91 名前:No.32 冬の終わり (1/3) ◇YaXMiQltls[] 投稿日:07/02/18(日) 19:02:47 ID:+whaIOjc
朝食はシリアルがいい。牛乳を浸して間もないうちにスプーンですくうと、口の中でチップのサクサク
感と牛乳のなめらかさが溶け合わず、感覚の気持ち悪さに執拗に噛みこんでしまう。朝一番の肉体の労働
に僕の眼は覚める。そうして活性化した脳が今日一日の予定にうんざりし始めるころには、いつのまにか
シリアルに牛乳が染み込んで、柔らかな感触になんとなく幸せを感じる。これはちょっとした時間の芸術
だとさえ僕は思う。
そんなわけで、僕はひと時の幸福を願って今日もシリアルに牛乳を注ぐ。と、まだ半分ほども浸らない
うちに、牛乳が底をついた。
「おかあさん、牛乳切れたよ」
母は洗い物をする手を休めずに、当然のようにこう言った。
「だったら自分で絞ってきなさい。ミルコはまだ絞ってないから」
勝手口のサンダルを履いて外に出ると、朝日が僕の目を射した。手で顔を覆いながら歩き出すと、庭の
松の木の脇に、朝露に濡れたタンポポの花が見えた。季節はもう春なのだ。牛小屋から、ミルコの鳴き声
が聞こえた。鳴き声で牛を判別できるくらいに慣れ親しんだこの家を、僕は来月出て行く。
小屋の中は、嗅ぎ慣れた独特な臭いで満ちていた。ミルコがまた鳴いて、僕はミルコの体を撫でてやる。
しゃがんでミルコの乳首をつまむと、乳が音をたてて溢れた。このミルコの張った腹の中では、乳が外へ
出るのを待ちきれないでいるのだ。乳は尿のように自然と溢れてはこない。誰かがこうして出してやらな
ければ、体の中の乳はどこへ消えていくのだろう。僕は何度も繰り返しミルコの乳首を握り、乳は瓶の中
に溜まっていった。
何気ない思いつきを、無性に実行してみたくなることが時折ある。特に馬鹿げた思いつきこそが、やっ
てみたいという本能を駆り立てる。そして僕はミルコの乳首の先端に口を当て、握った手に乳首の根元か
ら力を入れた。勢いよく飛び出したミルコの乳が、喉の奥に直撃する。思わず咳いて乳を吐き出して、口
元を手で拭うと、手の甲から乳が白く香った。
僕は勃起していることに気づいた。それは正しい反応のような気がした。僕は当然のようにズボンとパ
ンツを脱いでから、もう一度ミルコの乳首を咥えた。そして右手で僕のペニスを掴み、左手でミルコの乳
首を掴むと、目を閉じて両手を動かした。
ミルコが鳴いた。聞いたことがないほどに、甲高い鳴き声だった。ミルコは喘いでいるのだ。そう思う
と、手を動かす速度が速くなっていく。ミルコの乳首は柔らかなままだけど、僕のペニスはどんどん固く
92 名前:No.32 冬の終わり (2/3) ◇YaXMiQltls[] 投稿日:07/02/18(日) 19:03:09 ID:+whaIOjc
なっていく。けれど僕のペニスと違ってミルコの乳首からは、搾るごとに乳が出てくるので、途中で僕は
飲みきれなくなって、口から乳が溢れだした。けれど僕は手を休めはしなかった。
口から溢れた乳が滴って首筋を流れた。一瞬僕は悶えて恍惚を味わった。乳の独特な香りが鼻を包み、
僕はここが牛小屋だということを忘れていた。
突然、頭上からとてつもなく大きな音がした。僕の体に何かが浴びせられて、目を瞑ると、すぐ横で何
かが倒れる音がした。衝撃に地面が震えた。牛たちが叫んでいた。僕は顔に浴びせられたものを拭って眼
をあけると、僕の周りが真っ赤に染まっていた。僕自身も。嗅いだこともないほどの強烈な血の臭いがし
た。
目の前でミルコが倒れていた。ミルコの胴体には大きな穴が空いていて、そこから滝のように血が流れ
出ていた。傷口に上から光が当たってミルコの内臓がどろどろと落ちていく様子を見せつけていた。見上
げると天井に穴が空いていた。
ミルコに駆け寄ると、ミルコの足元の地面が窪んでいて、その奥に石のような塊が見えた。けれどすぐ
にその窪みにミルコの血が流れ込んで、あっという間に窪み自体見えなくなった。
ミルコの体はもう動かなかった。体温の残ったミルコの死体に僕は体を寄せ付けて、ミルコの体を撫で
た。僕の体の圧力でミルコの傷口からなにか内臓が飛び出した。内臓は音をたてて、血だまりに落ちた。
無心にミルコの体を撫でる僕の手が、ミルコの乳首に触ったのはそのときだった。握ってみると、噴出す
ように白い乳が出た。
乳は血の海に飛び散った。けれど白く浮いていたのはつかの間で、ミルコの体から尽きなく流れていく
血に、色を濁すことさえなく消えていった。僕は両手でミルコの乳首を掴み、二挺拳銃のように乳を発射
させた。けれどやはり、乳はすぐに血に流されていく。負けずに乳を出す僕と、流れていく血。勝負はど
ちらが先に尽きるかにかかっていた。
僕は勝った。最後の乳を搾り出したときには、すでに血の流れは止まっていて、乳首から滴った最後の
一滴が赤い血の中で、白く輝いた。
ミルコの体は、餓死したかのようにしぼんでいた。その姿を見て僕は泣き出した。ミルコの顔を見ると
ミルコの目も潤んでいた。僕がミルコの目を見つめていると、ミルコの目の奥から涙がどんどん湧いてき
て、やがて溢れた。ミルコの涙がミルコの血を流していく。白く浮かんでいた乳も関係なく、ミルコの涙
は全てを流していく。
全ての血を流してもミルコの涙は止まらなかった。涙が牛小屋中に広がって、水嵩を増していった。涙
93 名前:No.32 冬の終わり (3/3) ◇YaXMiQltls[] 投稿日:07/02/18(日) 19:03:31 ID:+whaIOjc
の水嵩が天井まで達したころに、僕はミルコの涙に溺れて死んだ。
乳が瓶から溢れていた。
牛小屋から出ると、幼馴染の美由紀が登校していくのが見えた。僕が声をかけると、
「あんたまだそんなことしてんの? 遅れるよ」
と美由紀はこっちへ来た。挨拶の返事もなしに責められてちょっとむかついた僕は、瓶を置いて言う。
「ちょっと手出せよ」
「何?」疑いながら差し出された美由紀の右手を、僕は濡れた手で強く握った。
「きゃっ……あー臭い。マジありえない」
「ごめんごめん。手洗うついでに搾りたて飲んで行かない?」
「えっいいの? 久しぶりに飲みたいな」美由紀は腕時計を見てから着いてきた。牛乳で一杯の瓶はなか
なか重くて、牛小屋から母屋までの距離だけで、僕は汗をかいていた。
台所に母の姿はなかった。
「ここからあがるのって、何年ぶりだろ」
勝手口で靴を脱ぎながら美由紀が言った。テーブルの上のシリアルは、牛乳に浸っている部分が既にふ
やけていた。僕はそれを流しに捨てて手を洗うと、搾ってきたばかりの牛乳をコップに二杯注いだ。
手を洗い終えた美由紀がコップを一つ手にとって、一気に飲み干した。
「おいしかった。てかマジ懐かしいんだけど。昔はよく飲ませてもらってたもんね。もう一杯もらってい
い?」
そう言いながらすでに美由紀は二杯目を注いでいた。俺が飲み終わるのを見て、美由紀が瓶を差し出す。
「僕はいいよ」
「えーこんなおいしいもの一杯だけとか罰があたるよ。あんたは毎日飲んでるからおいしさがわからない
のよ。飲めなくなってからありがたがったって遅いんだから」
美由紀はそう言うと僕のコップに無理やり牛乳を注いだ。たるんだ制服の間から美由紀の胸が見えた。
ミルコの鳴き声が聞こえて、僕は視線をそらしてから右手をそっと鼻に当てた。
ほのかに体液のにおいがした。
了