【 祖父の刀 】
◆OKQi8UqPOQ




104 :No.29 祖父の刀 (1/3) ◇OKQi8UqPOQ :07/02/25 22:49:21 ID:6Tu5S6sN
 ある日海外から荷物が届けられた。やけに長い包みである。
最初は驚いたが荷物と一緒に届けられた手紙に書いてある名前を見て本当に送ってきたのか、とまた驚いた。
ちょうど夏休みだし、その荷物を持って実家へと向かう。
 都会の淀んだ空気から離れ、列車に揺られる事数時間。
列車から流れる風景は昔よりもだいぶかけ離れているが、実家に近づくに連れ瞼の裏に焼きついた風景と重なり始める。
「家の周辺は何一つ変わってないんだろうなぁ」
 手元の長い包みに話し掛ける。
無論なにも返事はしないが少なからず喜んでいる、そんな気がした。
「きっとお前の知ってる風景のままだよ」
 実家のある駅まで後数分、窓を見れば遠目に海が見えてきた。
 ホームに降り立つと潮の香りが、いっそう濃くなり鼻をくすぐる。
寂れたホームにがらんとした海岸、陸に上がった小船まであの頃のままである。
実家に行くまでの道をわざと脇にそれ、思い出を引き出すように町の中をうろつく。
駅前はコンビニができていることと、道路が敷き直されていること以外はさほど町並みは変わらない。
「おや、トシ君かね?」
 気の向くままに歩いていたら寺の前にきていた。
この寺は戦前からあるボロ寺で、管理人のマサさんがよく境内と前の歩道を毎日掃除していて、今それが終わって帰るところらしい。
「いやぁ本当に久しぶりだ、昔はタケさんに連れられてよく遊びに来てたねぇ」
 昔を懐かしむように目を細めて言う。
この寺は幼少の頃に祖父に連れられよく遊びにきていた。
遊び疲れて境内にある石のイスに腰をおろしている時にいろいろな話を聞いた。
祖父が子供の時の話や祖母と結婚した時の話、戦争に行って捕虜になった話に戦争から帰ってきて漁師になった話。
どれも少し誇張の入ったよくある自慢話、身振り手振りを交え、時々大立ち回りをするかのように立ち上がっては孫相手に熱く語っていた。
ただ、捕虜になった話をし終えるといつも、
「あれの持ち主は今も元気でおられるのか、あれをあげた事で何か迷惑を与えてしまったのではないか、それだけが今も気掛かりだのう」
 悲しそうにそう言っていたのは良く覚えている。
「ところでトシ君、今日はまたどうしたんだい?」
「ああ、祖父にこれを届けに来たんです。アメリカからの贈り物で、それじゃ、すいません」
 管理人さんの脇を通って実家に向かおうとするとマサさんが呼び止める。

105 :No.29 祖父の刀 (2/3) ◇OKQi8UqPOQ :07/02/25 22:51:14 ID:6Tu5S6sN
「トシ君、トメさんのお墓参りはしたらどうだい、一番最初に尋ねてあげたら喜ぶと思うよ」
 ニカっと笑ってマサさんは歩いて行く。
それもそうだと思い、境内の奥から墓地に向かう。
 祖母の墓は墓地の中ほどにある。
墓のある所に行くと先客がいた。花と線香を供えて、首を下げている。
近づいてくる足音に気づいたのか、首を持ち上げこちらを見る。
「トシじゃないか、どうしたこんな所に来て、ばあさんの墓参りに来てくれたのかい」
 やはり祖父が立っていた。
年齢も86になるが、腰は曲がっておらず背筋をまっすぐとしている姿は昔のままだ。
「うん。そうだよ」
 答えると、線香をさっと渡された。
僕は線香に火を点してお墓にお供えしてから手を合わし、祖父もしゃがんで一緒に手を合わす。
「さて、それじゃそろそろ家に帰るとするかい」
 腰を上げて祖父は歩き出し、その後に続く。
石のイスの所にくるとそこに祖父は腰をおろす。
「ところで気になってたんじゃが、そりゃなんじゃ」
 僕の持っている長い包みを指差して聞く。
「ああ、これはアメリカの友人がじいちゃんに、って届けられた物だよ」
「わしにか、米国に知り合いなどおったかのう」
 首を傾げる祖父に包みを渡す。
受け取った祖父ははっと顔を私に向けた。
そして、包みを開けるとそこには一本の刀があった。
 それを手に取り柄に手を当てて刀身を引き出す。
刀身の腹を確認するように何度もひっくり返し、鞘に戻す。
「間違いない、これはわしが戦地で彼にあげた物。これをなぜトシが持っている」
 僕は答えず一枚の手紙を渡す。
それを無言で祖父は受け取り、手紙を開いて目を通す。
 読み終えたのか祖父は目を瞑っている。
そして瞼を開けた祖父の目は潤んでいた。

106 :No.29 祖父の刀 (3/3) ◇OKQi8UqPOQ :07/02/25 22:51:31 ID:6Tu5S6sN
「そうか、息災に生きておられたか」
 感極まっていたのか手から手紙が零れ落ちる。
それを拾って見ると英文の下に日本語が書いてあり、それを読む。
「三船武市様、私はあなたにあやまらなくればいけません。
捕虜となり病気を患ったあなたを介護し、それに恩を感じたあなたが、私が本国に帰還するあの日に渡してくれたこの日本刀。
私はこれを記念にくれたのだと勘違いして、気安く受け取りそして物置に置いて今の今まで埃を被らせていました。
ある日私の孫がこの日本刀を見つけ、そして私を叱りました。おじいちゃんはこれを渡したことの意味がわかっていないと。
日本人にとって刀は魂でありその魂をおじいちゃんに託したんだ、それなのにおじいちゃんはこれを物置の隅で埃まみれにさせていたのかと。
今思い返せばほかに私に授けられるものもなく、あるのはあなたの魂でもある日本刀のみ。
2,3迷いながらも感謝の念を込めて私に渡したことは身を切るよりも辛い事だったのかも知れない。
それなのに私はなんと愚かなことをしていたのでしょう。孫に言われてやっと気づいた私は米日の戦友会を通じてあなたを探してもらい、
そして戦友の一人の孫があなたのお孫さんと知り合いだということで、それらを通じてこの日本刀をあなたにお返しします。
本来なら私自ら尋ねるべきなのですが、果たしてあなたの魂にこのような扱いをした私にその資格があるのか、と思い、
まずあなたのお孫さんに日本刀と手紙を託してあなたに届けてくれるように頼みました。
この手紙を読んでもし、もし私を許してくださるのならば来月行われる、米日の戦友会の集まりに顔を出して頂きたい、と思っています。
それでは、お互い健やかに生きていられることを。 異国にいるあなたの戦友 ロバート・B・コリンズ」
「許すも何も、ただただ生きておられる。それだけでわしは十分じゃよ」
 祖父は刀を天に掲げる。
その時、空は晴れているのにぱらぱらと雨が降った。
降ったのはほんの一瞬で土を湿らす事もないほどであった。
「はは、そうか。お前も嬉しいのだな、彼とわしの心を繋ぐことができて」
 祖父の方を振り返れば、祖父は掲げた刀を見ている。
掲げた刀のつばから水が滴り落ちる、まるで嬉し涙を流してるかのように。

おしまい



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