48 名前:No.17 ふつつか者ですが(1/3)◇DzHpA/9hyM[] 投稿日:07/02/17(土) 23:25:13 ID:yQf6fciz
紙パックの牛乳をそのまま口に運んで一口飲み込む。
私は子供の頃からよく牛乳を飲む。水よりもお茶よりも牛乳が好きだ。パックに刺したストローをずっとくわえてる時もある。
ふと牛乳パックを見て賞味期限が切れていることに気づいた。まあ一日くらい大丈夫。今までだって平気だったからね。
今日は仕事がないんだ。それどころか、これからずぅっと無い。だから私は一日中窓の外を眺めている。今までの忙しい日
々とはまるで違う。それはそれで退屈だったりするんだけど。
私がやっていた仕事っていうのは、新しい医療技術についてなんだけど。細かい事は余りよくわからないんだ。どっちかってい
うと実験ばっかりだったから。
バイオテクノロジーってやつ。ちょっと気持ち悪い話なんだけど、体の中に寄生虫を飼うってのなんだ。慣れたら可愛いもんだ
よ。名前だってついてる。パラサイドの「パラ」。形はサソリと蛇を混ぜた感じ? 細長くて手にハサミがついてる。すごく小さいの
にすばしっこい奴。
それで、パラを体内で飼っていると病気にならないんだよね。なんていうか、先に抗体を作ってくれるとかなんとか、悪いところを
治してくれたりとか。私の体を何とか健康にしようとしてくれるらしい。どんなに強いウイルスだろうと、新種の病原体であろうとブロ
ックしてくれる。代謝もよくなって肌も綺麗になった。治らないと思っていたニキビ跡も綺麗さっぱりなくなってる。怪我なんてすぐ治る。
私はこの子に二度助けてもらってる。細かいのを含めたらもっとすごい数になると思うんだけど、命を救ってくれたのは二回。
一度目は私が自殺しようとした時だ。この実験に参加する事になった当初、自分で志願したくせに、私は体の中に生
き物が住んでいることがどんどん嫌になってきた。人と会うのも躊躇うようになった。さらには体中に虫が這うような錯覚を
感じるようになった。とうとう耐えられなくなった私は、実験室にある薬を致死量に至るまで飲んだ。
そのとき意識を失ったものの、私は病院の一室で目を覚ました。医者が言うにはパラが助けてくれたらしい。あの子にと
っても劇薬なのに必死で私の体外に運んでくれたんだって。
エゴイズム? 確かに私が死ねばこの子だって生きていけない。だから、助けてくれたのだとは思うけど。それでも、やっぱ
り嬉しい事は嬉しい。私のことを思って行動してくれた人なんか滅多にいないもの。すごく可愛いくてその時かな、私がパラ
に名前をつけたの。
それからはやけに毎日が楽しくなった。これはもしかしたらパラが脳をちょっといじったのかな? とも思ったけど、その考え
はすぐにやめた。この子に助けられたのは事実だし、感謝してるのも事実。一緒に生きられることが嬉しくて楽しいんだよね。
この実験に志願したのは三人いたんだけど、なぜか残り二人の体内で寄生虫が生きることはできなかった。私の中では
元気に活動してくれるのに、ほかの人の体内ではすぐに死んでしまうの。
原因はずっと謎だったんだ。だから、それを調べる研究が始まろうとしていた。
49 名前:No.17 & ◆M02DXC6trA [] 投稿日:07/02/17(土) 23:26:14 ID:yQf6fciz
自分と他人の違うところを考えたところ、私はあることに気づいた。いつも目の前にある牛乳の紙パックを見て、ね。
この子達が生きるにはカルシウムが必要なのだろう。でも、人間ってまったく摂取してないわけじゃない。きっと、私みたい
な過剰摂取している人の、余りをいただくのかもしれない。
その予想は的中した。試験管の中でカルシウムを得た寄生虫は、生き生きと動き始めたの。
そう知ったら少し切なくなった。寄生対象の分を奪ってしまうと、その体に害が出る。だからそれをせずに、徐々に自分が
衰弱していく。あくまで媒体優先。
本能的なことなのか、プライドが高いのか。いや、そんな事じゃない。きっと本当に優しい生き物なのかもしれない。誰よ
りも寄生対象を大事に扱う。たとえば本人よりも。
実験は最終段階に入った。来週にもう一度人の体を使った実験が始まる予定だった。
でもそれは中止になってしまった。
50 名前:No.17 ふつつか者ですが(3/3)◇DzHpA/9hyM[] 投稿日:07/02/17(土) 23:27:20 ID:yQf6fciz
「ねえ。これからどうする?」
私は体に聞いた。すなわちパラに、だ。
当然返事は無い。私はふっと微笑んで窓の外に目線を戻した。ここから私の独り言が始まった。
「あんたも牛乳がすきなんだね――。私思うの。牛乳好きな人に悪い奴はいないって。そうでしょ? 悪い人が牛
乳飲んでるの見たこと無いもの」
私は、頭の中でパラが返事をしてくれるのを想像していた。「そうだよね」って言ってくれてることにしておいた。
「でも、これからどうする? この世界のほとんどの牛乳が、賞味期限切れちゃったと思うよ。」
もう牛乳を出してくれる牛が存在しないのだ。それを運んでくれる人も、売ってくれる人も、私以外の人間すべて
がこの世界にいない。
数日前、あるウイルスが世界を覆った。空気感染で致死率百パーセント。風に乗ってどこにでも飛んで行く。あ
っという間に蔓延して生き物はみんないなくなった。今でもきっと空気中を漂ってる。
私は唯一生き残った人間でちょっと寂しいけど、パラがいれば何とかやっていける気がする。私を思ってくれる人が
一人でもいれば頑張れる。
「牛乳は無いから――、どうしようか。あそこなら何かあるかな」
私はそういって近くのデパートを指差した。
「魚のニボシでも食べる?」
それでも限りはあるんだけどね。
これからいつまで生きることができるのだろうか。でも死ぬときはパラと一緒。私がいないとパラが生きれないように、パラがいないと私も生きれないよ。きっと精神的にもね。
だからできるだけ長く生きよう、ね。最後の最後まで。
ねえ――パラ?
「こんなふつつか者ですがよろしく」
完