【 無銘刀・与奪 】
◆KDz1zjd2wI




108 :No.31 無銘刀・与奪 (1/3) ◇KDz1zjd2wI:07/02/25 23:04:27 ID:6Tu5S6sN
 刀が一振りあればそれでいい。それだけで強く生きていける。
 刀だけで生きていけないのなら、その刀で必要なものを奪えばいい。

 最初に奪われたのは両親だった。父は戦で、母は病で。
 姉が涙を流しているのを見て、私も泣いた。きっと私は大切な何かを奪われたのだろうと泣いた。
 次に奪われたのは姉だった。親代わりの男女が笑いながら姉を人へと売り渡したのだ。まだ幼すぎた私はど
こにも売れず、その男女に家畜同様の扱いで飼われることとなった。

 気に入らないと腹を蹴られ、仕事が遅いと顔を殴られる。それが私の日常だった。いつ殺されてもおかしく
ない。部屋の片隅で震えながら過ごすことが当たり前になったとき、いつしか私は感情を奪われた。
 ただ漠然と、命を奪われる瞬間を待つだけ。恐怖もなければ悲哀もない。感情はもう、奪われているのだか
ら。そんな日々が何年か続いた。
 数年の年月を経ると、私の体は嫌でも女になっていた。適度に膨らんだ乳房。丸みをおびる体。低くならな
い声。月に一度やってくる奇妙な病気。何もかも煩わしい。また奪われるものができてしまった。
 今まで以上に虐待に手が込み始める母親代わりに、今よりも少しだけ大人しくなり妙な視線を送ってくる父
親代わり。私もきっと、もう少しで売り飛ばされるのだろう。
 それもいいのかもしれない。今よりはきっと恵まれた場所だろう。どんな場所でも。

 いつごろか、いつものように虐待を受けていた日。男のほうがある提案を女の方にした。
 犯してしまおう、と。私にはよく理解できなかった。この二人は夫婦なはずなのだ。それなのに、こんな家
畜同然のような女と体を交えてしまうことなど、許すはずもない。十年の付き合いでこの女が嫉妬深いことは
わかっている。
 そのはずだった。しかし、女はその顔を醜く歪めて頷いた。
 奪われたはずの感情が、一瞬だけ戻ってきた気がした。
 女の返事に気をよくした男が、鼻唄まじりに倉庫の方へと歩いていく。私は体を小動物のように震わせて、
ただ残された女のほうを見ることしか出来なかった。
 結論から言ってしまえば、男の性癖が異常なくらい特殊だっただけの話。そして、この二人の間には愛とい
うもの存在していなかった。女の死体に性的興奮を覚える。ただ、それだけの話だった。
 刃物というものを始めて見たのはその時だった。私でも簡単に振り回せそうなくらいの小振りな刀。それを
男は持って再び現れた。

109 :No.31 無銘刀・与奪 (2/3) ◇KDz1zjd2wI:07/02/25 23:04:40 ID:6Tu5S6sN
 わずかな高揚感をその時なぜか覚えた。しかし、それ以上に感じたのは私という存在の終わり。
 ここなのか、と思った。最後に私の持っている全てを奪われる瞬間は。
 服はとっくに剥がされた。体は女の方に押えつけられて身動きもとることが出来ない。殺されて、犯される。
そんな恐怖に支配されることもなく、私はただひたすら男の持っている刀をひたすらに凝視した。 
 じわり、じわりと強くなっていく高揚感。同時に湧き上がる疑問。
 なぜ、私だけが奪われる。どうしてこの男と女は何も奪われない。私はもう、これでもかというくらい奪わ
れているのに。父の笑顔も、母の温もりも、姉の優しさも。
 一歩一歩刀を持って近づいてくる男、女は下品な笑い声を上げて私を罵倒する。死ね、死ね、と。
 そんなにも奪って、まだ奪い足りないのだろうか。この二人は。なら、いくらでも奪っていくといい。
 だけど、その代わりそっちにも知ってもらう。奪われるということの辛さを。
 
 最初から抵抗などしていなかったので、女を振り払うのは簡単だった。形だけ押さえ込んでいた女は軽く唾
をかけるだけで怯んだ。そこからを腹を思い切り足蹴にしてやる。すると、甲高い悲鳴を上げて吹き飛んだ。
 あまりに一瞬の出来事に男のほうも怯む。呆然としている男の懐に入り込み、刀を持っている方の手に噛み
付く。男が奇声を上げると、刀は床にごとん、と落ちた。
 男を突き飛ばし、刀をようやく手に取る。これが、初めて人から何かを奪った瞬間。
 信じられない高揚感だった。空だった心が満たされていく。
 少し首の関節が壊れたからくり人形のような動作で、私は男の方を見た。ひ。それだけ聞こえた。まだこの
男は持っている。奪えるものを持っている。少し心が潤うと、今度は倍の速さで心が乾いていく。
 次の行動は自分でも驚くくらい早かった。今までの虐待の経験で、私が蹴られて痛いと思ったところを思い
切り突き刺した。頭の辺りだったかもしれないし、首の辺りだったかもしれない。一度目はグサ、という音。
そして同時によく見え覚えのある色が刀を突き刺した部分から溢れ出た。二度目はズプ、という音。三度目以
降はあまり音がしなかった。やめて、やめて、と力なく上げる声を聞くと私はこの男から何かを奪っていると
いう実感を得ることができた。十数回を越えた辺りで、男は声を発さなくなった。
 もう奪いつくしたのだろう。だけど、まだ足りない。
 先ほどより幾ばくか素早い動きで女の方へと向く。だらしもなく尿を垂らして歯をがちがちと震わせこちら
を見ている。今にも命乞いをしそうな様子だった。少しだけ肌寒い。裸じゃ街も歩けないから、あとで服も奪
っていこう。

110 :No.31 無銘刀・与奪 (3/3) ◇KDz1zjd2wI:07/02/25 23:05:06 ID:6Tu5S6sN

 当たり前のように、女からも全てを奪ってやった。男の時みたいに一度にやってしまうと奪う楽しみが一度
に減ってしまう。だから、少しずつ、少しずつ。最後の最後まで声が出せるように削るように奪った。
 空の心はきっと、何年も満たされずに寂しい思いをしていた。だから今、空じゃないことに異様なまでに歓
喜を覚えている。
 私はきっと、どこかで壊れてしまったのだろう。だけど、それでいい。
 その代わりに得た快楽が、あまりに快感すぎて、癖になってしまったようだ。
 血で汚れた体を水で洗い流し、刀についた血も水で洗い流す。高揚が未だ収まらない。なるほど、だから二
人は私から奪い続けてきたのか。心が潤っては乾いていく。まだまだ奪い足りない。
 私は、初めて人から奪った証を握り締めて、一人呟く。
 ねえ、一緒にもっともらいに行こうか。私は奪えればそれでいい。何もいらないよ。全部あなたにあげる。
 刀はギラギラと妖しく光る。頷いているように私には見えた。
 うん、そうだね。それじゃあ行こう。
 刀は、何も答えなかった。



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