【 牛乳 】
◆alB3HOhOa.




24 名前:No.09 牛乳 (1/3) ◇alB3HOhOa.[] 投稿日:07/02/17(土) 13:05:43 ID:zux+39MN
 それは、とある二月の話。大学が春休みに入り、バイトに明け暮れていたある日の事。
「……何だ、これ?」
 月初めに出費がかさみ、給料日まで一週間を残して食費が尽きた。
 家賃や学費で負担をかけている実家に、これ以上頼る訳にもいかない。
 仕方なく冷蔵庫の中の物で糊口を凌ごうと、賞味期限切れの生ゴミを漁り発掘した物は。
「ゴニュウって読むのか?」
 『牛乳』ではなく『午乳』。
 よく気付いたな、僕。
「いたずら、にしては手が込んでるしなぁ」
 白いパックに青くプリントされたパッケージ、そこには修正した跡が無い。つまり印刷された時点で既に
これは『午乳』だったのだ。
 見た目はほとんど普通の牛乳パックと同じ。賞味期限もあと数日は大丈夫。試しに飲んでみようか。
 だが、ふと思いとどまった僕は、蓋を開ける前に電話をかけることにした。
「――あ、高田先輩。面白い物見つけたんで、三分で行きます」
 何か叫び声が聞こえた気がしたが、用件だけ伝えて即座に切る。
 大きく窓を開け、窓枠から隣のアパートのベランダに飛び移れば、そこは別天地。
「ちわぁ、三河屋ですぅ」
 いつも鍵をかけていないガラス戸とサイケデリックな紫のカーテンを抜け、高田先輩の部屋に到着した。
「……お前に言いたい事がある」 
「何でしょう。愛の告白なら勘弁してください。僕、マゾっ気は無いんで」
 先輩は真っ赤なベッドシーツに包まりながら、肩までかかる艶やかな黒い髪をかきあげて言う。
「『すぐに』を三分と言うな。ついでに『一時間以上』を五分と言うな」
「へい」
 とぼけた返事をしながら、先輩の脱ぎ散らかした下着を拾い上げた。
「先輩、これは大人の色気ですね」
「何より人の話を聞け!」
 片手で胸元を隠しつつ、黒い布がひったくられた。今更恥ずかしがる事なんてないだろうに。
 先輩の名は高田律。僕とは実家が近く、いわゆる幼馴染というやつだ。小学校までは『リッちゃん』と呼び、
その後を付いてまわった記憶がある。中学校に入ってからは先輩と呼ぶことが義務付けられたが、今でも僕に
とっては優しい『リッちゃん』のままなのだ。ちょっとサディストなのは、ご愛嬌。

25 名前:No.09 牛乳 (2/3) ◇alB3HOhOa.[] 投稿日:07/02/17(土) 13:06:10 ID:zux+39MN
「で、面白い物ってのは?」
「ああ、これです」
 もぞもぞとシーツの中で着替える先輩に、午乳のパックを見せる。
「その何の変哲もない牛乳パックの何が面白いんだ? 賞味期限が一年前とかいう下らない事なら……」
 ギラリ、と目が光った。
 その場合はどんなお仕置きをしてもらえるんだろう、などと期待できるほど倒錯した趣味を持っていない
僕は、慌てて説明する。
「いや、これは牛乳ではないんです。ほら、『午乳』って書いてあるでしょ?」
 枕元に置いた眼鏡をかけ、身を乗り出して覗き込む。
「……手の込んだ冗談だな」
 そう言い捨てると先輩はテーブルから煙草を取り、火を点けた。
 ふぅ、っと一筋の煙を吐き出す気だるげな表情は、何とも言えない色気を帯びている。
「確かに面白いが、どうせ中身はただの牛乳だろ?」
 背筋を耳掻きの綿で撫でられたような、怪しい気分にさせる扇情的な流し目。
 騙されるな。アレは獲物を捕らえて、いかに弄ぼうか考えている猫の目だ。
「中身はまだ見てません。怖いんで」
「怖いって、お前なぁ。――貸せ、私が開けてやる」
 下着だけ装着した先輩にパックを手渡す。
 それにしても、寝ている間に服を脱ぐ癖は昔のまま変わらないなぁ。
 朝から『三秒で来い』と呼びつけられ、慌てて行くと『寒いからストーブのスイッチ入れろ』などという
女王様っぷりを発揮されても嬉しくないので、出来れば治してほしいのだが。
「せぇのっ、と」
 先輩はパックの開け口に指を突っ込み、いざ左右に引き裂かんとして……停止した。
「――なぁ、この牛乳、いつ買ったんだ?」
「分かりません。あと午乳です」
 即答。
 あ、見る見る間に先輩の顔が般若になっていく。怖いなぁ。ってかチビリそうです。
「大丈夫ですよ、賞味期限はまだですし。一年前なんて単純ミスもないです」
 付け足しで説明している僕の顔に、パックが飛んできた。
 中身は満タン、結構痛い。

26 名前:No.09 牛乳 (3/3) ◇alB3HOhOa.[] 投稿日:07/02/17(土) 13:06:36 ID:zux+39MN
 そのままベランダに蹴りだされた。パンティーの際どいラインと冷たく見下す視線に、ちょっと興奮。
「そこで開けて、報告しろ。私は朝食にする」
 ぴしゃり、と窓を閉められた。
「うぅむ。何とも見事なサディストっぷり」
 この厳しい態度が病みつきになりかけているのは秘密。
 先輩に会いたいという目的を果たした以上、口実はもう用済みだ。さっさと開けてしまおう。
 どうせただの牛乳、一週間分の栄養としては心細いが、無いよりマシだ。
「せぇのっ」
 と先輩の真似をしつつ、蓋を、

 ……蓋を、開けた。

 何の変哲も無い牛乳でした、なんてオチじゃ物語は終わらない。
 それじゃあ納得してくれない人がいるのだ。
 主にガラス戸一枚向こうの女王様とか。

「で、どうだった?」
 湯気を立てるコーヒーカップ片手に、先輩が覗き込んできた。
「大変ですよ、先輩。これは牛乳史上最大の事件です!」
 牛乳市場、かもしれないが。 とにかく蓋を開けたパックを先輩に差し出す。
「……私にはただの牛乳にしか見えないが?」
 痛い子を見るような視線がたまりません。
「よぉく見てくださいよ。ココです、ココ」
 パックの側面を指差す。先輩は眉間に皺を寄せつつ、顔を近づけた。
「――これって」
 何とも下らない。と言うか、この仕込みをしたであろう過去の自分に乾杯。
「原材料、馬の乳。午乳の午は、干支の午(うま)ってことで、ぐばっ!」
 先輩の華麗な踵落としが炸裂し、そのまま僕の頭を踏みつける。私の足をお舐め、なんて台詞が似合いそう。
 こっそりと舌を這わせた足の裏は、甘酸っぱい味がした。
                                                 <缶>




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