119 名前:No.42 ツンデレと牛乳(1/3) ◇InwGZIAUcs[] 投稿日:07/02/18(日) 23:30:57 ID:h9YV0QBh
ポカポカとした陽気に包まれたお昼休み時間……の筈だった。現在教室には気まずい空気が流れているのは
理解しているつもりだ。そして悲しいかなその雰囲気の原因である俺、田中健太は完全に現実逃避一歩手前。
目の前には幼馴染の由梨が俺を睨み付けている。
そして、教室にいるほぼ全員が俺を白い目で俺を見つめている。
事の始まりを軽く話しておこう。
文才無中学校二年四組。つまりはクラスなのだけれども、幸か不幸かとても注目すべき女の子がいる。
長くもしなやかな曲線の際立つまつげに、潤みを帯びた瞳。きめ細かい肌も美しく、腰まで流れる絹のような
黒髪は他の女子の羨望の的に違いない。とまあ俺の拙い言葉で説明するもおこがましいくらい綺麗な女の子だ。
名前は意外と十人並みな所がまた良い。
「夕子」
俺は誰にも聞かれないように頭の中でぽつりと呟く。
しかしこのクラスで彼女にアプローチをする男子はまずいない。
理由はいたって簡単。男がナンパしようものなら、柔らかい語調を纏ったとてつもない毒舌を相手に叩きつけ
完膚無きまでに叩き伏せるというちょっとしたSっ気の持ち主だからなのだ……しかしそのギャップに激しく
惹かれる一部、いや多くの男達がいるようで、アプローチをしてはいけないというのは、
色々な意味で暗黙の約束ごとになっている。
まあ俺も括ればその中の一人であり、彼女からしてみれば恐らくクラスメイトA程度にしか思っていない
存在……だと思う。
思えば夕子を好きになったきっかけは小学生の時だった。
ただ単に嫌いなのか体質なのか解らないが、夕子は牛乳よく残していた。席の近かった俺はそんな彼女の
牛乳を飲んであげたのだが……そう、その時の「あ、ありがとう健太くん」というはにかんだ言葉と微笑みが俺の
心を鷲づかみにしたのだ。
さらに、当時の夕子は現在のように毒舌を放つどころか、とても優しい物静かな女の子だった。
それが何故最近変ってしまったのかはともかく、俺はそんな彼女に昔から惹かれているのだ。
あの頃はまだ照れくさくてそれが何の感情であるのか理解していながらも否定していた。
が、思春期を迎えた今となってはその感情を否定するどころかもう溢れんばかりで困る限りだ。
まあ、その、つまり何が言いたいのかというと……少し、魔が差したんだ。
その日俺は給食当番を任されていたのが不幸の始まり……いや、自業自得だ。
120 名前:No.42 ツンデレと牛乳(2/3) ◇InwGZIAUcs[] 投稿日:07/02/18(日) 23:31:30 ID:h9YV0QBh
うちの学校は中学校であるにも関わらず給食というシステムを取り入れており、俺は食器や残飯、
そして牛乳の空き瓶を校舎の給食センターに運ぶ作業をまったりと行っていた。
最後の空き瓶を運んでいる時、目に止まったのは一口二口飲んであるだけの牛乳。
俺は知っていた……それが夕子の残した牛乳であることを。
「間接キス」
その行為に意味がないことを知っている。
しかし止める事ができなかった。少しだけ夕子に近づけるような気がして。
気付いた時俺は彼女の飲み残しを一滴残らずに飲み干していた。
もちろん隠れた場所で飲んだし、見つかることなど足の小指の爪の先ほども思っていない。
そう、教室で幼馴染の由梨に問いつめられる前までは……。
これで状況が少し分ってもらえたと思う。
俺は今冷や汗を垂らして、由梨を見つめている。彼女の返す瞳はとても厳しい。
……その後ろにいる夕子もやはり白い目で俺を見ている。
「私見てたんだから! 何? 健太は夕子のこと好きなの?」
お前は何で見ていたんだよ? と聞けるはずもない。
「何か言いなさいよ!」
「い、いや、牛乳が勿体ないと思って!」
「嘘! あんたが夕子が牛乳残すのをじっと見てるところ私見たんだから!」
だからお前は何で見ているんだ……?
抱えたい頭を我慢しながら俺は口を閉ざした。反論の余地はなさそうだ。
そして由梨が俺をたたみ込ませようとしたまさにその瞬間。
「お待ち下さい」
夕子の声が鎮まった教室に響いた。
「健太さん……」
ぞっとする程冷たい声と瞳に息が詰まる。
「女性の飲みかけたものを後から飲むなんて……男性として下の下の行為です」
それは俺に死ねということですか? 夕子はもはや半泣きの俺の腕を掴み語調を強めた。
「ちょっときて下さい」
121 名前:No.42 ツンデレと牛乳(3/3) ◇InwGZIAUcs[] 投稿日:07/02/18(日) 23:32:31 ID:h9YV0QBh
俺は為す術もなく彼女の後をおぼつかない足取りでついていった……。
「あ、あの、ありがとうございます」
「は?」
彼女の第一声に俺の頭はクエッションマークで埋め尽くされた。
ん? 夕子さん今の今まで怒ってましたよね? あれ? なんで?
「私の為に牛乳を飲んで下さったんでしょう? 昔みたいに!」
「え? うん……え?」
何? 昔って小学校の時の事かな? 覚えていてくれたのか?
「あの、私……」
もじもじしている仕草がやたら可愛いんだけど……てか何この状況!
「夕子さん怒ってたんじゃないの?」
「いえ、あれは……その……ツンデレなのです」
「は?」
「その、皆の前ではツンツンして、二人の時にはデレデレするという……」
顔を真っ赤にして何やら説明し始める彼女。……ツンデレ? どういう事ですか?
「私はその……健太さんが……小学校の時から……その、好きなので」
大きな勘違い(ツンデレに対する所見)に突っ込みを入れる前に、俺の思考回路は音を立ててはじけ飛んだ。
夕子が俺の事を好きだった? え? 俺? なんか彼女俯いちゃってるし……。
「その……俺も夕子さんが好きです」
その日は教室中どころか、学校中に震撼が走ったようだ。
実感のない俺はただただうろたえて震えて、それでもやっぱり嬉しい。
しかし、何があったかしらないが、目を腫らして帰って行く由梨を見つけた時、俺は何故か胸が痛んだ。
多分、いや、確実に理由は分っている。俺と由梨は夕子以上に古い中であり、
友人以上恋人未満という関係であり、俺と夕子が付き合うと言うことは……。うーん。何か贅沢な悩みなのかも。
てか本当のツンデレって……。
まあ俺、由梨の残した牛乳も飲んだんだけどな。