浴びるようになった俺は、
お腹を壊した事ぐらいで決して揺るがない評価を皆から得られていることだろう。
 これこそ災い転じて福と成す。神様が俺を守ってくれているに違い無い。
だが二度と正露丸を飲み忘れる日は無い事と思う。
                           (了)



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