【 あしのはら 】
◆NgjLcVz3ys




71 :あしのはら 1/2  ◇NgjLcVz3ys:07/02/25 11:36:11 ID:P8GIJP6V
 そこには、おおくの葦がなる。
 種子を宿して雨を飲み、天に追いつけ雲を抜けと、高くたかく育った葦の原。
 葦の間に虫がいる。蛙がいれば、蛇もいる。時折、なにかが死んでいる。
 そこは不思議と、おおくの命で溢れていた。
 風が原をなで、葦が右へ左へ、身をよじる。
 土のにおいを撒き散らし、空の彼方へ運び去る。
 やがて、においに誘われて、男がひとり原をゆく。葦と葦とをかき分けて、その身ひとつで原をゆく。
 男は旅人であった。
 ふたつの足で国を渡り、土を、岩を、川をまたいで、先へ先へと道をゆく。
 男には武勇があった。
 ふたつの足で難所を渡り、丘を、山を、沼をまたいで、次よ次よと苦を背負う。
 つらい難所を越えた先、里の人らに武勇を語り、宿で酒と女に食いついて、明け方ひとりで里をでる。
 それが楽しく、それしか知らず。男は毎日くり返す。
 葦の原を抜けた先で、男は噂を耳にした。

 遠く東にて原がある。この地の原の葦のよに、高くたかくと伸びる葦。
 人が越えたと歌はなく、ゆく人あれど便りなし。
 遠く西の山がいう。東の原は染まりゆく。赤くあかく染まりゆく。

 男は噂にうなずいた。足は東へと動きだす。身体はそれについていく。

72 :No.20 あしのはら 2/2  ◇NgjLcVz3ys:07/02/25 11:37:02 ID:P8GIJP6V
 指折り数えて時数え、眠りについては時忘れ。
 見知った昼と見飽きた夜とを交互に目にし、長いながい旅の末、人の形さえ懐かしむ頃、朝もやの中で男は果たして、葦の原を見た。
 いつか見た葦の原。それは命に溢れた恵みの土地であったと記憶している。
 しかし、高くたかくと伸びた葦は、近くで見れば鋭い刃物のよう。
 ひとつ試しと触れてみる。触れた指に痛みはない。目を細めてようく見れば、縦にできた筋がある。やがて痛みもおとずれる。
 これは葦などではない。
 高くたかくと伸びた刀。視界一面、刀の原が広がっているのだ。
 切っ先を天にむけ、身を反らす刀の様は、まるで風を受ける稲のよう。だが、この稲は風をも切り裂き、その身をよじることもない。
 時折、強い風にあたり、かちかちと金属の擦れる音が鳴り響く。
 男の顔に余裕はない。かといって、逃げられない。蛇ににらまれた蛙のよに、この奇妙な光景が男を捕らえ、放そうとしない。
 息をゆっくりと吐き出し、唇を震わせながら、覚悟を決める。逃げられないのなら、踏み越えるまでと。
 男はそうっと足を原の中へと踏み入れた。
 地べたから突き出た刀を押しのけて、それでも身体のあちらこちらを切り刻みながら、男は進んだ。
 もはや後ろも前もない。がむしゃらに進むだけ。刀を押しのけ進むだけ。
 だが、悪いことは唐突にやってくるものである。
 前ばかり見ていた男は、急になにかにつまずいた。それが運の尽きであった。
 姿勢を崩して、身体が前のめりに倒れる。その先には、刀が。
 刀に触れた腕がするりと離れていく。
 それだけで済むはずもなく、身体の至るところを刀が通り抜けていく。
 地べたにつく頃には、男の五体はばらばらにされてしまっていた。
 赤く染まった地べたに落ちた男の顔。ふたつの目玉が、先につまずいたなにかを見据えている。
 それは、今の自分の末路を示すよな、白い頭蓋であった。

 遠く東にて原がある。この地の原の葦のよに、高くたかくと伸びる葦。
 人が越えたと歌はなく、ゆく人あれど便りなし。
 遠く西の山がいう。今日も日の本は赤かった。明日もひとりそこへゆく。明日もきっと赤いだろう。


 おわり



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