【 小麦倉庫でつかまえて 】
◆M2Mm5kpBwk




9 :小麦倉庫でつかまえて 1/5  ◇M2Mm5kpBwk:07/02/24 04:29:34 ID:ElTG1JCg
 僕の家は昔からお金持ちで、お手伝いさんを十人ほど雇わないと掃除しきれないくらい大きいし、
もちろん家宝だってたくさんあるし、そのための蔵がいくつもあるから、僕の好奇心を刺激せずにはいられないんだ。

 だから今、僕は蔵に忍び込んでいる。ホコリまみれのつづらを開くと、
中から細かい刺繍をした着物や帯留めが出てくるんだけど、そういうのには興味が湧かない。

 僕の心をくすぐるものは何と言っても武器だ。刀なんか出てきてくれたらすごく嬉しい。忍び装束も嬉しいな。
だって、僕は忍者が好きでたまらないから。

 僕の部屋には刀やクナイや手裏剣があるし、それを使って毎日修行しているんだ。全部プラスチック製だけどね。
その甲斐もあってか、僕の手裏剣の腕はぐんぐん上達して、今では部屋の中を飛び回るハエに当てることだって出来る。
どうしてハエがいるかって、ハエを箸でつかむ練習をするためだよ。ペットショップに頼んで取り寄せてもらったのさ。
忍者に憧れてはいるけど、宮本武蔵にだって憧れているからね。そういうわけで、僕が蔵にいるのは忍者の修行ってわけ。
今も、腰には刀を差してるし、手裏剣だって持ってるよ。パパに頼めば何でも買ってくれるんだ。もちろんオモチャだけどね。

 蔵には階段があって、それを僕は足音を立てずによじ登る。そのとき、
ある物が視界に飛び込んできたんだ。それを見て僕は有頂天になった。
だってそれは、本物の刀だったんだから。
思わず手にとって鞘から抜いてみると、そこには銀色の鉄が輝いていたんだ。
そんなものを見せられたら、使いたいって思うのが男心じゃないかな。

 だから僕は、日本刀を持って振ってみたんだ。けど、さすがに本物。
思った以上の重さで、僕の身体が振り回されてしまう。

 危ない。このままでは僕の身体は階段の下へと落ちてしまう。
 だから僕は、刀を手放してしまったんだ。
 それは下へと落ちて、一瞬、ガキンという音がした。
 覗き込んで見ると、刀が折れていたんだ。
 そりゃ悲しかったよ。親に怒られると思ったから。
 だけどそれ以上に、本物の刀を折っちゃったことの方が悲しかったけどね。

10 :小麦倉庫でつかまえて 2/5  ◇M2Mm5kpBwk:07/02/24 04:30:04 ID:ElTG1JCg
 その刀は三分の一ほどの長さになっていて、もう見るも無惨だったんだ。
けどそのおかげで、僕はそれを軽々と振り回すことが出来るようになったんだ。
試しにつづらに振り下ろしてみると、ザクリと斬ることができたよ。先が無くても刀は刀だからね。

 僕は腰に差していたプラスチックの刀の鞘を、その折れた刀にはめたんだ。
ピッタリだったよ。だからその日から、僕は本物の刀を手に入れたんだ。折れちゃってるけどね。

 そうして腰が重たくなった僕は、毎日のように刀を差して遊びに出かけてたんだ。
柄の部分が年代を感じさせて、さすがにバレるかなって思ったけど、
誰も本物の刀って信じなかったね。もちろん親にもバレてないよ。

 ある日、いつも通りに公園で忍者の修行をしていた僕だったんだけど、
いきなり知らない人に車に押し込まれたんだ。口にガムテープを貼られ、
両手首もガムテープでぐるぐる巻きにされた。もちろん両足首もね。

 車から降ろされて、真っ暗な倉庫にぶち込まれたとき、やっと誘拐だと思ったよ。
だけど僕は怖くなかったね。むしろ嬉しかった。だって、ようやく修行の成果を試すことができるんだから。
奴は子供の僕が刀を持っているなんて、夢にも思っていないだろうさ。
僕は口を使って、なんとか刀を抜くことに成功したんだ。そして慎重に手首のガムテープを切る。
さすが日本刀。ちょっと当てただけで切れてしまった、すごい切れ味だ。

 拘束を解いた僕は、これからどうするかを考える。手持ちは刀と、プラスチック製の手裏剣だ。部屋を見渡す。
扉は一つだけで鍵はかかっている。窓は高すぎて僕には手が届かない。
倉庫には麻袋がたくさん積み上げられていて、それに興味を引かれた僕は、刀で切り裂いたんだ。
すると、中から白い粉がたくさん出てきて、心が躍ったね。もしかしたら麻薬かと思ったから。
ここは麻薬の取引場で、悪者がたくさんいたりして。

 そんな想像をしていたら、どんどんテンションが上がっていったよ。
 絶対犯人を倒してやるぞってね。
 後からわかったことだけど、これはただの小麦だったんだけどね。

11 :小麦倉庫でつかまえて 3/5  ◇M2Mm5kpBwk:07/02/24 04:31:55 ID:ElTG1JCg
 僕はじっと扉の横で待っていたんだ。犯人が来るまでね。
出口はここしかないし、犯人がカギを開けてくれるのを待つしかないからさ。
僕を連れて来た人たちは一人だったけど、もしかしたら他にもいるかもしれない。
とにかく、この刀で相手をやっつけようと思ったんだ。

 じっと待ったよ。すごく待った。長かった。
そして外が暗くなってきて、お腹が空き始めた頃、ようやく足音が聞こえてきたんだ。
僕は刀を握りしめたよ。手に汗かいてるのがすごくわかるんだ。もちろん緊張してる。
心臓はドキドキさ。自分の呼吸音がすごく大きく聞こえたよ。

 ガチャンと鍵が開く音がして、ゆっくりと扉が開いた。僕は刀を振りかぶろうとした。
だけど、そいつは僕に気が付かずに奥の方に歩いて行ったから、ちょっと拍子抜けした。
倉庫は広かったし暗かったから、まさかこんな近くにいるなんて思わなかったんだろうね。
そいつが、さっきまでの僕がいるところまで歩いていってる間に、僕は扉から外に出たんだ。

 外に出ると目の前は海だった。ここは海に面した倉庫だったんだ。
道を挟んですぐ海で、下では波が立つ度にテトラポッドの隙間から海水が飛んでいたよ。高さは二メートルくらい。
段差なんか無いから、車で落ちてしまう人がいるんじゃないかな。そうしてしばらくの間、僕は海を覗き込んでいたんだ。

 そこで失敗したんだ。僕の後ろから、すごいスピードの人間が近づいてきたからさ。
僕は忍者のように素早く走ったんだけど、やっぱり追いつかれて、そいつに馬乗りにされたよ。
怖かったね。本当に怖かった。怖くて怖くて、僕は我を忘れていたよ。

 刀を右手に握りしめて、そいつの顔や身体に当てまくったんだ。
男は悲鳴をあげながら、僕から離れたよ。そいつは血まみれになってた。
 もちろん僕も刀も血まみれだったよ。

 すると、男はすごい力で僕から刀を奪おうとしたんだ。僕は必死で抵抗したよ。
これを奪われると殺されるんだから。男は僕を殴ったり蹴ったりしたんだ。
痛くかったけど、痛くなかった。多分、興奮していたせい。

12 :小麦倉庫でつかまえて 4/5  ◇M2Mm5kpBwk:07/02/24 04:32:19 ID:ElTG1JCg
 そのとき、パトカーの音が聞こえてきたんだ。
間違いなく、僕を助けに来てくれたんだと思ったよ。だから警察の人が来るまで頑張ったんだ。
パトカーのランプが見えて、ああ、来てくれたんだ、って思ったところで、
気がゆるんでしまったんだろうね、フッと力が抜けて、刀をそいつに取られてしまったんだ。

 男は僕の首に刀を当てた。すぐに斬らなかったんだ。僕は人質にとられたんだよ。
 警察はたじろいだね。目と鼻の先で、血まみれの男が子供を人質にとってるんだから無理もない。

 男は逃走するため、自分の車まで僕を捕まえたまま歩いていったよ。
誰も手を出せないから、すんなり車に乗ることが出来たんだけど、考えてもみてよ。
警察が周りを囲んでいるのに逃げることが出来るわけがない。

 じゃあどうするのか。簡単さ。こいつは車で海に突っ込んで死ぬ気だったんだ。
 追い詰められた男の気持ちなんてわからないよ。何をするかわからない。
 誘拐した僕と心中するなんて、気が狂ってるとしか思えないけどね。

 僕を助手席に乗せたまま、男は車にキーを差し込んだ。エンジンがかかって、車がガクンと揺れたんだ。

 もちろん僕は死にたくなかったさ。でも、抵抗したくても刀は男が持っていて、僕に武器はなかった。
 逃げたくても、男が僕の服を掴んでいて放してくれないんだ。
 車が発進した。猫の額ほどしかない道を、この車は横断する。このままじゃデッドエンド。

 そのときの僕は、本当に忍者だったんだと思うよ。
 この時ほど、修行をしてきて良かったと思った日はなかった。
 僕の手は勝手に動いたんだ。ポケットから手裏剣を取り出して、男に向かって投げた。
 目にね。前述したとおり、僕のコントロールは抜群に向上していたから、こんな至近距離なら百発百中だよ。

 男の左目に僕の手裏剣が突き刺さって、そいつは叫び声をあげたんだ。
 痛いときって、その部分に手を当てるよね。
 そいつは僕を掴んでいた手を放して、左目に添えたんだ。もうわかるだろ。僕は拘束が解かれたんだ。

13 :小麦倉庫でつかまえて 5/5  ◇M2Mm5kpBwk:07/02/24 04:32:41 ID:ElTG1JCg
 思い切ってドアを開け、外に転がり出たよ。いや、出ようとする前に、僕の足に激痛が走ったんだ。
そこで視界に入ってきたのは、刀を握りしめて僕を睨み付ける犯人だった。
そのときの顔は二度と忘れられないよ。でもそれも一瞬のことで、車は犯人と共に海に落ちていったよ。
僕の方はギリギリだった。僕の身体は海に投げ出されずにすんだ。

 それからはすごい早く事が済んだ。
僕は警察の人に保護されて、パトカーに乗せられて病院。
あばらが骨折していたらしく、一週間ほど入院したよ。

 犯人は無職の三十四歳で、お金欲しさに僕を誘拐したんだけど、
逆探知されて警察に見つかって、オマケに僕に切り刻まれ、それで海に入ったもんだから、
死因は窒息より出血多量だったみたい。相当傷が深かったんだろうね。

 あの刀も海から発見されたんだけど、どうやら犯人の私物、ってことになったみたいで、
証拠品として警察で保管されることになって、僕の元には戻ってこなかったんだ。悲しいよ。

 そうそう。
 退院後、僕は新しい刀を手に入れたんだ。
 もちろん毎日振り下ろしているよ。

 これは人には言ってないんだけど、僕、生き物を斬ることが快感になったみたいなんだ。
 犯人を斬ったときの感触がまだ手に残っていて、正直、それが気持ちよかったんだよね。
 肉を斬る感触が、たまらなく好きになってしまったんだ。

 だから僕は、忍者をやめたんだ。他にやりたい事が見つかったからね。
 この気持ちに気付かせてくれた誘拐犯に、感謝しなくちゃね。

 今までは将来の夢を忍者って書いてたけど、これからは違うことを書くはめになりそうだよ。

 料理人ってね。



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