110 名前:No.39 不小事(1/3) ◇dx10HbTEQg[] 投稿日:07/02/18(日) 23:15:42 ID:h9YV0QBh
宇宙船の一室で、エルマーは本日十杯目のギュウニュウを煽いでいた。
それは、元来彼の星――ドイハ星では生息していないはずの、ウシから搾り取られた飲料である。
ドイハ聖人には悲願があった。どんなに頑張っても百五十六センチ以上にはならない身長。その問題は
百余年程度前に打開された。
すなわち、地球からの強奪である。
地球環境は、ドイハ星人には滞在するだけでも死の危険性があった。それを得意の科学技術などで克服し、
根こそぎ頂戴した。
身長を伸ばすことに、そこまでする価値を彼らは見出した。
「ぷっはー」
一気飲み。甲殻類を思わせる四本の指を器用に動かし、飲み干したパックを捨てた。
エルマーの背丈は百二十。未だ目に見えたギュウニュウの効果は現れていない。
しかしドイハ星人は、そしてエルマーは信じていた。百七十センチを超える日は、必ず来ると。
その証拠に、地球人はなんとしてでもウシを取り戻そうと躍起になっている。
「あー。こちらホチカターリェフ号。異常なし」
「よし、そのままパトロールを続ろ」
定時報告を終え、ギュウニュウに再び手を伸ばす。どうせ何の問題も起こるわけがない。軍人ではあるが、
パトロールを担う彼は、基本的に戦うことなどできないのだ。
当時は圧倒的な戦力差に屈服し、地球人はウシを自ら差し出さした。しかし、月日をかけて力をつけた彼らは、
ドイハ星と渡り合えるほどにまでとなっていた。
現在はウシを巡っての宇宙戦争が繰り広げられている。活躍しているのは、専門の訓練を受けた者たちだけだ。
「ん?」
レーダーが反応した。すぐ傍に点滅する点がある。ギュウニュウに気をとられて、気づかなかったらしい。
避けるべく操縦桿に手を伸ばし、操作しようとした、その時。
「へっ?」
手が滑った。
勢いよくエルマーの船は滑空し、ホチカターリェフ号の一回りも二回りも小さな船に激突した。
111 名前:No.39 不小事(2/3) ◇dx10HbTEQg[] 投稿日:07/02/18(日) 23:16:10 ID:h9YV0QBh
どうしようどうしよう、どうするべきか。カマキリのような目玉をくるくる回転させながら焦る。
そもそもどうして操作ミスを? 今までこんなことはなかった。なぜか、体が思うように動かなかったのだ。
乗務員はどうなっただろうか。船籍は、ドイハ星。地球人なら迷わず見捨てる所なのに。
立ち去ればバレないだろうか、でも露見したらまずい。
レーダーに早く気づいていれば、と再度見直すと前方にまた点が現れていた。船籍は……地球!
びーっと断続的な機械音がエルマーに注意を促す。敵船にだけ反応して発する音に怒りが募るが、それどころではない。
「よっし、落とすぞー……。手柄だ、今は手柄に集中しろ……」
敵船を破壊。重要なようでいて地味でしかない任務につく彼には、滅多にない機会だ。
攻撃するべく、眼前の船に焦点を当てる。後はボタン一つ押すだけでその船は大破する。
ボタンに手を伸ばそうとしたその時、敵船が妙な動きをした。音が、ピピピ、というものに変わる。
交信の要請?
なんだというのだろうか。無視してもよいが、何か情報があるのかもしれない。
未知の状況に、不可解ながらも相手の信号を受信する。
「当船は危害を加えるつもりはない! 危害を加えるつもりはない!」
「戦争中の敵船に言われて信じられると思うか」
「私たち地球人はドイハ星との戦争は望んでいない!」
まさか。地球がドイハ星へ積極的な接触をしたのは、ウシを奪ったことへの報復に違いない。そう確信したから
こその、開戦だった。
そう伝えると、相手からは俄かには信じがたい返答が来た。曰く、ウシがなくなったのは確かに痛手ではあるが、
地球の技術発展のためになら譲歩しようとのことだ。相互協力によっての、科学技術の発展を望んでいるらしい。
「それにギュウニュウはドイハ星人には危険だ! そもそもあなた方は動物性のものを摂取するようには――」
その上、ギュウニュウの危険性について語り始めた。訳の分からない成分、悪影響、消化云々。
そしていずれ体が不随意になる可能性。なんとなく頭に引っかかるものの、エルマーは特に気にしなかった。
つまり地球人は。思い至った結論に、彼は笑った。
112 名前:No.39 不小事(3/3) ◇dx10HbTEQg[] 投稿日:07/02/18(日) 23:16:44 ID:h9YV0QBh
「俺をだまそうとしても無駄さ」
躊躇いなく、エルマーはボタンを押した。ミサイル発射、敵船撃破。
結局地球人はギュウニュウを取り戻したいだけなのだ。そのために嘘の情報をエルマーに告げ、動揺させる。
弱者のやりそうな姑息な手段。
爆発した船を見つめながら、エルマーは歓喜した。
やった、勝利だ。一隻だけで勝ったのだ。
報酬が貰えるだろう。昇進できるかもしれない。
初めての交戦、初めての勝利。浮かれに浮かれ、彼は本日十二杯目のギュウニュウを手に取った。
パトロールは交代制で行われている。任期を終えてドイハ星に降り立ったエルマーは、上官に報告すべく
司令室に訪れた。本来ならばそのような場所にまでは出向かないのだが、直々に呼び出されたのだ。
きっと敵船と交戦したことに関して、何か褒美があるのだ。彼は冷めない興奮に酔いしれ、扉を開けた。
「ただいま参りました」
「ご苦労。地球船を撃破したとのことだったな?」
上官の労いの言葉。しかし、その声に熱はなく、ぎょろりとした目はとても冷たい。
何か問題でもあっただろうかとエルマーは焦る。そういえば、どこかドイハ星の空気が重い気がした。
「……報告が入ったよ。お前の撃破した敵船は和平の申し入れのものであったとな」
気軽に攻撃していいものではなかったのだ、と低く上官は告げた。
その和平の使者は脱出ポットでどうにか避難し、全員無事とのことだった。
地球は聞く耳を持たない野蛮なドイハ星人に対し、徹底抗戦を打ち出すことに決定したとのことだった。
戦争によって両星は疲弊している。その終結を、エルマーの短慮が打ち壊したのだった。
「も、申し訳、ごごございませんでしたっ」
「そうそう、それと、な。同じ日に同じように緊急避難した船があってだな」
必死の謝罪は聞こえなかったふりで、上官は話を急に切り替えた。
「お前の航海していた所で、遭難した宇宙船があったのだ。それにはお前の船の塗料が……」
どっとはらい