57 名前:No.20 僕らの怪物(1/3)◇Lj3naGix6U[] 投稿日:07/02/18(日) 01:02:47 ID:tywl3YxX
隣の客はよく柿食う客だ。っていうか怪物だ。隣の客は怪物だった。
「おう坊主、俺は怪物だ」
柿を食いながら、その怪物は僕に自己紹介をした。
自分で自分を怪物と言う怪物を見たのは初めてだ。
っていうか怪物を見るのが初めてだ。
全身が白い毛に覆われていて、まるで雪男のようだ。
「まあ仲良くしようぜ。俺、これから隣の家に世話になるからよ」
そう言って僕の頭をなでようとしたんだろうけど、怪物の手はカニのハサミのように鋭くて、
っていうかよく見たらハサミで、僕の髪の毛がパラパラ切れて、自慢だったマッシュルームカットは
見るも無惨なものになってしまった。
「いけね。すまねえな坊主。ちゃんとカットしてやるからよ」
悪びれた風もなく、そのハサミで僕の髪をカットしていく。
あっという間に、鏡の前に野球少年が一人誕生した。
僕がこんな頭で学校に行くのは嫌だと言ったら、甘えるなクソガキと母親にビンタされて追い出された。
父親はそんな母親を止めようとして茶碗を頭にぶつけられて気絶していた。
観念して学校に行く。からかわれるだろうと思っていた僕。
だけどそんな僕は裏切られた、良い意味で。
「高橋くんカッコイー!」「お前さっぱりしたなあ」「どこで切ってもらったの?」「似合ってるじゃん」「中田みたい」
中田が誰かは知らないけど、どうやら僕はみんなに褒められているようだ。
こんなことは初めてだったので、僕は照れた。怪物さまさまだ。
58 名前:No.20 僕らの怪物(2/3)◇Lj3naGix6U[] 投稿日:07/02/18(日) 01:03:54 ID:tywl3YxX
家に帰ると、怪物が隣の家の庭で、近所のおじさんの髪をカットしていた。
「おっちゃんよー。切るところねーじゃん」
「そう言うな。怪物なら生やすくらいしてくれ」
そんな無茶を言うなと思った僕だったけど、そんな僕を怪物は見事に裏切った。
良い意味で。おじさんにとっては。
「じゃーこれぶっかけるといいや」
怪物は、白い液体をおじさんの頭にぶっかけた。僕の脳裏に「松井ブッカケ」という言葉が浮かんだ。
「臭い! おい怪物よ、これ牛乳じゃねーか!」
それは牛乳だった。怪物はおじさんの頭部に牛乳をぶっかけたのだ。
「俺の牛乳だ。育毛効果ありまくりだぜ。ちなみに俺、牛の怪物なんだわ」
おい待て。あんた牛かよ、っていうかメスかよ!
僕のそんなツッコミを遮るかのように、おじさんの髪が伸びていく。
おじさんの髪はみるみるうちに、ビジュアル系ミュージシャンみたいな長髪になる。
おじさんは、喜びに狂喜乱舞、頭部に生えた髪を掴んでは引っ張っていた。
そして嬉しさのあまりか、血圧が上がりすぎて気絶、救急車に連れ去られた。
それを聞いた近所のおっさん達が、毎日のように怪物を尋ねていた。
そんな日常が一ヶ月ほど続き、僕は怪物と仲良くなっていた。
僕だけじゃなく、町の人はみんな、この怪物と仲良くなっていた。怪物は僕らには欠かせない存在となっていた。
僕と怪物は、柿を囓りながら机を囲んでいた。
この怪物、牛のくせに柿が大好物らしい。器用にハサミに柿を突き刺して食っている。
59 名前:No.20 僕らの怪物(3/3)◇Lj3naGix6U[] 投稿日:07/02/18(日) 01:04:40 ID:tywl3YxX
俺はずっと疑問に思っていたことを訊くことにした。
「どうして隣の家に来たんだ?」
「売られた。弱いから役立たずだからってさ」
「あんたさ、名前はないの?」
「HS1023」
「何それ? 年号?」
「改造番号。俺、怪物だから」
そう言って怪物は顔を背けた。どんな表情をしているのはかわからない。僕はそのとき、怪物という存在を疑問に思った。
怪物とは何なのだろう。定義がわからない。こいつがどこから来たのか、どうやって作られたのか、どうして怪物になったのか。
怪物はそれきり何も語らなかった。僕も訊かなかった。
翌日、怪物は消えた。なぜか、僕の家の郵便受けに牛乳の入ったビン。
それと封筒が入れられていた。中には『ハゲたら使えよ』という一文だけが書かれた手紙。
その一週間後、隣町で大きな事件が起こった。ある団体が壊滅したとのことだ。
ニュースで連日連夜やってたんだけど、僕には難しい言葉ばかりで、ほとんど理解できなかった。
今となってわかったことだけど、その団体は僕たちの町を襲おうとしていたらしい。
それは怪物を作った奴らで、恐ろしい細菌兵器を僕らの町にばらまこうとしていたと聞いた。
きっと怪物が僕たちを守ってくれたのだろう。間違いない。なので僕の中での怪物の定義は、正義の味方、となった。
そいつらは全員逮捕されて、もう二度と怪物が作られることはなくなった。
だから僕は、もう二度と怪物に会うことはないんだろう。僕らの怪物の行方も、誰にもわからない。
それから五年。僕は高校生になった。
入学式を終え帰宅するなり、母親に時季外れの柿を手に持たされ、隣の家の客に持っていくよう命令され、渋々従う。
隣の家に入ると、懐かしい声が飛んできた。そいつは僕の持っていた柿を、自分のハサミに刺した。
「よう坊主。牛乳使ってるか?」
隣の客は、よく柿食う客だった。