【 消えゆくわたくし 】
◆X3vAxc9Yu6




118 :No.34 消えゆくわたくし (1/3) ◇X3vAxc9Yu6:07/02/25 23:11:41 ID:6Tu5S6sN
轟音。
黒い塊がほんの目の前、数丈先に落ちた。
散弾ではなく砲弾であるので直撃しさえしなければ大したことはない。
ただ煙が上がって視界が悪くなるだけだ。
この際直撃した場合については考えてはならない。
爆発とともに破片が私の頬をかすって後ろに消えていく。
わあ。
わあ、と誰かが叫ぶのが聞こえてこれもすぐ消える。
また減ったか。
しかし足を止める暇などない。
こんどは煙の合間から赤い笠が現れ。
すわ、これは敵の。
私はわあ、わあと叫びながら刀を力一杯突きこんで、
驚いた瞳がくわと開いて私を見、引き抜いてまた走り出す。
再び私の手の先で振られる刀は少しゆがんでいる。
わあ。
わあ。

119 :No.34 消えゆくわたくし (2/3) ◇X3vAxc9Yu6:07/02/25 23:11:52 ID:6Tu5S6sN
敵だ、敵だあと悲鳴のような声があがってすぐ消える。
少しずつ私とともに走る足音が消えていくようだ。
しかしどこへ走っても敵の足音だけは消えぬ。
わあ。
わあ、ふぐ。
すぐ右で叫んでいた男が消えた。
こちらが薄い、
ここなら囲みを抜けられる、と言って絶望の内にいた我らを奮起させた指揮官殿。
あれはもう死んだか。
声が聞こえぬぞ。
もうあれが言っていた方向なぞ、どちらか分からぬ。
ただ走るのみ、斬るのみとなってしまった我らは狂牛か、
それとも湖に飛び込むあわれなたびねずみか。

煙の中にまた赤いものが見えて、私のからだはもうほとんど自動的に動いた。
切っ先は目の前に現れた男の腹に、真っ赤な一文字を引いて。
あ。
一声あげて倒れるそれを踏みつけてなお私は進む。
刀はまた少しゆがんでいる。
わあ、わあ。
もう叫んでいるのは私一人きりのようであった。

120 :No.34 消えゆくわたくし (3/3) ◇X3vAxc9Yu6:07/02/25 23:12:04 ID:6Tu5S6sN
そのとき、場を風が吹き抜けた。
当たりに立ちこむ真っ黒な煙が一息で吹き流され、
私の前に数えきれぬつわものどもが現れた。
赤い笠。地の果てまでが、血のような紅に染まっているようだ。
指揮官殿のお考えは、なぜ私たちは、どうしてこんなこと、くくく。
思考は茹でかたの甘い素麺みたいにぶつぶつ切れて。
頭のなかのどこかが麻痺してしまっているのか、私はわあ、わあと叫び続けた。
すぐに叫びは笑い声に変わった。
ゆがんだ刀身が私を勇気づけて、うなる。
敵はもう目の前だ。

風を切って走る刀を一つは受け止めて、返す刀で手首を落としてやった。
わは、わはは。
二つ目。これは止めるだけ。
わはははは、わあ。
三つ目を受けたとき、かちりと短い音がして、私の相棒は消えた。
わははははははは。
私はげらげら笑いながら半分になった刀を振り回したが、次はもう受けきれそうにない。
いくつもの白いえっぢが鮮やかに向かってくるのを、私はくちびるを力一杯釣り上げながら見ていた。

ずば。
鮮血が生まれて、すぐ消えた。



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