11 名前:No.04 おいしい牛乳(1/3)◇04p9wvYxsw[] 投稿日:07/02/17(土) 01:50:53 ID:EA0rFSGq
目の前にはコップに並々と注がれた牛乳が一杯。
「おいしい牛乳」だ。おいしい牛乳なのだからおいしいのだろう。
腕組をし、白いその液体をいつかのようににらみつける。
おれがなにをしたというのだろうか、おれが飲むヨーグルトを、給食のミルメイクだけを飲んだ罰なのだろうか…
おれが五歳くらいのころ家が近かった祖父によく銭湯につれていってもらった。
祖父は中肉中背だったが、その一物は目を見張るものがあった。銭湯にいるだれよりもでかかった。
風呂から上がると、祖父はその巨大な一物をぶら下げながら腰に手を当て牛乳を一気飲みした。
「いいか、おれのジョニーみたいになりたかったら牛乳を飲め。男だったら牛乳だ」
「…だが断る」牛乳は飲むことは出来たが、基本的に味が苦手なおれは断っていた。
当時男の一物に価値などそれほどないと思っていたのだ。
それを聞き大声で笑いながら飲むヨーグルトを買ってきてくれる祖父がおれは大好きだった。
「ヨーグルトもいいが、いつか一緒に牛乳を飲もうな。好き嫌いはよくないんだぜ? 」
祖父は飲むヨーグルトと一緒にその言葉を必ず言った。「いつかね」とおれはいつも答えた。
けれど、約束は果たせなかった。おれが牛乳を好きになる前に。
葬式の日、最後の別れだと知り棺の中の祖父に牛乳を飲ませ、自分も飲もうとしたのだけど坊さんに阻止された。
そのときのおれは死をうまく理解していなかった。まだ約束を果たしていないのに何故連れて行ってしまうのか。
祖父は眠っているだけだと信じてた。口に含ませ、おれが先に飲み込めば、起きてくれると思っていた。
「離せっ ! じいちゃんとの約束なんだ ! 」泣き叫んだって大人は聞いちゃくれなくて、親に説教と死の説明をうけた。
牛乳を口にいれたのはその日が最後だった。
小学校に入り、毎日牛乳が出てきたが、決して手をつけなかった。
先生に昼休み中残されても、怒鳴られたって飲まなかった。もともと嫌いだったし、なにか心にひっかかったからだ。
そして三年生になって、隣の席の子が背が高めの女子になった。
この人も牛乳が大好きな人だった。質問も好きだった。髪の毛はさらさらで、ロングだった。名前は大松さん。
いろんなことを聞かれた。祖父のこと。何故牛乳嫌いになったのか。好きな食べものや…とにかくいろいろ。
とりあえず答えた。銭湯のこと、簡単に約束のことを、好きな食べ物はチーズケーキだ。もちろんジョニーの話はしなかった。
おれは殆ど他の女子との接点はなかったけれど大松さんとは気楽に話せた。というより質問に答えていただけだったのだけれども。
ある日初めて質問以外の話題で話しかけてきた。
「あのさ、約束しよ。 わたしと一緒に牛乳飲むって」
12 名前:No.04 おいしい牛乳(2/3)◇04p9wvYxsw[] 投稿日:07/02/17(土) 01:52:21 ID:EA0rFSGq
「いいけど、いつかね…」
「五日ね? 八日後ね !? 」
「わかった、わかったよ」渋々約束したのは良かったのだけど、なんと当日おれは風邪をひいてしまった。
仮病とかじゃない。本当に熱が出たのだ。39℃も。それほど飲みたくなかったのか、それともたまたまか。
「昨日は本当にごめん…」病院へ行き、もらった薬を飲んだら一日で治ってしまった。三日くらい休めばリアリティが出ていたのだろうか?
「気にしてないから、いいよべつに」
「来月のさ、五日じゃだめかな ? 」飲みたくは無かったのだけど、さすがに悪いと思ったから今度はおれから。
「来月はダメなんだよ…牛乳嫌いは、一人で克服して」 この後、得意の質問でおれを問うこと一度もなかった。
来月はではなかった。来月からだった。同級生が消えるはずが無いと思ってた。来月がダメなら再来月でいいやって思ってた。
転校してしまった、約束の五日から三日ほどだった。転校することなんて彼女からは聞いたことが無かった。
牛乳はおれに恨みでもあるのだろうか。瓶詰めされた牛乳を一人で食べる昼食の最中ににらみつけた。
そのあともおれの周りの牛乳好きさんたちはなにかと早く消えてしまった。牛乳のせいではなく、おれのせいだったのだろうか?
愛犬のジョン(ビーグル)もだった。ジョンは犬用のミルクが大好きだった。飲み終わるとおれが牛乳嫌いなのを知ってか知らずか、
おれをなめにくるのだ。それ以外は欠点の無い、人懐っこい良い犬だったのだけど、遠くまで散歩にいかなかったので、道を知らなかったらしく
盛りの時期、相手を探し走り回ったあげく帰って来こなかった。 運よく再会したジョンは小さな女の子に連れられていた。
おれを見つけたときに駆け寄ろうとしてくれたのだけど、女の子に阻まれた。事情を説明したのだけど、
「ジャンは私のだもん ! 」いまにも泣きそうな声で叫ばれた。ジョンは悲しそうな顔でこちらを見ていたけれど、ぐっと我慢した。
おれみたいなむさい男に飼われるよりもきっと幸せだ…おれの足なめるよりもこの子の手をなめたほうが良いにきまってる…
第一忙しくてあまり構ってやれてなかったじゃないか。そう自分に言い聞かせると、好きなミルクの種類を教え、
ジョンをよろしく頼むねとお願いし最後の一撫でしてその場を去った。帰宅して一人、部屋で号泣した。
「ジョンはジャンじゃねぇんだよ…うっ…ぅぅ」 女の子と楽しく戯れるジョンを夢で見た。おれがジョンと呼んでも振り向きもしなかった…
13 名前:No.04 おいしい牛乳(3/3)◇04p9wvYxsw[] 投稿日:07/02/17(土) 01:53:09 ID:EA0rFSGq
そんなおれにも彼女が出来た。
とても背の低い人で、やさしくて、髪は短め。そして牛乳が嫌い。問題はない…はずだった。
ところが最近、牛乳を飲み始めたのだ。背を伸ばしたいらしい。伸びるような年でもないのだけど…
理由を聞くと、背伸びをしたり、かがんでもらってキスをするのが嫌なのと言った。
なんということだ。おれは愕然とした。それがいいんじゃないか…
そして同時に恐怖した。牛乳を好きになったらどうしよう?
また消えてしまうのだろうか、おれの傍から去ってしまうのだろうか…
悩みながら向かったコンビニで「おいしい牛乳」を見つけた。
そして今に至る。牛乳を、ありのままの牛乳を飲めば、この長年の呪縛は消え去るのではないだろうか。
そんな馬鹿みたいな安直な考えから、離れて欲しくないという切実な願いから。風呂上りのおれは腕を組みあのときのようににらみつけているのだ。
「じいちゃん、大松さん、あのときは知らなかったんだ。だれかが簡単にいなくなってしまうなんて。今日、決着をつけるから。気づかせてくれて本当にありがとう」
と一人心のなかで呟く。聞こえるわけがないのだけれど言っておきたかった。おもむろに深呼吸をしコップを手に取る。
さあ牛乳を飲もう。飲むヨーグルトから卒業するために。一人で克服するために。なめられても平気になれるように。
背をぬかれないために。かがんでキスするために。背伸びしてキスしてもらうために。
もうだれもいなくなってほしくないから。彼女には傍にいてほしいから。
風呂上り、全裸で、平均的な大きさの一物をぶら下げ、腰に手を当てて…おいしい牛乳を 〜おしまい〜