【 本当の気持ち 】
◆alB3HOhOa.




64 :No.18 本当の気持ち 1/5 ◇alB3HOhOa. :07/02/25 01:27:59 ID:P8GIJP6V
 本当にもう、勘弁してくださいよ。正直キツイんです、実際。
 何で親は子供を、物は持ち主を選べないんでしょうね。私の主人、あれは最低の人です。人間じゃなけど。
 私は人間を斬る為に二百年くらい前に作られた、あくまで対人武器ですよ。確かに斬鉄剣なんて大層な名前を
付けられた事もあります。
 けどね、巨大ロボットを叩き切るのはどうなんですか。
 考えてもみてください。
 私の長さは三尺足らず、九十センチくらい。対して、ロボットは高さ五十メートル。
 単位が違いますよ。
 何かもう、超科学的な力が働いてるとしか言えませんね。
 私の主人、宇宙人ですし。

 五体の車のような物が変形して合体。中の人は大丈夫なんだろうかと心配してみます。最初から一体として
作った方が、コストや強度的に良いんじゃないかとも思ったり。
 とにかく、異様にカラフルでゴテゴテした巨大ロボットが現れました。
 普通、怪獣が悪あがきに巨大化してから呼ぶものでしょうに。
 ところが相手の、自称正義の味方達は、私の主人に対して容赦ありません。
 生身で戦える相手じゃない、と何度か負けて悟ったようです。
 さて一方、私の主人はと言うと。
 遥か上方から見下ろされながらも、不敵な笑みを崩しません。
 轟音を立てながら振り下ろされる、私の五十倍はあろうかという大剣をスルリとかわし、天高くジャンプ。
 そして裂帛の気合と共に私を一閃、特殊合金製のボディーを切り裂きます。
 嫌な振動が全身に伝わりました。刃こぼれしてないか、不安で仕方ありません。
 私の気持ちなど露知らず、主人はロボットにザクザクと傷を負わせます。
 しばらくそんな感じで善戦を繰り広げたんですが、結局は突然飛んできた飛行機が変形した追加装備、多弾頭
ホーミングミサイルの前に撤退を余儀なくされました。
 何と言うか、いくら正義と言う大義名分があるとはいえ、刀一本の相手にそこまでやりますか。
 勝てば官軍、負ければ賊軍。私が最も私らしく活躍できた時代を思い出します。
 今はほら、本来の日本刀の使い方からかけ離れ過ぎですし。
 もはや誰も私を日本刀として見てないんでしょうね、きっと。

65 :No.18 本当の気持ち 2/5 ◇alB3HOhOa.:07/02/25 01:28:41 ID:P8GIJP6V
 ぼろぼろの体で戻った宇宙船で、主人は艦長に怒られました。
 こんな調子では何時まで経っても地球征服が出来ないではないか、と。
 だったら貴方も一度戦ってみれば良いんですよ。
 一般市民の洗脳や各都市掌握は雑魚兵と幹部に任せ、強敵である自称正義の戦隊は被害の広がる前に全力を
持って叩き潰す。
 こんな基本的な戦略も分からない無能な指揮官のせいで、どれほど多くの仲間が散っていったことか。
 主人は無言で艦長の部屋を辞し、自室に戻って秘蔵の酒を飲み始めました。
 慰めの言葉をかけようにも、残念な事に私には口がありません。
 目も耳も無いのに周囲の状況を把握してるし、脳味噌がないのに思考しているではないか。そう言われる
かも知れませんが、それは魂のなせる業です。
 もし意志表示できるとしても、慰める前に文句を言いますけどね。
 私がそんな事を考えている間も、愚痴一つ洩らさず、ただ杯を呷る主人。
 少し赤らんだ顔は、何事か悩んでいるように見えます。
 資源が枯渇し崩壊の危機に瀕しているという、故郷の星でも思い出しているんでしょうか。
 私達の戦う相手は正義を語りますが、主人にだって正義はあるのです。
 地球人にも、主人の仲間にも、誰にだって正義はあるでしょう。
 お互いに譲れないその正義の為に、人は戦うのです。殺し合うのです。
 そして私は、その為の道具として作られました。
 酔いつぶれたのか、机の上に突っ伏して鼾をかく主人。
 その横で私は考えます。

 私自身に、正義はあるのだろうか、と。


66 :No.18 本当の気持ち 3/5 ◇alB3HOhOa.:07/02/25 01:29:19 ID:P8GIJP6V
 翌朝。
 私の主人は二日酔いで辛そうにしつつ、それでも何か決意に満ちた目をしていました。
 嫌な予感がします。
 取り返しの付かないことが起こってしまいそうな、そんな予感が。

 昼。
 質素ながら手の込んだ料理を作り、ゆっくりと平らげた私の主人。
 その後は、珍しく私の手入れなんかしてくれました。
 ぽふぽふと打粉で全身を優しく叩き、それから丁寧に油でマッサージ。
 至福の時を味わいながらも、私は不安で仕方ありません。
 何で主人は、こんなに寂しそうな顔をしているんでしょうか。

 午後。
 私は、主人と共に地球に降り立ちました。
 街外れの、広い工事現場にです。艦長に命令された訳でもないのに、こんな所に何の用事があるんだろうか
と不思議でした。
 主人は何をするでもなく、直立不動のまま微動だにしません。
 ただ私の鞘を持つ手が、強く握り締められていました。

 しばらくすると、砂利を撒き散らして砂埃を立てながら、自称正義の味方達が車で現れました。
 既に臨戦態勢の彼らに、主人は私を納刀したまま近づいて行きます。
 何を考えているんでしょうか。彼らは勝つためになら手段を選ばない、鬼のような奴らです。このままでは
隙だらけのところを銃殺されかねませんよ。
 ありもしない心臓が激しく鳴り響きます。
 そんな私を尻目に、主人はとうとう彼らまであと数歩というところで立ち止まりました。

 そして私を、ゆっくりと彼らに差し出したのです。

67 :No.18 本当の気持ち 4/5 ◇alB3HOhOa.:07/02/25 01:29:51 ID:P8GIJP6V
 鞘に納まったまま、私は呆然としていました。
 私の主人は、投降したのでしょうか。それとも地球側と和平を結ぶつもりなのでしょうか。
 分かりません。
 私は所詮ただの物、持ち主の考える事など分かる筈が無いんです。
 私は、主人の相棒のつもりでいました。
 主人も私を頼りになる相棒だと思っていてくれる、そう無条件に信じていました。
 しかし、そんな私の密かな自負は、あっさり打ち砕かれたのです。

 全力で、貴公らと戦わせて頂く。

 私の主人は、そう宣言しました。
 つまり、私を使って戦っている間は、手加減していたということですか。
 主人から赤い全身タイツの男を経由して渡された、髭面の博士への手の中で、私は初めて巨大化した
主人の姿を見ました。

 いざ、尋常に、

 周囲の山を震わせるほどの大音声で、巨大主人は名乗りを上げます。
 そして大地を揺さぶりながら、変形合体したロボットに向かって駆け出しました。

 勝負。

 私の主人の、私を使わない最初で最後の戦いが、始まりました。


68 :No.18 本当の気持ち 5/5 ◇alB3HOhOa.:07/02/25 01:30:32 ID:P8GIJP6V
 宇宙人のくせに武士オタクの、私の主人。出会いは、半年ほど前でした。
 とある神社に奉納されていた私を、百年ぶりに日の光の下へ連れ出してくれました。
 
 自炊が出来て部屋がいつも綺麗な、私の主人。初めての戦いは、部下の応援でした。
 正義の味方達五人を相手に大立ち回り、ついには彼らを追い返して艦長に凄く褒められました。

 女の子に免疫が無くピンクの敵と決して目を合わせない、私の主人。次の戦いは、巨大ロボットとでした。
 圧倒的な戦力差に怯える私を振り回し、敵の初代ロボットを大破させました。

 部下と上司の間で中間管理職の苦労を滲ませる、私の主人。初めての敗走は、新型ロボットとの戦いでした。
 私で傷を負わせる事は出来ても、圧倒的な火力の前に辛酸を舐めさせられました。

 私を使えずに素手で巨大ロボットに挑んだ、私の主人。初めての巨大化は、最後の戦いでした。
 私も一緒に巨大化出来たらと思うと、悔しさの余りに魂が震えました。

 ちょっと扱いは酷いけれど、大切な私の主人。
 宇宙人で侵略者だけれど、仲間の為に必死に戦う私の主人。
 何よりも私を大切に思ってくれていた、私の大好きな、ご主人様。

 私は物に過ぎないけれど、考える心を持っています。
 ただの日本刀だけれど、特殊合金の巨大ロボットとだって戦えます。
 だから、巨大化なんかしないで、私と一緒に戦ってくれれば良かったんです。

 私は、正義の味方達に再び神社に奉納され、狭い桐の箱の中で思います。
 私が魂を持てたのは何故だろう、と。
 もしかしたら、本当は魂なんて無いのかもしれません。

 でも、私がご主人様を思う気持ち。
 これだけは、本当ですよ。
                                                 おわり



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