【 メイドさんと大きな刀 】
◆vMDm/ZpiU6




115 :No.33 メイドさんと大きな刀 (1/3) ◇vMDm/ZpiU6:07/02/25 23:10:06 ID:6Tu5S6sN
 大きな武器というのは、最近の流行なんだろうか。
 困惑する操縦士が指差す敵兵は、自分の背丈ほどもある太刀を背負っていた。
 それも、フリルがあしらわれた黒いメイド服を着込んだ女性だ。
 体型は小柄。長い髪は三つ編みされ、我々を見つめる眼差しは眼鏡越し。
まるでアニメの中から飛び出したかのような容姿だが、いかんせん背負ってるものが物騒。
 もっとも、日本刀の切れ味は凄まじいと聞くが、まさか戦車は切り裂けないだろう。
 どうするかを尋ねてくる操縦士に無視するように伝えると、彼女を迂回するように戦車が動き出す。
 私も何もなかったことにしようと視線を外そうとした、その時だ。
 彼女の手が柄に伸びたかと思った次の瞬間、金属同士が擦れあう耳障りな音が響いた。
 何事かと操縦士に聞いても、返事はない。彼はすでに真っ二つになっていたから。
 車内がわずかに明るくなる。横一線に引かれた切り口から光が差し込んでいるのだ。
 エンジンが後ろに積まれているためか、爆発は起こらなかったが、キャタピラが外れ、
車体が地面に沈んだ震動が私を襲う。
 これが一瞬の出来事。ほんの僅かな時間で、戦車が一台斬り捨てられたのだ。
 いや、斬り捨てられたと断言するには早計だ。彼女がやったとは限らない。
 では一体何が起こったのか。
 好奇心だったのか、単に状況を知りたかったのか、私は未だうねりを上げ続ける戦車から這い出て、
先ほどまで彼女が立っていたところに目をやる。
 果たして、彼女は抜き身の太刀を構え、そこにいた。

116 :No.33 メイドさんと大きな刀 (2/3) ◇vMDm/ZpiU6:07/02/25 23:10:28 ID:6Tu5S6sN
 その切っ先を私に向け、いつ飛び込んできてもおかしくない体勢でそこにいた。
 両手を挙げても無駄だ。彼女の獣のような眼光は、私にそう語りかけてるような気がしてならない。
 彼女だ。私は確信した。あまりにも理不尽な、あのメイド服のサムライによって戦車がやられた。
 しかし、彼女は両手を挙げる代わりに十字を切った私を斬り捨てることはしなかった。
 何故かと問うと、彼女は戦車だけを斬るように命令されていると無感情に答えた。
その淡々とした無機質な様子に、私の頭の中で閃くものがあった。最近出回っている噂だ。
 いわく、敵国には戦争孤児を拾い集め、洗脳や薬物、機械化等によって強化し、
最強の改造人間に仕立て上げんとする組織がある。
 私の目の前にいる彼女はきっと、その産物に違いない。
でなければ、生身の人間があのような巨大な刀を振り回し、あまつさえ戦車を斬り捨てるなど考えられない。
 きっと、対戦車に特化されているのだ、あの化け物は。そうでなければこれは夢だ。
 さて、戦車は使い物にならず、私に抵抗の意思がないと判断したのか、彼女は太刀を納める。
もう私には興味がない、というより、もともと中に入っている人間は眼中にないのかもしれない。
 もしかしたら、戦車を潰した時点で敵には武器がないとでも思っているのだろうか。
 それはそうだろう。あんな見事に一刀両断されたら乗組員も真っ二つか、当たり所によっては爆発炎上。
私が生きている方が不思議なのだ。もしかしたら、彼女もあの無表情の裏で困惑しているのだろうか。
 だとすれば。
 私は出来るだけ音を立てぬよう、腰に下げていた軍刀を抜き、この場を去ろうと踵を返した彼女に近付く。
 斬り捨てるには背中の太刀が邪魔。刺すにも一撃で致命傷を与えられるとは限らない。
 だがせめて一太刀、一太刀でも浴びせなければ気が済まなかった。
 モノとして扱われるがゆえに、主人以外の人間をモノとしか見ないこいつらを斬らなければならない。
 案の定、すぐ背後まで来ても奴は私に気付かない。
 私が雄叫びを上げることにより、ようやく振り返った化け物に斬りかかった。

117 :No.33 メイドさんと大きな刀 (3/3) ◇vMDm/ZpiU6:07/02/25 23:10:40 ID:6Tu5S6sN
 突然背後で雄叫びが上がり、思わず振り返ってしまいました。
 振り返った先には、先に始末した敵戦力の中の人。
私らとよく似た格好をしたお方が、私に刃を振り下ろさんとしていました。
 やはり、送り出し教育の際に教官が言っておられたことは本当だったようです。
 いわく、敵国の兵士は血も涙も乾き切った非情の戦闘生物。情けをかければ背中からやられる。
 わざと動力部を外したのは、間違いでした。
 彼女は獣のような眼差しで私を見据え、抜き身の軍刀を振り下ろす。避けるにも防ぐにも遅い。
 でしたら。
 私は背中の刀に手をやると、せめて一太刀浴びせようと一気に抜き放ちます。
 それとほぼ同時に、彼女の軍刀が肩から腰にかけて私を切り裂きました。
 突き抜ける激痛と霞が掛かる視界の先、同じように切り裂かれる彼女の姿が見えました。

 嗚呼、そういえば。
 血潮を噴出し、折り重なるように倒れていく二人のメイド。
 生まれも育ちも違う彼女らは、共に己の主人を思い出しながらその若い命を散らした。
 奇しくも、彼女らの主人は同じことを言って聞かせていた。
 いわく、どんなに戦っても後に残るのは悔恨だけ。お前たちは命を大事にしなさい。
 それを今更思い出したのか、二人のメイドは主人の言葉通り、強い後悔を胸に抱きこの世を去った。
 戦場には、彼女らの墓標のように二本の刀が残る。

 終



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