27 名前:No.10 朝と牛乳 (1/3) ◇RzBFNJadNY[] 投稿日:07/02/17(土) 13:28:53 ID:zux+39MN
ことん。
小さな物音をきっかけに目覚める。見慣れない天井と電灯が、薄く開けた視界に入る。
ハッキリしない頭でとりあえず上半身を起こす。薄い毛布がするりと落ちた。
「そっか・・・昨日田舎にきたんだっけ」
自分に再認識させるように呟いた後、ソファから起き出した。
……何の音だったんだろう?
音の正体を何気なく探してみる。慣れない音なのに、懐かしいと感じるのは何故だろう。
のろのろとした動作で玄関の方へ向かうと、朝日が射し込んでいてかなり眩しい。
「ひぎぃ………」
謎の悲鳴を上げて思わず目を擦る。そもそも朝日に慣れていない。
昼夜逆転の生活が常で、ダラダラと学生していた俺も、この休みが終われば晴れて社会人になる。
本当になれるんだろうか。こんな朝の景色を見ることにも慣れるんだろうか。
いつかは毎日働きに出て、好きでもない仕事を続けることを疑問に思わなくなるんだろうか。
そんなことを考えながら静かに玄関を開けると、すぐ横にプラスチックの箱が目に入った。
「…これか?なんだこれ」
いいのかな、と思いつつも勝手に中を覗く。中には汗をかいた冷たそうな牛乳が2本。
瓶に入った牛乳なんて見たのは、何年ぶりだったか。
別に牛乳なんて好きでも嫌いでもない。が、妙に飲みたいという欲求が沸いてきた。
この春の朝の陽気のせいなのか。それとも、懐かしさのようなものを感じるからか。
ガラガラ!という威勢の良い音とともに向かいの家の玄関が開いた。
「おはようございます」
向かいの奥さんは、見慣れない俺の顔を見ると笑顔でそう言って新聞を取っていく。
「はい、おはようございます」
自然にそう返してしまった後に、久しぶりの朝というものに妙に感動していた。
28 名前:No.10 朝と牛乳 (2/3) ◇RzBFNJadNY[] 投稿日:07/02/17(土) 13:29:20 ID:zux+39MN
「あ、おはよー」
振り返ると、パジャマ姿の2つ下の従妹の綾乃が立っていた。
「ああ、おはよー」
「そっか・・・昨日から来てたよね。誰かと思った。」
そういって綾乃はあはは、と元気に笑いながらサンダルをひっかけてきた。
「兄ちゃん牛乳、飲む?多分私しか飲まないし」
「じゃあ、一本いただく」
そういって受け取った牛乳は見た目以上に冷たかった。
「うぉっ………」
思わず声が出てしまう。
綾乃が華奢で小さい体を思いっきり反らせて、腰に手を当てて牛乳を飲んでいた。
「オマエは風呂上りのオッサンか!」
言われた綾乃は、ジロリとこっちを見たものの、そのまま一気飲みしていた。
「ぷはぁ、ごちそーさまでした!」
そういってあき瓶を箱の中に置いたあと、こちらを再びジロリと見る。
「牛乳はこうやって飲むもんでしょ。兄ちゃんも飲みなよ」
「そういうもんなのか?それはオッサンの論理じゃないのか?」
そう返してみたものの、そもそも俺は朝の牛乳の飲み方なんてものは知らない。
「いいから真似して飲んでみなよー。やってみなきゃわかんないって」
そういって綾乃は急かすような仕草をしている。
「まぁ、いいけど」
そういって、思いっきり体を反らせて腰に手を当てて牛乳を飲んでみた。
喉を通って冷たい牛乳が体の中に流れ込んでいくのがわかるこの感覚。
確かに・・・これはちょっと気持ちいいかも?と思った。
が、思ったのも束の間、俺は思いっきりムセた。
29 名前:No.10 朝と牛乳 (3/3) ◇RzBFNJadNY[] 投稿日:07/02/17(土) 13:29:48 ID:zux+39MN
「あははははは」
隣で綾乃が爆笑しているのを憎らしく思いながら、俺はムセ続けた。
「そ…そんなに笑うことないだろ…」
やっとの思いで、それだけを言葉にする。
「だってさー、気持ちよさそうな顔がいきなり鼻から牛乳だしてんだもん」
「でもおいしかったでしょ?」
そう言われると、俺は素直に頷くしかなかった。
正直うまかったし、気持ちよかった。………ムセなければ。
瓶を戻して、なんとなく二人で朝の景色を眺める。
俺の家じゃないし、見慣れた景色でもない。だからだろうか。心地よかった。
「田舎でしょ」
突然そんな事を綾乃が言った。
「田舎だな」
「でも、いいとこでしょ?」
「そうだなぁ、いいとこだな」
正直な感想だった。ここはいいところだ。大して来てないのにそんな風に思った。
「もうすぐ社会人なんでしょ?叔母さんから聞いたよ。がんばってね」
「お給料もらったら、何をねだろうかなぁ」
笑いながらそんな事を言った。
「買ってやってもいいが、どうやって渡すんだよ」
「え?いいの?じゃあ送って!宅急便で」
毎朝こんな笑っちゃうような朝を迎えられたら。
まだ迎えられなくても、そういう朝にいつかしていきたい、と思えたら。
いつの間にか、前向きに歩いていける気がしていた。
〜瓶〜