【 しろくてくさくてまずいもの 】
◆PUPPETp/a.




14 名前:No.05 しろくてくさくてまずいもの(1/3) ◇PUPPETp/a.[] 投稿日:07/02/17(土) 02:16:51 ID:EA0rFSGq
 平穏な夢の中にけたたましい音が響いてきた。
 ぬるま湯のような布団から肌寒い春の気温の中へと手を伸ばし、音の元凶を叩く。
 手の中では鐘付き目覚まし時計がまだ暴れている。
 スイッチを切って大人しくなった目覚まし時計を置くと、布団から這い出る。
 部屋を出て、真向かいにある居間の扉を開ける。
「おはよう……」
 アクビ混じりの朝の挨拶を、台所に立つ母さんと交わす。
 テーブルの上には、溶けたマーガリンが乗っけたトーストと半熟の目玉焼きが置いてあった。
 いつもと変わらぬ朝食である。
 冷蔵庫から野菜ジュースを取り出し、コップに注ぐ。
 眠気の残る僕の頭は、冷たい野菜ジュースがのどを通るたびに覚めていく。
 寝癖を直して歯を磨き、着替えを済ませる。
「いってきまーす!」
 もう長い付き合いになる黒いランドセルを背負って、家のドアを開ける。

 家のすぐ近く、通学路の途中にある喫茶店の扉が開く。
 そこからメニューボードを持ったお姉さんが出てきた。
 お姉さんは僕に気がつくと、僕の髪をクシャクシャにかき混ぜながら、
「おはよっ、今日も小さいね!」
 と、明るい笑顔で挨拶をしてくる。
「うっさいな、これから伸びるんだよ!」
 その手を払いのけながら、僕も答えた。
 何がおもしろいのか、お姉さんは会うたびにそんな挨拶をしてくる。
「牛乳飲みなよ。背ぇ伸びないぞ」
「あんなの臭いしおいしくないし、嫌いだよ」
「好き嫌いはよくないなー。だから小さいんだよ」
 そう言うと、お姉さんは笑ったまま、背中越しに手を振って喫茶店に戻っていった。
 お姉さんは僕のことをいつも小さい小さいというから嫌いだ。
 牛乳もお姉さんと同じくらい嫌いだ。
 でも、僕の頭を撫でるお姉さんの手は……そんなに嫌いじゃない。


15 名前:No.05 しろくてくさくてまずいもの(2/3)◇PUPPETp/a.[] 投稿日:07/02/17(土) 02:17:55 ID:EA0rFSGq
 そしてある日のこと。
 学校が終わり、家に戻ると部屋にランドセルを放り投げる。
 居間に行って、
「おやつあるー?」
 と言うと、母さんはドーナッツを持ってきてくれた。
 二人でソファに腰掛けて甘いドーナッツを食べていると、母さんが思い出したように喋りかけてくる。
「そういえば喫茶店のお姉さんいるじゃない」
 その言葉で僕は朝のことを思い出す。
「うん」
「あのお姉さん、今度結婚するだってね」
 母さんはそんなことを言った。
「ふーん……」
 ドーナッツを食べて、自分の部屋に戻ると何だかイライラしてベッドに倒れこんだ。
 自分でも何だかわからないけれど、胸の奥がもやもやとして気分が悪い。
 落ち着かなくなって部屋を出る。
「ちょっと出かけてくるー!」
 廊下から大声で言うと「遅くならないようにね」と返事が返ってきた。
 何だか靴を履くことすらもどかしい気がする。
 そして、僕は気がつくと喫茶店まで走っていた。

 喫茶店の扉を勢いよく開く。
 扉に付けられた鈴の音が耳を貫く。
 客がいない店内で、カウンター席に座ったままのお姉さんは驚いた表情で固まっていた。
「ど、どうしたの? そんなに急い――」
「お姉さん、結婚するって本当!?」
 まだ整わない息のまま問い詰める僕に、お姉さんは「ちょっと待ってて」と言って水を持ってきてくれた。
「ばれちゃったか。おばさんから聞いたのかな?」
 水を渡すお姉さんは悪戯が見つかった子供のような顔で僕に笑いかけた。

16 名前:No.05 &  ◆RkYynVF5lc [] 投稿日:07/02/17(土) 02:18:43 ID:EA0rFSGq
 その顔を見ていると胸のもやもやが強くなってくる。
「でも……、でもお店は辞めないよね?」
 その問いかけに、お姉さんは僕の頭をクシャッとかき混ぜる。
 僕はこの嫌いじゃない手を「辞めないよ」という答えだと思いたかった。
 しかし、お姉さんの表情がそれを裏切っている。
 コップを握る手が震えてくるのがわかる。
「そっか……」
 笑わなきゃ。おめでとうって言わなきゃ。
 そう思っても口から言葉が出てこなかった。
 何だかここにいたくない気持ちが膨らんでくる。
 顔を下に向けて、手に持つコップを渡すと店を出る。
「あっ――」
 閉じかけた扉の向こうでお姉さんの声が聞こえた。

 自分の部屋に戻ると、中は真っ暗だった。
 布団を頭まで被って枕に顔を埋める。
 嫌いなお姉さんのことを考えたら涙が出てきた。


 母さんの「早く起きなさーい」という声で目を覚ますと朝だった。
 布団から起き出すと、何だか目が腫れぼったい気がする。
 居間に行くとトーストが二枚と目玉焼きがテーブルにあった。
 冷蔵庫の扉を開けて、野菜ジュースに手を伸ばす。
 ……やっぱり牛乳を手に取った。
 珍しいわね、そんな声を受けながらコップに注いだ。
 しろくてくさくてまずい、そんな牛乳を一息に飲む。
「まずっ……」
 コップは机の上に置かれると白い雫を垂らした。




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