97 名前:No.34 戒め(1/2)◇31ZrzN4KAA[] 投稿日:07/02/18(日) 19:53:38 ID:h9YV0QBh
牛乳ジャンケン……。誰もが小学生の頃経験したことがあるだろう。
牛乳ボックスと呼ばれる容器に入った、余りの牛乳を競って奪い合うアレだ。
しかし、うちのクラスの出席率は半端なものではなかった。
全員がほとんど毎日学校に来ていたのだ。たった一人の男子を除いて。
彼は名前を伸一と言った。苗字は思い出せない。
伸一のことで覚えているのは、彼が僕の机に来て二言三言話をしたことぐらいだった。
他の奴はそれすら無かったらしいが。
彼の牛乳はいつも牛乳ボックスに残されていた。アルミ製の大きな箱の中に一つだけ。
いつしか、牛乳ジャンケンが始まる時の掛け声が決まっていた。
「伸一の牛乳欲しい奴いる〜?」
あの日は、確かひどく蒸し暑い夏の日だったように思う。
ぼくは牛乳ボックスに牛乳パックが一つ入っているのを見つけた。
いただきますが済むと一目散にその前に駆けつけ、クラス内に大声を出した。
「伸一の欲しい奴いるか〜?」
こんな日に冷たい牛乳がいらない奴などいるわけが無い。
すぐさま十人以上の人が集まった。
「俺によこせ!!」
「今日こそはボクが……」
その時女子の一人がおずおずと言った。
「それエリちゃんのだよ。さっき早退したもん……」
その時ぼくは初めて気付いた。伸一は学校に来ていたのだ。
もともと影の薄い奴だったし、この日は話しかけに来なかったので気付かなかった。
その伸一は壁際の机で、食べかけのコッペパンを握りしめていた。
「あっ、ゴメン! 今日来てたんだな?」
ぼくは伸一に謝った。だが伸一は何も言わなかった。
98 名前:No.34 戒め(2/2)◇31ZrzN4KAA[] 投稿日:07/02/18(日) 19:54:18 ID:h9YV0QBh
ぼくは、頭を掻きながら伸一の方を見ていた。
伸一は何も言わずにパンをお盆の上に置いた。
未開封の牛乳を手に持ったかと思うと、ふらつきながら立ちあがった。
彼がフッと顔を上げた。彼と目がバッチリ合った。
ぼくは彼を見つづけた。いや、目を反らせなかった。
彼の、笑うでも怒るでも哀しむでもない、何とも言えない歪な表情に釘付けにされたのだ。
伸一はすぐに下を向いてしまった。そして細々しい足取りで人の群れの中に入ってきた。
牛乳ボックスの中にそれを入れ、その足で座席へと戻っていった。
ぼくは狐につままれるような心地がした。
それはぼくだけじゃなかったようで、クラスは沈黙一色に染められていた。
「なんか知らんけど……牛乳が二つになったぞ」
男子の誰かがボソッとつぶやいた。みんなはハッと我に返ったように顔を見合わせた。
「じゃ、じゃあ行くぞ? 最初はグー、ジャンケン……」
次の日から伸一を見かけることは無くなった。
夏休みに一度来たらしいという話も聞いたが本当かどうか疑わしかった。
元々休みがちな奴だったし話題にもならなかった。
だが、ぼくが彼を忘れることは無かった。むしろ忘れることが出来なかった。
牛乳を目にするたびに彼の表情が脳裏によぎるのだ。
ぼくが牛乳を飲むときに、こんな事を考えていると誰が思うだろう。
これは軽率だったぼくへの戒めなのかもしれない。 (完)