【 私立探偵 場廊元貞
】
◆RWQgmBzM32
42 名前:No.15 & ◆r5P9oG5tqk [] 投稿日:07/02/17(土) 21:58:52 ID:Qf6RdwVB
チャイムを数回押したが何の反応もなく、電話を掛けても取る気配すらない。おまけに
玄関の郵便受けは郵便物で溢れ返っており、入りきらない新聞紙が通路に積み重ねられて
置かれている。郵便受けから飛び出したチラシを一枚抜き取ってみると、それは死後の世
界や幽霊について書かれている新興宗教のチラシだった。私はみゆき君にチラシを手渡し
ながら、幽霊を信じているか、と尋ねてみた。
「そんなものは信じていません。もしいたとしても、探偵の仕事には関係ないでしょう。
私達に必要な物はこんなチラシではなく、失踪人の行方を掴む手掛かりです」
案の定、みゆき君は冷徹に言い放ち、受け取ったチラシを一瞥もせずに郵便受けへと戻
した。探偵の助手としては有望だが、女性としては些か角が立ち過ぎている気がする。
みゆき君に辺りを窺ってもらいながら郵便受けの中を覗くと、一番古い新聞の日付は十
二月十日になっていた。今日が十二月二十四日だから今から丁度二週間前だ。依頼人の言
葉通りだな、と私は思いながら、大家さんから拝借した鍵を使い中に入った。
玄関に入った途端、違和感を感じた。それはみゆき君も同じだった様で、綺麗に整った
眉根を寄せ辺りを見回している。
「おかしいですね。この部屋には生活感があり過ぎます。ちょっとコンビニへ買い物に出
掛けていて、今にも玄関のドアを開けて帰って来る様な、そんな生活感があります。それ
に、靴箱の上にシクラメンの花がありました。土は乾いていましたが、まだ花は枯れてい
ません。依頼主は否定していましたが、誰か他の人間が出入りした可能性があるのでは?」
私は部屋を見回しながら、みゆき君の状況分析を聞く。確かにこの部屋は生活感で溢れ
ている。依頼人が言うには、姉である失踪人と連絡が付かなくなってから、今日で丸二週
間が経つそうだ。外の郵便受けがその事実を裏付けている。だが、この部屋を見る限りで
は、今もここで暮らしている様にすら見える。更に、失踪人には交際相手や同居人はいな
かったらしい。それも、近隣の聞き込みで裏を取ってある。失踪人に何があったのだろう
か。
43 名前:No.15 私立探偵 場廊元貞(2/3)◇RWQgmBzM32[] 投稿日:07/02/17(土) 22:00:39 ID:Qf6RdwVB
リビングルーム、ベッドルーム、バスルームと回ってみたが、失踪人の行方を掴む手掛
かりになりそうな物は何一つとしてなかった。
残るは玄関を入ってすぐのキッチンだけだ。私はキッチンの中央に立ち、辺りを見回し
てみる。気になる点と言えば、女性の一人暮らしにしては大きな冷蔵庫だ。以前、今回と
同じような失踪人捜索の依頼を受けた事がある。部屋を捜索しても何の手掛かりもなく、
何気なしに開けた冷蔵庫の中には、各部位毎に切断されパック詰めされた失踪人の死体が
あった。今回もその様な事が無いとも言い切れない。
私は冷蔵庫の取っ手を掴み、ゆっくりと開いた。中には私の頭に浮かんでいた様な物は
なく、半額のシールが張ってある豚バラ肉や卵など、どこの家庭にもある普通の食品が入
っているだけだった。
ふと、私は重要な手掛かりを見付けた。それは冷蔵庫のドリンク収納部に入っていた一
本の牛乳だ。私はそれを手早く調べ、みゆき君に手渡した。
「牛乳ですか? 飲み掛けの様ですね。残りは、四分の一ほどと言った所でしょうか。賞
味期限はまだ過ぎ――賞味期限がまだ過ぎていない! 牛乳の賞味期限は製造から約一週
間なのに!
この牛乳の賞味期限は十二月二十九日で、逆算してこの牛乳が店頭に並んだのは十二月
二十二日頃。と言う事は、少なくとも失踪人は二十一日まではこの部屋にいた、と?」
私はみゆき君の答えに頷きながら、牛乳パックの注ぎ口が濡れている事を付け足した。
今日地震が起きた速報は入っていないし、もし起きたとしても、この残量では注ぎ口が濡
れるほど飛び上がる事はないだろう。これは二十一日どころの話ではない。この牛乳は五、
六時間以内に注がれたものだ。恐らく、失踪人は今日までここにいたのだ。
44 名前:No.15 私立探偵 場廊元貞(3/3)◇RWQgmBzM32[] 投稿日:07/02/17(土) 22:02:15 ID:Qf6RdwVB
牛乳を片手に見詰め合う私達の間に、無機質なメロディーが流れた。携帯電話の着信音
だ。みゆき君はスーツのポケットから携帯電話を取り出し、電話の受け答えを始めた。続
けて、私にも電話が掛かって来た。携帯電話のディスプレイには依頼主の名前が表示され
ている。
「もしもし? 探偵さんですか? あの、さっき姉から電話がありまして、今日の朝まで
海にいたと言っていました。多分、グアムかサイパンにでも行ってたんだと思います。海
が好きでよく一人で行っていましたから。もうすぐマンションに着くらしく、一度帰って
から私に会いに来るそうです。
探偵さんにはご迷惑をお掛けしました。調査費はちゃんとお支払い致しますので。はい、ありがとうございます。では、失礼します」
どうやら失踪人は無事だったらしい。安堵しながら電話を切ると、先に電話を終えてい
たみゆき君が口を開いた。
「今朝、東京湾で見付かった身元不明の水死体は、DNA鑑定の結果、失踪人であると判
明しました。損傷が激しく断定はできないが、死後二週間は経っているとの報告です」
みゆき君の言葉に驚きながら、私は依頼主からあった電話の内容を告げる。私の言葉に
みゆき君は目を見開き驚いた。
私はみゆき君に、幽霊を信じるか、と尋ねた。みゆき君は私の言葉に無言で首を横に振
る。そんなみゆき君を嘲笑うかの様に、玄関から鍵を開ける音が聞こえた。そして、ゆっ
くりとドアノブは回された。