99 :No.28 砂、上空から (1/5) ◇iiApvk.OIw:07/02/25 22:25:46 ID:6Tu5S6sN
目隠しをされた状態での旅路というのは、予想以上に
辛い。時間も空間も、そして自分自身も時に分からなくなる。
ひんやりとした手錠の重みにももう慣れた。しかし、この暗闇だけは
全く慣れる気がしなかった。
ただ、この拷問のような連行もそろそろ終わりを迎えそうだ。
明らかにどこかにたどり着いたという雰囲気がしたからだ。
何者かによって目隠しが外された。久し振りに見た光景は
ひどく暗い部屋で、今までの闇と大差がないと思った。
しかし、わずかに漂う微かな光ですら今は眩しい。
目の前には一台の机があり、その上には何か二つの物が置かれていた。
その横を固めるように二人の人間の影が見える。
そのうちの一人が手を天井に伸ばし、同時に刺すような光が俺の目を襲った。
蛍光灯を付けたのだろう。しかし、その光は今の俺にとっては厳しく、
目を閉じざるをえなかった。
俺は金目当てで人を五人殺した。
いずれも面識がなく、そして未だに自分が殺した人間がどのような
人生を歩んでいたのかを知らない。知っているのは、その人間たちが放った
最後の断末魔だけだ。それ以上のことは興味がないし、知ったからといって
何もないだろう。俺は法によって死を宣告された。
ようやく目が慣れてきたようだ。わずかに目を開いて最初に視界に入って
きたのは、巨大な宝石と思わしき輝いた石と、脇差というのだろうか、白銀色に
光る比較的短い日本刀だった。
100 :No.28 砂、上空から (2/5) ◇iiApvk.OIw:07/02/25 22:25:57 ID:6Tu5S6sN
俺はこれから砂漠に放たれるらしい。
処刑方法としては随分、古典的なものだと思った。ただ、それは
処刑側も感じているらしく少し工夫が施されていた。
まず、万が一砂漠から脱出できた場合、俺は釈放されこの巨大な
宝石をもらえることになっている。これが俺に与えられた、唯一の
希望だそうだ。逆に絶望を感じたときに備え、この日本刀が
与えられているらしい。
自害しろということだろうか。それだったら銃でも渡して欲しかったが、
そう簡単には死なせないということだろう。
そして俺の処刑模様はある特定の層に衛星にて中継される。
人の死に様を見るのを娯楽と感じる人間は多いらしく、そんな奴らと
俺との境目など薄膜程度にしかないのだと思う。
品物の確認を終えたと同時に、後ろにいた男が俺の首筋に何かを注射した。
意識が遠のいていく。
101 :No.28 砂、上空から (3/5) ◇iiApvk.OIw:07/02/25 22:26:09 ID:6Tu5S6sN
気付いたら砂漠に横たわっていた。焼けた砂粒の熱さは、俺を目覚めさせるには
十分すぎるほど刺激的だった。不快になり立ち上がると、陽炎の向こうに去ってゆく
ジープの姿がわずかに確認できた。やがてジープは完全に見えなくなり、砂漠には
俺一人になった。
足元にバッグが落ちていた。拾って中を確認してみると、少量の水と食料、
そして巨大な宝石と刀が入っていた。
俺がどのタイミングで食料を食らい、そして水を飲むのか、または
腹を自ら掻っ切るのか。視聴者はその無駄な決断を観たいんだろう。
どちらにせよ、俺が生還するようなストーリーは望んでいないし、そして
それが出来るような場所に俺を放置するとは思えない。
たとえ俺が脱出までの最短ルートを正確に進み、そして過酷な環境に
耐えられる屈強な肉体を持っていたとしても、死ぬ運命にあることに
変わりはないだろう。
それにしてもこの熱さは耐えられない。
俺は最初、奴らの期待を裏切るように平然と死んでみせようと思っていた。
しかし果たしてそれが出来るであろうか。
この全身を包む暴力的な熱気の前に、人間としての理性は俺が死ぬまで
生き延びられるであろうか。
進むべき道は見当たらないが、太陽の方角を目指して歩き始めた。
102 :No.28 砂、上空から (4/5) ◇iiApvk.OIw:07/02/25 22:26:25 ID:6Tu5S6sN
全身がすでに悲鳴を上げていた。
喉はすでに水分の補給が困難になっており、唾を飲み込むことさえ
苦痛であった。バッグの中のわずかな水に手が伸びかけたが、飲むには
至らなかった。
飲むタイミングを考えたのではない。
絶望を感じたくなかったのだ。
俺は確実に死ぬ。しかし、死ぬまでの僅かな期間を恐怖の気持ちに
占拠されたくはなかった。体が脱水症状を起こし、もう助からないと
思った時に水を飲みたい。それが最も理想的な死に方だと思った。
俺のこの処刑模様を見ている連中は、俺がどのような死を選ぶのかに
興味があるのだろう。その中で最も愉快な死に方はおそらく、あるはずのない
水を求めてもがき苦しみながら息絶えるといった類のものだ。
または脇差で体を中途半端に切り刻み、苦痛の中死んでいくのも
楽しいに違いない。切腹のような綺麗な死にはならないだろう。
そう考えると、俺は奴らが日本刀を渡した理由が分かってきた。
この刀は視聴者への反逆から高貴な死を選ぼうとする囚人への究極の
皮肉だ。名誉ある死を選んだはずが、悶えながら凄惨な最期を迎える。
そのギャップは目の肥えた視聴者すら満足させる最高のネタに違いない。
だから、気品のある日本刀なのだ。
103 :No.28 砂、上空から (5/5) ◇iiApvk.OIw:07/02/25 22:26:43 ID:6Tu5S6sN
熱気は皮膚と心を焼いていった。気が付くと俺は貴重な水分を
飲み干していた。死に様などといった悠長なことを考える余裕は
やはり無くなっていた。囚人に死を選ぶ権利など、最初から無かったのだ。
バッグの中を見る。残っているのは手付かずの食料と、そして宝石だ。
宝石を手に取って見る。これも最高の皮肉だ。何の価値もここではない。
お前が人を殺してまで欲しがっていた物はこの程度のものだ、とでも
言いたかったのだろうか。俺は無性に腹が立ち、宝石を地面に投げ捨てた。
そして日本刀を手に取り、地面の宝石に向かって振り下ろした。
すると驚くことに亀裂が入ったのだ。しかもそれは人工的な亀裂であり、
宝石をちょうど真っ二つにするようなものであった。俺が再び宝石を手に取ると、
上半分が取れかかっており、少し引っ張ると完全に上部が取れた。
そしてその下部をよく見ると、その形状は容器のようになっており
中に液体が入っていた。どうやらこれは宝石ではなかったようだ。
考えてみれば当たり前で、死刑囚に高価な物を渡すはずがない。
俺は液体をじっと眺めた。透明で匂いもしない。
しかし、何か特別な意味があるに違いないと思った。
それを期待して、俺は液体を一気に飲み干した。
そして地面に横になり、灼熱に汚染された空を見上げた。
このまま砂になりたい。いつ砂になれるのだろうか。
永遠のように長い時間が過ぎた気がしたが、それでも期待していたような
劇的な変化はなかった。あの液体は俺を地獄に連れていってくれるような
救いの毒ではなく、ただの水だったのだ。
俺は無性に悔しくなり、そして体に残る僅かな水分をひねり出して
涙を流した。この涙は、奴らにとって最高に愉快なのだろうか。