【 細腕半生期 】
◆7wdOAb2gic




14 :細腕半生記1/2 ◇7wdOAb2gic:07/02/24 04:33:27 ID:ElTG1JCg
 私、日本刀を肌身離さずに持ち歩いてるの。いや、正確に言うと日本刀が体の一部なのよ。右腕の肘の内側に小さな
いぼがあって、それを押すとロックが外れるの。そしたら左手で右手首を持ってえいやって引っ張ると、日本刀が中か
ら出てくるの。右腕の肘から先が日本刀になってるってわけ。百年くらい前にコブラっていう漫画があって、その主人
公の腕と同じ仕組みなんだけど、その人はサイコガンてのが出てくるのよね。知らないかな、信じられないわよね、後
で外して見せてあげるわ。
 こうなったのは話すと長くなるんだけど、時間はたっぷりあるし、辛抱して聞いてね、きっとおもしろいと思うから。
 私は産まれてすぐに母親が亡くなって、父親に育ててもらったの、他に兄弟はいないから、ずっと二人で生活してき
たわ。父は発明家でね、すごく優秀なんだけど、ちょっと変な人で、ううん、かなり変かも、いつも家の地下に作った
研究室にこもって、得体のしれない発明に没頭してたわ。でも私のことはかわいがってくれたのよ、ちゃんとご飯も作
ってくれたし。中学生になってからは私が家事をしたけどね、だから私、上手なのよご飯もお掃除も。自慢になっちゃ
ったかな、ごめん関係ないか。
 まあ色々あったんだけど、父親と二人で平和に暮らしてきたのよ、三年前まで。ありがちな話なんだけどね、父が癌
になって余命半年ってお医者さんに言われたの、それを聞かされたのは私だけなんだけど、父も自分が長くは無いって
わかってたみたい。ある日ね二人で夕飯を食べた後、研究室に来てって言われたの。私がコーヒーを持って、地下に降
りて部屋に入ると、父が突然土下座をしたの、私びっくりしてコーヒー落としちゃったんだ。それでね涙声で、私に実
験台になってくれって懇願してきたのよ、私は父がどんな研究をしているのか全く知らなかったけど、父のことが大好
きだったし信じていたから、いいよって答えたの。父は私を抱きしめて、ありがとうって言ってまた泣いたわ。父のそ
んな姿を見るのは初めてだったし、死ぬ前に親孝行ができるって思って、私ももらい泣きしたの、思い出したらまた涙
が出てきちゃった。
 その後、淹れなおしたコーヒーを飲みながら説明してくれたわ、父は義手や義足にもっと機能を持たせようとしてい
たの、昔と違って今の義手は、見た目も動きも本物と違わないでしょ、せっかく着脱できるんだから、中に便利なグッ
ズを収納しようという発想なの、発明家らしいわよね。本当だったら動物実験の段階だったんだけど、父に残された時
間は少なかったの。ようやく実用化のめどがついたのに、一人でもいいから実際に装着してみないと死ぬに死ねない。
都合よく義手の人も見つからないし、健康な私の腕をわざわざ切るのも忍びないが、最後のわがままだと思って聞いて
くれ、とこう言うのよ。私は父の手を握りながらうんうんって頷いたわ。

15 :細腕半生記2/2 ◇7wdOAb2gic:07/02/24 04:34:04 ID:ElTG1JCg
 それから腕に付けるアタッチメントを色々見せられたの、まだ試作なので自由に付け替えはできないから、お前が慎
重に選ぶんだぞって、熊手、耳かき、羽ぼうき、中には男性器の形をした物まであって笑っちゃった。可笑しいよね。
選ぶのが難しくて困ったんだけど、その中に日本刀があったの、護身用になるし、もしかしてお野菜切るのに便利かも
って思って、父にこれにするって言ったの。そうかそうかってすごく喜んでくれたわ。
 でも手術の準備に三ヶ月もかかったの、その間に父の病気はどんどん進行したわ、ろくに食事も睡眠もとらずに、日
本刀を仕込んだ義手の開発に打ち込んだから。お医者さんにはいつ死んだっておかしくないと言われてたんだよ。それ
でも父は最後の力を振り絞って、私の腕に改造手術を施してくれたわ。全身麻酔から目が覚めると、父は手術台の横で
息絶えていたの、満足そうな笑みを浮かべてね。
 ちゃんと父はマニュアルを残しておいてくれたから、その後の生活は困らなかったわ、手術も大成功だったし。けれ
ども全く使う機会はなかった、一週間に一度のメンテナンスの時だけよ刀を抜くのは、そうそう一度だけキャベツの千
切りに挑戦したけど、使い勝手が悪かったからあきらめたわ。
 大事な所はこれからよ、がんばってね、もう少しだから。
 二ヶ月前、私はいつもどおり通勤電車に乗って会社に向かってたの、右手で吊革に掴まってぼんやりしてたわ、急に
電車がガタンて揺れてね、隣に立っていたサラリーマンが倒れそうになって、いきなり私の右腕を掴んだの、ちょうど
右肘のいぼを押されてロックが解除されたんだ。そうしたらね刀が勢いよく振り降ろされちゃったのよ、正面の座席に
座っている男の人の脳天めがけて。その人眠っているみたいだったから、もう駄目だって思って目をつぶったの、その
瞬間パンって乾いた音がしたのよ、おそるおそる目を開けたら、頭上で刀を受け止めてたの、いわゆる真剣白刃取りっ
てやつなのよ、すごいでしょ。それがきっかけになって付き合いだしたのが、浩一さんという訳なのよ。で、私は浩一
さんと結婚しようと思い、興信所を使って色々調べたら、あなたという邪魔者がいることがわかったの。
 あら、顔色が真っ蒼よ、息苦しかったかな。手足もきつく縛っちゃってごめんなさい、いますぐ楽にしてあげるから
ね、私の右腕で。
 
                      完



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