【 昼間の血統 】
◆9IieNe9xZI




72 名前:No.25 昼間の決闘(1/3) ◇9IieNe9xZI[] 投稿日:07/02/18(日) 11:49:32 ID:V50whKxg
 とある街に一軒のバーがあった。
 そこはアメリカ西部の開拓に携わる者が集まって羽根を休める場所である。しかし時には例外も訪れた。
 ある日のこと、店の扉が開いて金髪の女が現れた。テンガロンハットにウエスタンブーツという男勝りな格好だ。
女がオーク材の床を踏み鳴らすたびに、腰のホルスターと大きなおっぱいが揺れた。
 真っ昼間からどんちゃん騒ぎをしていた荒くれ者たちは、彼女が店に入ってきたとたんに静まり返る。
「ミルク」
 カウンターで女が注文すると、店のマスターが急いでグラスに牛乳を注いだ。
 彼女はホルスタイン・メイジーという名で通っている。ホルスタインとはその巨大な胸からとられた異名である。
 一方、カウンターにはもう一人の人間がいた。それは浅黒い肌に美しい黒髪を持つ女だった。彼女もまた腰に銃をぶらさげている。
「メイジー、これ以上おっぱい大きくしてどうするのさ。ライフルでも隠すのかい」
 黒い髪の女が嘲るように言った。店中の男たちの額から汗が滴り落ちる。
 にらみ合う二人の女は名うての悪党。
「何や牛臭いと思ったら、やっぱりモリーだったんかいな。あんたも外のやつも、ちゃんと風呂に入らんとあかんで」
 メイジーの挑発にモリーン・ナーガが歯ぎしりをした。ぎりり、という嫌な音が響く。
「私はともかく、花子を馬鹿にすると許さないよ」
 店の外に一頭の牛がつながれていた。名前は花子・セカンド、モリーの愛牛である。花子・セカンドは彼女の親が残した
唯一の遺産だった。その牛をどんな時も連れて歩くことから、彼女はホルスタイン・モリーと呼ばれている。
 ここにホルスタインの名を賭けて争う二人のガンマンがいた。
「あんた、ミルク飲み放題なのに胸はまな板のままやな。ええなぁ、銃が撃ちやすいやろ」
 そこでテーブル席にいた男が出口に向かって走り出した。銃声が響き、扉に二つの覗き穴が現れる。
 逃げ出そうとした男は腰を抜かして床に座り込んだ。
 煙の筋が二本揺れている。メイジーとモリーの手には銃が握られていた。
「ええかあんたら、これから決闘を始めるからしっかり立ち会うんやで」
 男たちの顔から血の気がひいた。
「方法はどうするんだい」
「そうやなあ、今日は……」
 メイジーがカウンターの上のグラスを見て、名案を思いつく。
 壁際にバーの客が五人並べられた。全員、頭の上に牛乳の入ったグラスを乗せている。彼らは震えながら立っていた。
他の客は店の反対側に避難している。
「ルールは簡単や。二人で順番にあのグラスを撃って先に外した方が負け。白い色は狙いやすいから、やっぱ牛乳やろ?」

73 名前:No.25 昼間の決闘(2/3) ◇9IieNe9xZI[] 投稿日:07/02/18(日) 11:50:02 ID:V50whKxg
「かと言って、あまり簡単でもつまらないね」
「そこで小刻みに揺れる台や」
「なるほど」
 二人が話していると、真ん中の男がグラスを頭から落とした。
 銃声の後、男の顔を挟んで壁に二つの穴が同時に開く。
 彼は白目をむいた。壁に寄りかかり、ずるずると腰を落とす。失神しているようだ。下がっていく頭を追いかけて、
次々と壁に穴が開けられていく。さらに、かちかちと銃を空撃ちする音が続いた。
「落としたら承知せんからな!」
 メイジーが咆える。男たちはひいい、と声をもらした。
 こうしてサドンデス形式の決闘が始められたのである。
 ホルスタインの別名を持つ二人の女は、バーの中心に少し離れて立った。
「ただ撃つだけじゃ勝負はつかないよ。こういうのはどう」
 モリーがいったん後ろを向いてから、振り向きざまに銃を撃った。
 左端の男の上でグラスがはじける。彼のまつ毛とヒゲが雪に降られたように白く染まった。
「なかなかおもろい、でもまだ甘いわ」
 メイジーも後ろ向きになる。どうするのか皆が注目していると彼女は真上に銃を放り投げた。天井すれすれまで昇って
落ちてくるそれを、メイジーは振り向きながら受け取って、その瞬間鉛の弾を放った。
 左から二番目のグラスが砕け、中身をぶちまける。
「当たるとはラッキーだったね」
「これ位で驚くなんて、がっかりやな」
「そうかいそうかい。じゃあお詫びといっちゃ何だけど」
 モリーはテンガロンハットを深くかぶり、目隠しをしたまま銃口の狙いを定めた。神様仏様、と誰かがぼそりとつぶやく。
 しかし轟音が響くと、三つ目のグラスは見事に割れていた。床に倒れている男のグラスを含めるとこれで四つだ。
 モリーは帽子を人差し指で上げると、メイジーを見てにやりと笑った。
「そう来るか。そんならあたしはこうや」
 メイジーが外に出て、牛を連れてきた。
「ちょっと何してんの!」
 モリーが怒鳴る。連れてこられたのは花子・セカンドだった。
「まあ落ち着き。よーく見てるんやで」
 メイジーは牛の背中にまたがった。

74 名前:No.25 昼間の決闘(3/3) ◇9IieNe9xZI[] 投稿日:07/02/18(日) 11:50:32 ID:V50whKxg
「降りろこの馬鹿!」
「せっかちさんやな。ちょっと待ってや」
「断る」
 モリーは銃を向けた。
「ほほう、それでどうする気や」
「こうするのさ」
 モリーが親指で撃鉄を起こす。メイジーは牛の上から彼女を見下ろしている。
「あたしは降りへんで?」
「なら、あの世で花子の母さんに土下座してきな」 
 モリーは引き金をひいた。
 爆音とともにメイジーが牛から転げ落ちる。そしてむくりと起き上がった彼女は親指を立て、顔の横で後ろを指した。
 右端のグラスが割れていた。
「ちょっと待ちなよ。今のは私が撃ったんじゃないか」
「あんたは撃ったんやない。撃たされたんや」
 メイジーは静かに首を振った。その顔は得意げだ。
「おっと、もうグラスが無いやんけ。マスター、じゃんじゃん追加持ってきて!」
 その時バーの扉が開いて一人の男が入ってきた。胸で金色のバッジを光らせている。
「マーク保安官」
 それまでカウンターの下に避難していたマスターが言った。メイジーとモリーは舌打ちしながら背中に銃を隠す。
 騒ぎを聞きつけてやって来たマーク・スノウ保安官は、バーに広がる光景を眺めて呆然とした。
 店の中に牛。牛乳を頭からかぶって並ぶ男たち。床にはグラスの破片が散らばり、人が倒れている。
「いったい何があったんだ」
 すると今まで床に倒れていた男が立ち上がった。テーブルにぶつかりながらふらふら歩き出し、保安官の所まで
たどり着くと脚にすがりついた。
「助けてください。あいつらに殺される」
 彼は悪魔に向けて指をさす。保安官が二人を睨んだ。
 バーは静まり、こっそり撃鉄を起こす音が二つ、かちりと。
 それを見たマスターは、これ以上店で暴れてほしくないので慌てて言った。
「当店ではただ今牛乳フェスティバルをやってまして、彼女たちはイメージガールです。保安官も、死ぬほど美味しい
絞りたての牛乳はいかがですか?」




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